宝仙寺
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| 宝仙寺 | |
|---|---|
![]() 山門 |
|
| 所在地 | 東京都中野区中央2-33-3 |
| 位置 | 北緯35度41分55.88秒 東経139度40分46.77秒 |
| 山号 | 明王山(みょうおうざん) |
| 宗派 | 真言宗豊山派 |
| 本尊 | 不動明王(秘仏) |
| 創建年 | 寛治年間(1087年 - 1093年) |
| 開基 | 源義家 |
| 正式名 | 明王山 聖無動院 宝仙寺 |
| 札所等 | 関東三十六不動15番 御府内八十八箇所12番 |
宝仙寺(ほうせんじ)は、東京都中野区中央二丁目にある真言宗豊山派の寺院。
中野区でも屈指の広大な寺院で、千年近くの歴史を誇る古刹である。山号は明王山(みょうおうざん)。戦前は当時の中野町役場も置かれていた。また、著名人の葬儀・告別式も多く執り行われることでも有名な寺院である。
目次 |
[編集] 歴史
後三年の役の時、護持していた不動明王像を安置するために寛治年間に源義家によって現在の杉並区・阿佐ヶ谷にて開かれた。[1]
また宝仙寺は、同じ杉並区の大宮八幡宮の別当寺となった。本尊は鎌倉時代には秘仏になった。室町時代になり、現在の位置に移転した。(1429年)[2] 江戸時代には、優れた僧を出し、歴代の将軍から厚い保護を受け発展した。また、当寺院の僧侶が将軍の御前論議に参加することもあった。また将軍家が鷹狩りに出た際の休憩所としても利用された。明治期以降、境内には中野町(現在の中野区)の役場が置かれていた。戦災を被ったものの、戦後再建され、三重塔や本堂を見ることができる。
[編集] 施設・史跡
- 三重塔…江戸時代に創建されたが、戦災により焼失。現在のものは、戦後に復元されたもの。
- 中野町役場跡の石碑
- 山門の仁王像
- 堀江家の墓…当寺院の檀家総代でもある堀江家は平安時代から代々中野一帯を開拓していった草分け地主であった。現在は断絶している。
[編集] アクセス
- 〒164-0011 東京都中野区中央2-33-3
- 丸ノ内線・大江戸線「中野坂上駅」2番出口より徒歩5分
- 都営バス「宝仙寺前」より徒歩1分
- 拝観は日中の時間帯のみ無料。
- 駐車施設:60台収容(葬儀利用のみ)。
[編集] 関連団体
- 当寺院が母体として運営。こども教育宝仙大学のほか、宝仙学園短期大学、宝仙学園中学校・高等学校、宝仙学園小学校、宝仙学園幼稚園が当寺院に隣接している。
[編集] 脚注
- ^ 寺領は青梅街道付近から現在の阿佐ヶ谷駅付近にまで及んだという。また宝仙寺の名の由来は、源義家が寺を創建しているときに稲荷明神が現れ、『この珠は、希世の珍、宝中の仙である。これを以て鎮となさば則ち武運長久、法灯永く明らかならん。』と言い義家に珠を与えて去っていったことに由来するという。
- ^ 移転より、阿佐ヶ谷の地には地元の村民のために子寺として世尊院が建てられ現在に至っている。
[編集] 外部リンク
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