宝塚ファミリーランド

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宝塚ファミリーランドメインゲート(2002年6月21日撮影)
宝塚ファミリーランドの正面看板(2003年3月22日撮影)

宝塚ファミリーランド(たからづかファミリーランド)は、兵庫県宝塚市にあった遊園地

目次

[編集] 概要

[編集] 老舗の遊園地として

沿線でもある阪急電鉄が所有しており、立地は阪急宝塚本線の終点である。前身である1911年開業の宝塚新温泉から数えて90年以上の歴史をもち、全国的にも有名な老舗的な遊園地であった。園内には動物園や植物園、宝塚歌劇で有名な宝塚大劇場も併設され、多くの娯楽の要素を含んだ複合施設であった。

[編集] 園内

動物園では、ホワイトタイガーが有名。この、ホワイトタイガーはアメリカから有名マジシャンを招へいした長期イベントの折に、マジシャンが飼う白い仔トラを遊園地に友好の証しとして寄贈したのがはじまり。アトラクション設備としては、日本最大級の急流すべりが動物園内(ズーガーデン)を横切るコースで設けられ、本物の動物に遭遇できるようになっていた。他には二種類のジェットコースターも設置されていた。宝塚独特の展示館としてユニークなのは大人形館「世界はひとつ」で、館内には世界各国の衣装を着た可愛い人形達が多数並べられ、来館者はゴンドラ風の乗り物で館内を巡る。出口では人形が宝塚お馴染みのフィナーレのように雛壇に並び来館者を送ってくれるという華やかな展示だった。基本はディズニーランドの「イッツ・ア・スモールワールド」と同じアトラクション企画。

先代大劇場では歌劇のチケットにはファミリーランド入園料は含まれておらず、現地で改めて入園券を購入するかたちであったが、阪神大震災後に大幅に改築された現在の2代目大劇場の開業時にファミリーランド入園料を含むようになった。

[編集] 終焉・そして閉園

しかし、動物園と植物園が2003年4月7日(奇しくも鉄腕アトムの原作設定での誕生日だった。原作者の手塚治虫も来園経験があり、宝塚市立手塚治虫記念館はここの隣接地にあたる)に惜しまれつつ閉じる。この閉園はニュースとしても大きく取り上げられた。閉園の背景には、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンのオープンにより来場者が急激に減少した事や、少子化など時代によるレジャー形態の変化がある。

[編集] 反響・開園期間延長

しかし、余りにも反響があった為、2003年4月29日からガーデンゾーンを「宝塚ファンタジーガーデン」として期間延長して営業。2003年8月31日に営業を終了し、宝塚新温泉から数えて90年以上の歴史に幕を閉じた。

[編集] 跡地

宝塚ファミリーランドの大部分は解体、閉園後の跡地は、ガーデン、住宅系、商業系、歌劇の4つのゾーンに分けて再開発されることとなり、このうちガーデンゾーンが2003年9月26日イングリッシュガーデン風の有料公園「宝塚ガーデンフィールズ」として生まれ変わった。商業系ゾーンでは2005年4月にイタリアンレストラン「イゾラベッラ・オペレッタ・ア・タカラヅカ」が開業したほか、2005年6月中旬から7月上旬には大型ベビー用品専門店「ベビーザらス」と、フィットネスクラブティップネス」が開業。住宅系ゾーンでは2005年秋にも住宅地の造成を着工の予定としていたが、後に関西学院が学校用地として取得。2008年4月に関西学院初等部が開校した。集客のメインである歌劇ゾーンの着工・開業は未定とされている。数々の施設が開業したため、遊園地の面影は殆どなくなってしまったが、2009年現在、遊具では唯一メリーゴーランドが残されており現在も利用出来る。

[編集] その他

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月23日 (金) 05:57 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【宝塚ファミリーランド】変更履歴

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