室伏広治

室伏広治の最新ニュースをまとめて検索!

室伏広治
選手情報
フルネーム: 室伏アレクサンダー広治
国籍: 日本
種目: ハンマー投
所属: ミズノ
生年月日: 1974年10月8日(35歳)
生誕地: 静岡県沼津市
身長: 187cm
体重: 99kg
自己ベスト: ハンマー投:84m86(2003年)

室伏 広治(むろふし こうじ1974年(昭和49年)10月8日 - )は、日本の男子ハンマー投選手。学位博士 (体育学)アテネオリンピック金メダリスト栄典紫綬褒章受章。フルネームは室伏アレクサンダー広治

目次

[編集] 人物

2004年アテネオリンピックの男子ハンマー投金メダリスト。

陸上・投擲種目で金メダルを取ったのはアジア史上初。 身長187cm。体重99kg。握力100kg以上(計測不能)[1]。体脂肪率3%[2]血液型はA型。

静岡県沼津市生まれ。その後は愛知県西加茂郡三好町[3]黒笹など転居を繰り返し、愛知県豊田市立東保見小学校、同保見中学校、千葉県成田高等学校中京大学体育学部を経て、現在はミズノ所属(同時に中京大学大学院体育学研究科に研究生として在学中)。博士号取得。研究テーマは「ハンマー頭部の加速についてのバイオメカニクス的考察」[4]

日本オリンピック委員会選手強化キャンペーンのシンボルアスリート制度適用選手。IAAF選手委員(2期目)。

父親はかつて日本選手権12回制覇、アジア大会5連覇を達成して、「アジアの鉄人」と呼ばれた室伏重信(前日本記録保持者。現在は中京大学体育学部教授)。母親はオリンピックやり投ルーマニア代表のセラフィナ・モリッツ(Serafina Moritz、後年父との離婚により生別)。妹はアテネ五輪女子ハンマー投代表・女子円盤投日本記録保持者の室伏由佳

2008年現在、日本陸上競技連盟が行っている格付けでSクラス(最高位)にランクインされている。

[編集] 競技経歴

2003年6月29日プラハ国際では84m86cmの当時世界歴代3位の記録を出している。
2009年6月27日の日本選手権において連勝記録を15に伸ばす(日本記録)。

[編集] 主な実績

大会 場所 種目 結果 記録
2001 世界陸上選手権 エドモントンカナダ ハンマー投 82.92 m
2003 世界陸上選手権 パリフランス ハンマー投 80.12 m
2004 オリンピック アテネギリシャ ハンマー投 82.91 m
2006 ワールドアスレチックファイナル シュトゥットガルトドイツ ハンマー投 81.42 m
2008 オリンピック 北京中国 ハンマー投 80.71 m

[編集] 主な競技会記録

  • 幼少時より英才教育を施され、才能を発揮。成田高校進学後にハンマー投に取り組む。当時から他の選手とは別格の投てきを連発。日本高校新記録を樹立。
  • 中京大学進学後、室伏重信のコーチングを受け、さらにその才能を伸ばすことになる。日本学生新記録・日本ジュニア新記録を樹立。
  • 1994年 - 広島アジア大会で準優勝、銀メダル獲得。
  • 1998年 - 群馬リレーカーニバルで室伏重信の日本記録を破る。バンコクアジア大会では世界的な強豪・アブドゥバリエフを破り優勝。
  • 2000年 - IAAF大阪グランプリで優勝。シドニーオリンピックでは、メダル候補と目されながらも9位に終わった。その年の80m突破回数では世界1位を記録。
  • 2001年 - IAAF ローマグランプリで優勝。
  • 2001年 - 世界陸上エドモントン大会で銀メダルを獲得。
  • 2002年6月9日 - 日本選手権で優勝。自身の持つ大会新記録を更新。アジア大会では2連覇を達成。
    • 同年8月10日 - アジア選手権スリランカ大会で優勝。
    • 同年8月18日 - ポーランド国際競技会で優勝。
    • 同年9月14日 - 国際GPファイナル(パリ)で優勝。
    • 同年9月20日 - ワールドカップ(マドリード)で2位。同年10月8日、アジア大会 韓国(釜山)で大会新記録を更新し優勝。同年10月23日、高知国体で優勝。
  • 2003年4月26日 - 中京大土曜記録会で優勝。6投全てが80mを超えた。
    • 同年5月10日 - 大阪GPで優勝。6投全て80mを超した。
    • 同年6月6日 - 日本選手権 優勝。自身の持つ大会記録を更新する83m29を記録。
    • 同年6月29日 - プラハ国際で当時現役選手では最高となる世界歴代3位(上位2つは1980年代の記録)となる84m86を樹立。これは、過去15年における世界最高記録であった。
    • 同年8月25日 - 世界陸上パリ大会に出場。怪我で出場が危ぶまれたが80m12で銅メダルを獲得した。
  • 2004年5月8日 - 大阪国際グランプリで優勝。6投全て80mを超えた。
    • 同年6月6日 - 日本選手権 優勝 (82m09)。日本選手権10連覇を達成。
    • 同年6月19日 - アメリカのオレゴン州で開催された国際グランプリで優勝 (82m65)。
    • 同年6月28日 - プラハ国際 優勝 (81m92)。
    • 同年8月1日 - スプリントチャレンジカップ 優勝 (82m88)。
  • 2004年のアテネオリンピック で優勝。大会中は82m91cmの記録を残し2位となったが、83m19cmの記録で1位となっていたハンガリーアドリアン・アヌシュドーピング疑惑が浮上。アヌシュはIOCが求めていた再検査の為の尿検体提出を拒否、更に競技前後それぞれに提出した2つの尿検体が同一人物でないことが判明。アテネオリンピック最終日の8月29日ドーピング違反で失格処分となり、この結果銀メダルだった室伏が繰上がることになり、陸上・投擲種目でアジア史上初のオリンピック金メダリストとなった。
  • 2004年9月23日 - スーパー陸上(横浜)で優勝。大会新記録の83m15を記録。
  • 2005年6月4日 - 日本選手権 優勝 (76m47)。日本選手権11連覇を達成。
  • 2005年世界陸上ヘルシンキ大会を体調不良のため欠場。その後も体調が回復しない為、試合への出場は遠ざかっていた。
  • 2006年 - 約1年ぶりの復帰戦となった5月29日のゴールデンスパイク(オストラバ)で優勝。
    • 同年6月5日 - プラハ国際で優勝。今までのイメージを覆す丸刈りを生やして試合に臨んだ。同年、パイクプラハ国際でも優勝した。
    • 同年7月1日 - 日本選手権優勝。日本選手権12連覇達成。
    • 同年7月21日 - フィンランドのユバスキュラで行われたフィンランド選手権に参加し優勝。5投目に80m14cmの記録をマークし参加選手最高となった。
    • 同年7月26日 - 行われたヘルシンキ・グランプリで5投目に81m77cmをマークして優勝した。
    • 同年9月10日 - シュトゥットガルトで行われたワールド・アスレチック・ファイナルでベラルーシイワン・チホンを30cm差で下す81m42cmをマークして優勝した。
    • 同年9月16日- アテネで行われたワールドカップで今季自己最高となる82m01cmをマークして優勝した。
    • 同年12月 - ドーハアジア大会へエントリーしていたが、9月頃に痛めたふくらはぎのケガが回復しない為、欠場となった。
  • 2007年6月30日 - 約1年間試合から遠ざかっていたが、第91回日本陸上競技選手権で優勝。日本選手権13連覇達成。
    • 同年8月27日 - 世界陸上大阪大会の決勝、史上初めて7位までが80m以上を記録するという激戦のなか、80m46を記録し6位入賞。2004年の大阪GP以来無敗で、4年ぶりに優勝を逃したが、北京オリンピックへの出場権を日本人第1号で獲得した。
    • 同年年9月9日 - IAAFグランプリ(リエティ大会)で、イワン・チホンを押さえ今季自己最高となる82m64で優勝。
    • 同年9月23日 - シュツットガルト開催のIAAF世界陸上ファイナル3位。
  • 2008年‐約10か月ぶりの試合となった第92回日本陸上競技選手権で今季世界ランク3位となる80m98cmで優勝し、同大会の14連覇を達成。
  • 2009年‐第93回日本陸上競技選手権で73m26cmで優勝し、同大会の15連覇を達成したが、同年8月開催の世界陸上ベルリン大会はケガによる調整不足の為欠場。

[編集] 身体能力

100m10秒台、立ち幅跳びでは360cm以上を飛ぶ人間離れした瞬発力を持つ[5]。高校2年生のときには既に体力測定で立ち幅跳び327cm、30m走は3秒79、立三段跳10m10cm、立五段跳17m06cmを記録している。

高校3年生時、べにばな国体やり投で68m16を投げ2位になる。この記録はやり投の千葉県高校記録である。実はこの大会に出るまでほとんどやり投の経験はなく、小石を数回投げ勘をつかんで本番に挑み、圧倒的な記録を出してその大会で優勝してしまったとジャンクスポーツ照英が語っていた。

卒業から暫く経っている現在でもハンマー投のジュニア記録(68m00cm)保持者である。しかも、この記録は歴代二位の選手が2006年に66m23cmを記録した時よりハンマーの重量が1.26kgも重い状態での記録である。

長野五輪前、東京ボブスレー・リュージュ連盟が選手発掘のために行った運動能力テストに参加しズバ抜けた成績を叩き出し、日本代表候補に選ばれる[6]。これは後に、ハンマー投へ集中するために辞退している。

2002年TBS系列放送のスポーツマンNo.1決定戦で総合No.1に輝いた。競技の1つ、砲丸投やハンマー投の五輪メダリスト達も参加した『ザ・ガロンスロー』では世界記録8m25cmを持つ。また彼はこの2002年大会で、パワーだけでなく抜群のスピードを発揮。スピード系競技であるビーチフラッグスでは、上位経験者のスピード自慢が揃う中でダイブもせずに種目No.1を勝ち取り、ショットガンタッチでは12m90cmという記録を作る。パワーフォースでは、競技開始時の構えが手を腰におき仁王立ちというプレー(この種目もNo.1)、モンスターボックス(跳び箱)でも18段を越えるなどの活躍をし周囲を驚かせた。「凄い! 体重が約100kgもあるのに考えられない!」某テレビ局プロデューサーのコメントより。

2004年11月12日の日米野球始球式では129km/hを計測。2005年4月5日のプロ野球横浜-巨人戦でも始球式を行い131km/hを計測した。この時の打者は室伏と交友関係のある仁志敏久(当時巨人)だった。元々野球経験はなく、未経験者や女性に多い不適切なフォームでありながら、球筋は二回ともストライクでコントロールも抜群だった。

100kgの握力計を一瞬で振り切るほどの握力を持つため計測不能となっているが、日本陸上連盟が行ったメディカルチェックでは120kgを記録。ちなみに握力98kgというのは、愛知小学校へ「握力を鍛える方法」の講演で招かれた際に行った記録である。

2008年、北京五輪の数か月前、バートン・ソリン(握力王といわれるリチャード・ソリンの息子)と共にトレーニングをしているとき、なんのウォームアップもなしにハンドグリッパーのCOC/No.3をクラッシュしたことがある(ちなみにクラッシュに必要な握力は約100kg)。「あれっていいの?」と室伏がソリンに尋ねると、「あれね、君は閉じちゃったから、世界クラスの握力王の仲間入りしたんだよ」とソリン[7]。 ちなみにCOC/No.3を初握りでしかも何のウォームアップもセットアップもなしでの達成は前代未聞である。

ストラップなしで指先をバーを引っかけただけの状態で190kgのクリーン(地面にあるバーベルを引き上げて肩にのせること)を行なえる[8]

ただし、マラソンなどの長距離走は苦手で、学校のマラソン大会でもスタート直後は断トツだったが、いつもゴールする頃には殆どビリだった。またそれを父の重信に語ったところ、「お前は速筋比率が高いから、そういうのには向いていない」と言われたとテレビ番組『NANDA!?』にて語った。

[編集] その他

  • 体格、体力などから、ハンマー投のみならず、体育会系のTV番組に出演する事が多い。また、アテネオリンピックのメダルに刻まれた詩人の言葉を現地で訳して貰い報道陣に配るなどスポーツ界に対しての情熱も見せる。
  • 腰に鉄球をぶら下げて昇降運動をする等、独自の練習方法で身体を鍛えている。
  • 元やり投選手の照英とは高校のころからの旧知の仲。
  • 漫画家さいとう・たかをは、「今新しく実写映画化するのであれば、ゴルゴ13役は室伏広治以外にいない」と言っている。これが元でバラエティー番組の企画で実際に、室伏がゴルゴ13の格好をした事があり、本人も御満悦の様子。
  • アテネ五輪金メダルを評価され、2004年秋に紫綬褒章を授与される。
  • 格闘技好きでもある。
  • 2006年、「ベストスマイル・オブ・ザ・イヤー2006」に選ばれた。
  • 2007年、全国理容連合会が主催する「第2回さわやかヘアスタイル大賞(メンズ部門)」を受賞。同年テレビ朝日ビッグスポーツ賞において、ビッグスポーツ特別賞を受賞した。
  • ゲームモンスターハンターにおいて、「ムロフシ」は武器カテゴリ「ハンマー」の非公式な代名詞となっている。
  • 肉体造りのため、1日1枚ステーキを食べるよう心掛けている。また甘党で、好物はケーキ。特に妹の手作りケーキが好きである(いずれもフジテレビとくダネ!より)。

[編集] CM出演

[編集] 脚注

  1. ^とくダネ!』(フジテレビ) 2008年5月16日放送
  2. ^ Number 708号
  3. ^ 現在も三好町に居住。名古屋のテレビ局の取材の中では愛知県出身者である事を強調している。
  4. ^ この論文の基礎となったフルペーパーが公式サイトに掲載されている。
    Koji Murofushi, Koji Umegaki, kazutoshi Kobayashi (2005 March). “Development of a System to Measure Radius of Curvature and Speed of Hammer Head during Turns in Hammer Throw” (PDF). International Journal of Sport and Health Science 3 (2005): 116-128. 2007年11月28日 閲覧。
  5. ^ ZONE(TBS) 2001年12月30日放送
  6. ^ 1996年12月14日 信濃毎日新聞掲載・共同
  7. ^ 『MILO』 2008年6月号 アイアンマインド社
  8. ^ 同上

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月2日 (月) 04:05 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【室伏広治】変更履歴

ご利用上の注意