宮地克彦
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| 福岡ソフトバンクホークス コーチ #97 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府大東市 |
| 生年月日 | 1971年8月28日(38歳) |
| 身長 体重 |
175cm 82kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| 守備位置 | 外野手 |
| プロ入り | 1989年 ドラフト4位 |
| 初出場 | 1994年4月10日 |
| 最終出場 | 2006年9月19日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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選手歴
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コーチ歴
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この表について
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宮地 克彦(みやじ かつひこ、1971年8月28日 - )は、大阪府出身の元プロ野球選手(外野手)。現在は福岡ソフトバンクホークス二軍コーチ補佐(野手担当)。
現役時代は西武、ダイエー・ソフトバンクで活躍した。愛称は同姓の城南電機・宮路年雄社長にちなんだ「社長」。
目次 |
[編集] 経歴
尽誠学園高校3年生だった1989年に主将・エースとして春・夏ともに甲子園に出場(1学年下に谷佳知(現巨人)がいた)。夏の甲子園準決勝、仙台育英高校・大越基との延長10回におよぶ投手戦は有名。その年のドラフト4位で西武ライオンズに入団。
入団当初は投手。高卒ルーキーで開幕一軍に抜擢された(西武では彼以降は松坂大輔まで高卒ルーキーの開幕一軍はない)。オープン戦で勝ち星を挙げるなど期待されていたが、当時の変則フォームがボークと取られて以降は調子を崩し、その後、1993年に、持ち前の打撃センスと投手出身ならではの強肩を生かして外野手に転向。1995年8月30日の対ロッテ戦でプロ初ホームランを放ったが、外野手には大友進、小関竜也、垣内哲也などのレギュラーがいたため、出番に恵まれなかった。1998年にはイースタン・リーグで首位打者を獲得。2000年9月2日の近鉄戦では史上6人目の先頭打者ランニングホームランを記録。2002年には伊原春樹監督のいわゆる日替わり3番打者(主に犬伏稔昌との併用で、左投手が先発の時は犬伏、右投手の時は宮地が起用された)として100試合に出場、リーグ優勝に貢献。
しかし、2003年はひざの故障が原因で出場機会が激減。オフには若返りを図るチームの構想から外れ、戦力外通告された。現役続行を目指して、横浜ベイスターズ・大阪近鉄バファローズ・千葉ロッテマリーンズの入団テストを受けるも不合格。12球団合同トライアウトにも参加したが、獲得球団はなかった。台湾行きの意思を固めていたが、主力外野手・村松有人をFA移籍で失った福岡ダイエーホークスが獲得に名乗りを上げ、ダイエーにテスト入団。
2004年。シーズン途中からライトのレギュラーに定着。規定打席不足ながら打率.310の好成績を残し、古巣西武とのプレーオフでも先発出場を果たした。
2005年、荒金久雄との激しいレフトの守備位置争いを制し開幕スタメンの座を勝ち取り、レギュラーに定着。プロ16年目にして初めてオールスターに出場。この年、初めて規定打席に到達。16年目での初の規定打席到達は元ヤクルトの八重樫幸雄を抜いて、ドラフト制度が確立した1965年以降では最も遅い記録。ベストナイン外野手部門にも選出された。その活躍から「リストラの星」とも呼ばれた。
2006年、開幕直後の故障により出場機会が激減。10月15日に自身2度目の戦力外通告を受ける。12球団合同トライアウトにも参加したが、獲得球団はなかった。
2007年、NPBでの現役復帰を目指して、BCリーグ・富山サンダーバーズの選手兼任コーチに就任。71試合に出場し、打率.332、4本塁打、47打点。11月7日、12球団合同トライアウトに参加したが、獲得球団はなかった。ホークスからコーチ就任の要請もあり、現役を引退。
2008年からはフロント入りした湯上谷竑志に代わり、ソフトバンク二軍育成担当コーチに就任。
強肩を生かした外野守備にも定評があり、ファンからはイチローのレーザービームに因んで「オヤジビーム」と呼ばれた。性格的にはかなりシャイだが、ファンとの交流を大切にする選手であった。その甲斐もあって、受験したトライアウトの際には多くのホークスファンが応援に駆けつけ、宮地が登場すると歓声が沸いた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1994 | 西武 | 4 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 |
| 1995 | 13 | 26 | 23 | 3 | 3 | 1 | 0 | 1 | 7 | 2 | 2 | 1 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 1 | .130 | .231 | .304 | .535 | |
| 1997 | 6 | 8 | 7 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | .143 | .250 | .429 | .679 | |
| 1998 | 7 | 5 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2000 | 21 | 68 | 60 | 8 | 16 | 3 | 0 | 2 | 25 | 9 | 0 | 1 | 2 | 2 | 4 | 0 | 0 | 7 | 0 | .267 | .303 | .417 | .720 | |
| 2001 | 15 | 26 | 22 | 1 | 4 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 3 | 0 | .182 | .308 | .182 | .490 | |
| 2002 | 100 | 285 | 247 | 27 | 66 | 7 | 2 | 3 | 86 | 29 | 8 | 4 | 18 | 3 | 16 | 0 | 1 | 38 | 1 | .267 | .311 | .348 | .659 | |
| 2003 | 25 | 60 | 53 | 5 | 10 | 3 | 0 | 0 | 13 | 6 | 2 | 0 | 4 | 0 | 3 | 0 | 0 | 12 | 1 | .189 | .232 | .245 | .477 | |
| 2004 | ダイエー ソフトバンク |
93 | 276 | 252 | 33 | 78 | 10 | 0 | 3 | 97 | 24 | 1 | 2 | 6 | 1 | 15 | 0 | 1 | 23 | 4 | .310 | .349 | .385 | .734 |
| 2005 | 125 | 451 | 409 | 46 | 127 | 22 | 1 | 3 | 160 | 36 | 1 | 3 | 7 | 1 | 29 | 1 | 4 | 43 | 9 | .311 | .361 | .391 | .752 | |
| 2006 | 48 | 77 | 71 | 9 | 11 | 1 | 0 | 0 | 12 | 2 | 0 | 0 | 1 | 0 | 5 | 0 | 0 | 11 | 0 | .155 | .210 | .169 | .379 | |
| 通算:11年 | 457 | 1284 | 1151 | 132 | 316 | 47 | 4 | 12 | 407 | 111 | 14 | 12 | 38 | 7 | 80 | 1 | 6 | 142 | 16 | .275 | .323 | .354 | .677 | |
- ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更
[編集] 記録
- 初出場:1994年4月10日、対近鉄バファローズ戦(西武球場) 右翼手として
- 初打席:1994年4月23日、対福岡ダイエーホークス戦(西武球場)
- 初スタメン:1995年8月29日、対千葉ロッテマリーンズ戦(西武球場) 左翼手として
- 初安打:同上、小宮山悟投手から
- 初本塁打:1995年8月30日、対千葉ロッテマリーンズ戦(西武球場) 荘勝雄投手から
- 初打点:同上
- ベストナイン外野手部門:2005年
[編集] 甲子園での戦歴
- 1989年第61回選抜高等学校野球大会に出場、1回戦敗退(1試合 10投球回 7奪三振 自責点1 防御率0.90)。
- 1989年第71回全国高等学校野球選手権大会に出場、準決勝に進出(5試合 46投球回 35奪三振 自責点4 防御率0.78)。
- ※いずれも投手として
[編集] 北信越BCリーグ
| 年度 | 球団 | 試合 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | 富山 | 71 | 226 | 41 | 75 | 10 | 3 | 4 | 47 | 2 | .332 |
| 通算:1年 | 71 | 226 | 41 | 75 | 10 | 3 | 4 | 47 | 2 | .332 | |
[編集] 背番号
- 58(1990年 - 2003年)
- 37(2004年 - 2006年)
- 8(2007年)
- 97(2008年 - )
[編集] テーマソング
- 布袋寅泰 - Battle Without Honor Or Humaity(映画キル・ビル_Vol.1のサウンドトラックに収録)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 個人年度別成績 【宮地克彦 (福岡ソフトバンクホークス)】 - 日本野球機構オフィシャルサイト
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最終更新 2009年11月19日 (木) 00:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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