宮城県
宮城県の最新ニュースをまとめて検索!
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
宮城県(みやぎけん)は、日本の県の1つで、東北地方に属する。東は太平洋に面し、西は奥羽山脈に接する。県庁所在地は仙台市。また、全体的にも自然が多い。
目次 |
[編集] 概要
県の太平洋沿岸部から奥羽山脈のふもとにかけて広大な平野部を持ち、ササニシキ、ひとめぼれなどの稲作中心の農業が行われており、米所として有名である。また、世界三大漁場の三陸沖漁場に近いため、県内には気仙沼漁港、石巻漁港、塩釜漁港の3つの特定第3種漁港を初めとする142の漁港があり、全国屈指の水揚げ量を誇る。1県に複数の特定第3種漁港を持つ県は、日本国内において宮城県が唯一である。カツオ、サンマ、マグロの他、カキ、ふかひれ、ホヤなどの特産の水産物を持つ。その他、高級和牛牛肉の仙台牛、イチゴやナシなどの果物、伝統野菜に山菜など、豊富な食材を多く産出している点から、県は「食材王国みやぎ」を宣伝句に掲げている。
歴史的には、現在の宮城県の領域は古墳時代からヤマト王権の影響下にあり、雷神山古墳や陸奥国府と推定される官衙(郡山遺跡)が名取郡に置かれ、後に宮城郡に多賀城(陸奥国府・鎮守府)や陸奥国分寺、陸奥国分尼寺が置かれた。室町時代になると、奥州管領となった大崎地方の大崎氏を中心に東北地方の支配体制が構築された。17世紀に伊達政宗が大崎地方の岩出山城から宮城郡に移り、仙台城を築いて城下町を開いた。戊辰戦争の敗戦で、明治政府直轄領となった石巻県が国の東北地方を統轄する拠点とされたが、間も無く廃藩置県で仙台藩が仙台県となると、仙台に東北地方を統轄する国の出先機関などが置かれるようになった。仙台県は、約半年後に城下町が所在する宮城郡の名をとって宮城県と改称された。
参議院一人区では政令指定都市がある唯一の県であった(現在は岡山県がある。)。
[編集] 地理
[編集] 位置
- 行政区分
[編集] 地形
- 陸前丘陵:幅10-30kmで南北方向に延びるなだらかな丘陵地。阿武隈高地の延長。南部では仙台平野(仙南平野)と西部盆地群とに分ける青葉山丘陵などがあるが、北部の仙北平野では孤立した丘陵地も多い。
- 仙台平野(仙北平野と仙南平野に分ける事もある)
- 盆地(括弧内は盆地を造り出した支流の名前)
- 牡鹿半島、唐桑半島、七ヶ浜半島、雄勝半島
[編集] 気候
気候は、夏は酷暑が少なく、冬の降雪量は東北の中では少ないので、比較的過ごしやすい。気候区分は北部が太平洋側気候三陸型気候、南部が同関東型気候に属する。気候の特徴は東部が海洋性気候、西部が内陸性気候の特徴を呈す。但し、西部の豪雪地帯(大崎市旧鳴子町は特別豪雪地帯)は日本海側気候に属する。
[編集] 地域
[編集] 都市圏
都市雇用圏(10%通勤圏)の変遷
| 1980年 | 1990年 | 1995年 | 2000年 |
|---|---|---|---|
| 仙台都市圏 1,248,616人 |
仙台都市圏 1,395,486人 |
仙台都市圏 1,492,610人 |
仙台都市圏 1,555,691人 |
| 石巻都市圏 194,680人 |
石巻都市圏 211,991人 |
石巻都市圏 211,124人 |
石巻都市圏 207,558人 |
| 気仙沼都市圏 105,626人 |
古川都市圏 152,834人 |
古川都市圏 169,858人 |
古川都市圏 169,910人 |
| 古川都市圏 65,525人 |
気仙沼都市圏 94,773人 |
気仙沼都市圏 91,400人 |
気仙沼都市圏 88,685人 |
| 白石都市圏 41,275人 |
白石都市圏 42,017人 |
白石都市圏 44,026人 |
白石都市圏 54,338人 |
[編集] 地域圏
- 地図:宮城県の「広域圏」
行政面では、宮城県庁により以下の7つの地域圏に分類されている。広域行政圏であるため、経済学的な都市圏の範囲とは異なる。括弧内は中心地区の呼び名。地域圏内の新幹線駅、空港、港についても付記する。
県北部は、平成の大合併以前に小規模な市町村が多くあった。なお、北部と東部は過疎が問題になっており、県庁による地域圏(地方行政組合)の再編が予定されている。
- 県北部
- 県東部
- 県央部
- 県南部
- 仙南圏(白石、大河原、船岡、角田):白石蔵王駅
[編集] 自治体
- 地図:宮城県の「自治体」
それぞれの地域圏の市町村を以下に列挙する。現在、県内には35市町村(13市10郡21町1村)がある。町の読み方は、利府町、大和町、大郷町、亘理町、山元町、女川町、色麻町、涌谷町、本吉町、南三陸町の10町が「ちょう」で、残る12町は「まち」である。人口は宮城県発表の2010年6月1日現在の推計人口[3]。
|
仙台都市圏 1,480,534人 仙南圏 183,644人 |
石巻圏 212,958人 大崎圏 211,009人 気仙沼・本吉圏 90,738人 登米圏 84,208人
栗原圏 75,056人
|
[編集] 生活文化
[編集] 食文化
[編集] 郷土料理
-
詳細は「日本の郷土料理一覧#宮城県」を参照
[編集] 歴史
[編集] 古代
現在の宮城県の地には、古墳時代からヤマト王権の影響力が及んでおり、東北地方最大の雷神山古墳(名取市)などの前方後円墳が造られていた。古墳時代後期には、厚葬禁止の令に従い、横穴式古墳も多く造られた。
大化元(645)年8月、改新政府は「東国国司」8組を、今後の政治改革遂行のために人口と田地面積の調査、武器の収公などの任務を与え、現在の中部・関東から東北地方南部に臨時的に派遣した。孝徳朝(645~654)の後半に第2次使者が派遣されて国造制が評制へ転換され、評の上に国が設けられ、国司の前身である国宰が派遣された。この時期に道奥国(みちのおくくに)が設けられた。その領域は、国造制が施行されていた宮城県南端と福島県で、最初に置かれた評は曰理(わたり)・伊具(いぐ)・宇多(うだ)・行方(なめかた)・標葉(しめは)・信夫(しのぶ)・安積(あさか)・岩背(盤瀨;いわせ)・白河・会津の10評。菊多(きくた)・安達(あだち)・耶麻(やま)郡は後に分置された郡で、石城(磐城)評ははじめ常陸国の管轄であった。この10評のうち行方・会津評を除く8評が国造のクニであって、行方評は分割・新置された評。曰理・伊具評が宮城県南端、宇多評以下が福島県域である。道奥国の表記は、後に陸奥国(みちのおくくに)と改められた。その意味は、朝廷の支配地域の最末端の国ということであろう。こうして道奥国の設置によって、それより以北の宮城県の大部分は蝦夷の居住地と認識された。朝廷は国評制を施行した後、7世紀半ばから後半にかけて蝦夷の地へ支配拡大の政策を展開していった。[4]
最初の陸奥国府と推定される官衙(郡山遺跡)は、現在の仙台市太白区郡山(旧名取郡)に設置された。724年には、多賀城(旧宮城郡)が設置され、現在の宮城県中南部は奥六郡(日高見国)と対峙する軍事・政治の拠点化が進んだ。又、陸奥国分寺・国分尼寺が、現在の仙台市若林区木下周辺(旧宮城郡)に設置された。後に多賀城は、現在の仙台市宮城野区岩切(旧宮城郡)に移転したと考えられている(遺構は発見されていない)。
奈良時代末期から平安時代初期、仙台平野北部・三陸沿岸の蝦夷がたびたび大和朝廷の拠点を襲撃し、38年戦争が勃発した。伊治(コレハル、栗原?)を拠点とするアザマロは当初大和朝廷側に帰属し多賀城に出仕していたが、蝦夷への差別に怒って反乱を起こし多賀城を滅ぼした。これをきっかけに胆沢のアテルイ・モレによる抵抗戦争がおこった。11世紀半ば北上平野の俘囚の奥州安倍氏が仙台平野に影響力を拡大し、多賀城の国司と対立した。安倍氏討伐の命をうけた源頼義が下向しても仙台平野の郡司らは中立を守り、苦戦した朝廷軍は仙北の俘囚主清原氏の参戦でようやく安倍氏を滅ぼすことが出来た。その後12世紀、奥州藤原氏の時代になると、奥州の軍事警察権が平泉にうつり、仙台平野は中央勢力の荘園と在地勢力の自治が混在するようになった。奥州藤原氏の行政権の程度については諸説がある。
[編集] 中世
鎌倉時代には、奥州藤原氏征伐の恩賞により、葛西氏などの関東地方の有力氏族や武士たちが守護・地頭として現在の宮城県域に多く入植した。室町時代に入ると、南北朝の争いが起こったが、足利一族の斯波氏が奥州探題を称して多賀城に入ると、争いは次第に沈静化していった。
斯波氏の傍流である大崎氏が奥州管領職に着くと、大崎氏が東北地方(奥羽両国)の盟主となった。1392年に奥羽両国が鎌倉府直轄支配下に置かれ、大崎氏の奥州管領権は大きく制約を受けた。1400年に大崎氏が奥州探題となると、再び大崎氏は東北地方の盟主の座に上り、以後、戦国時代に到るまで、東北地方は室町幕府→奥州探題・大崎氏を中心とした支配体制になる。
[編集] 戦国時代から江戸時代まで
戦国時代になると、南東北の奥羽山脈西側に連なる盆地群に拠点を置く武将たちの勢力が強くなり、大崎氏の権勢は衰退し、最終的に福島盆地(伊達郡・信夫郡)と米沢盆地(置賜郡)を本拠地とする伊達氏の軍門に下った。安土桃山時代に伊達政宗は東北地方の南半分を支配し、関東進出を目前のもとにした。しかし、結局政宗は豊臣秀吉に服属し、秀吉は日本統一を達成する。政宗は葛西大崎一揆を経て、秀吉により居城を米沢から大崎地方の岩出山に移されたが、ほどなく、千代(せんだい。仙台)に拠点を移した。
伊達政宗は、豊臣氏や徳川氏との緊張関係を考慮して、天然の地形が防御に適した青葉山に居城として仙台城を構えた。1600年に城の縄張りを始め、「千代(せんだい)」を「仙臺(仙台)」に改めて、城下町の建設も開始した。冬季の乾燥や季節風対策として、防火林や防風林、防雪林の植樹を城下町に奨励した。又、四ツ谷用水の開削もあって、仙台は多くの居住者を涵養できるようになり、62万石の仙台藩の藩経済を背景に、仙台城下は奥州一の都会となった。江戸中期には実石高は100万石を超え、港町である石巻は江戸(東京都区部)との交易で栄えた。家老の片倉氏は代々白石城(現宮城県白石市)を居城とし、家臣や一族を一国一城令にもかかわらず「要害」と言う特有の制度化で藩内を治めさせた。要害としては涌谷城、岩出山城、金山城、岩沼城、角田城、丸森城、寺池城、佐沼城、宮沢城、高清水城、不動堂城、川崎城、平沢城、船岡城、亘理城、坂本城、岩ケ崎城、滝野館、石森城、米谷城、武田館、宮崎館、宮崎城、千石城、大窪城、吉岡城、宮床館、村田城などがあった。
伊達氏は源頼朝の奥州征伐で功を立てて伊達郡に封じられた関東武士の末裔で、鎌倉時代から陸奥国伊達郡(現在の福島県伊達市と福島県伊達郡、福島市の一部)を中心に勢力を拡大した。戦国時代~安土桃山時代に本拠地を伊達郡から置賜郡(米沢)、岩出山、仙台と家臣団や寺社、職人集団を引き連れて移動したため、現在仙台に残る寺社や旧家、職人の家系には、伊達郡をルーツとする系図あるいは伝承の残る家柄が少なくない。
伊達氏は代々「陸奥守」を称し、東北の雄藩となった。1868年の戊辰戦争の際に奥羽越列藩同盟の盟主となったが、薩長軍に敗れて石高を28万石にまで減らされた。すると、秩禄が減って困窮した家臣団は、蝦夷地(北海道)に大量に移住した。この中の亘理伊達氏が北海道伊達市の由来である。
- なお、平成18年の伊達郡5町合併によって、伊達氏の先祖の地福島県伊達市と伊達氏の末裔の地北海道伊達市の、2つの伊達市が存在することとなった。
[編集] 近現代
明治政府が誕生すると、日本は中央集権体制の下に組み込まれたが、東北地方支配の政治的拠点とされた仙台市を中心に発展が始まった。仙台には、富国強兵政策によって陸軍が置かれ、また東北帝国大学を初めとした高等教育機関が設立された。一方で、仙台湾の大半が砂浜で臨海工業の適地がなかったため、殖産興業時代から高度経済成長に至るまで、宮城県では第二次産業が発展しなかった。ただし、石巻湾に石巻工業港、仙台湾に仙台港(いずれも掘り込み式)が造られ、工業集積はある程度進んだ。
高度経済成長期頃から、第二次産業から第三次産業への転換が進むと、東北自動車道や仙台バイパスの建設、および広大な流通団地の建設によって、仙台は東北地方の卸売り商業の中心地、そして支店経済都市として人口が激増し、その他の県内拠点都市も発展した。その後、東北新幹線の開業やモータリゼーション、仙台市の政令指定都市化、バブル景気の影響から、仙台市とその周辺が特に発展して「仙台都市圏」の一極集中が進んだ。
[編集] 年表
- 1400年:大崎氏が奥州探題となり、東北地方を支配する。
- 1600年:伊達政宗が仙台城を築き、仙台藩の基礎を築く。
- 1868年:陸奥国が分割され、仙台藩は陸前国全域と、陸中国・磐城国の一部に渡るようになる。
- 1871年:仙台藩が分割されて仙台県と一関県が置かれ、一部が磐前県に組み込まれる。
- 1872年:県境が変更になり、宮城県が置かれる。
- 1887年:東京・上野と塩釜の間に鉄道が開通する。
- 1889年:4月1日、仙台区が市制施行し、仙台市となる。
- 1907年:東北帝国大学が設立される。
- 1933年:4月1日、牡鹿郡石巻町が市制施行し、石巻市となる。
- 1941年:11月23日、宮城郡塩竈町が市制施行し、塩竈市となる。
- 1957年:仙台空港開港
- 1956年~1963年:財政再建団体の指定を受ける。
- 1960年:チリ地震津波来襲
- 1971年:仙台港開港
- 1978年:宮城県沖地震発生
- 1982年:東北新幹線開業
- 1989年:仙台市が政令指定都市に移行
- 1999年:ベガルタ仙台がJリーグに参入する
- 2003年:三陸南地震発生
- 2004年:楽天市場が仙台を拠点としたプロ野球球団、東北楽天ゴールデンイーグルスを設立(2005年シーズンから参戦)
- 2005年:プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)の仙台89ERSが設立される
- 2006年:10月10日、ご当地ナンバー(仙台)を導入。
- 2008年:6月14日、岩手・宮城内陸地震発生。
- 2010年:2月28日、チリ地震津波来襲
[編集] 人口
県庁所在地である仙台市への人口集中率が約43%と著しい(プライメイトシティ)。これは京都府に次ぎ全国第2番目の高さである。2005年国勢調査速報値によると、1924年以来一貫して伸び続けてきた人口が初めての減少に転じた。仙台都市圏の人口は依然として伸びているが、郡部の人口減少が著しい状況となっている。
| 宮城県と全国の年齢別人口分布 | 宮城県の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
|
■紫色 ― 宮城県
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||
| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 行政
[編集] 歴代宮城県知事(公選)
-
詳細は「宮城県知事一覧」を参照
- 初代 千葉三郎 昭和22年4月12日~昭和24年1月3日
- 2代 佐々木家寿治 昭和24年2月25日~昭和27年10月4日
- 3代 宮城音五郎 昭和27年10月5日~昭和31年10月4日
- 4代 大沼康 昭和31年10月5日~昭和34年1月12日
- 5代 三浦義男 昭和34年3月4日~昭和40年2月8日
- 6代 高橋進太郎 昭和40年3月31日~昭和44年3月27日
- 7代 山本壮一郎 昭和44年3月28日~平成元年3月27日
- 8代 本間俊太郎 平成元年3月28日~平成5年10月4日
- 9代 浅野史郎 平成5年11月24日~平成17年11月20日
- 10代 村井嘉浩 平成17年11月21日~
[編集] 国際交流
宮城県は1987年6月1日に中華人民共和国吉林省と、1997年9月10日にアメリカ合衆国デラウェア州と、2001年10月8日にイタリア共和国ローマ県と友好提携を締結し、交流を行っている。また、ドイツ連邦共和国ザールラント州との交流も行われている。この他に1990年5月に塩竈市、石巻市、気仙沼市と共同で、アメリカ合衆国シアトル港湾局と友好港提携書に調印している。
[編集] 財政
| 年度 | 経常収支比率 | 実質公債費比率 | 財政力指数 |
|---|---|---|---|
| 平成19年度 | 96.5% | 16.6% | 0.53 - Iグループ(財政力指数0.5以上、1.0未満)17自治体中16位 |
| 平成18年度 | 93.6% | 16.2% | 0.51 - Iグループ(財政力指数0.5以上、1.0未満)16自治体中15位 |
| 平成17年度 | 94.4% | 16.8% | 0.48 - IIグループ(財政力指数0.4以上、0.5未満)8自治体中3位 |
| 平成16年度 | 93.8% | --- | 0.47 - IIグループ(財政力指数0.4以上、0.5未満)10自治体中4位 |
[編集] 行財政改革
現在、財政難に陥っており、向こう5年間の累積財源不足額は約1000億円と試算されている。自治体財政健全化法によると、宮城県は2007年決算で165億円の赤字発生であり、2008年決算でも同様の状態であれば国に財政健全化策の報告が義務付けられる早期健全化団体に移行。そのため、このままの進度が維持されると財政再生団体(民間会社でいう「倒産」)に指定される恐れがある。このため、急務な財政改革が求められている。
[編集] 経済
宮城県の1人あたり県民所得はおよそ250万円(2001年)で全国的には中位に位置する。
以前は、仙台都市圏とその他の地方の所得格差があったため、仙台市が求職者を吸引して社会増を実現し、毎年1万人程度の人口増があった。同時に仙台市のベッドタウンとなっている周辺自治体の人口増もあった。しかし、1998年頃から仙台市の社会増の減少が顕著になってきている(周辺自治体は社会増がある)。これは、仙台の景気後退を受け、東京と仙台との間の所得格差が開いたために、仙台よりも東京に就職口を求める傾向が出てきたことによる。ただし、高卒の就職口としては仙台が未だ人気があるため、東北地方の他県からの求職者が仙台に集中して競争率が上がり、宮城県内の高校卒業者の就職内定率は東北地方内で最低水準が続いている。なお、仙台都市圏以外では、道路の改良によってロードサイドショップの商圏が栗原地区へ拡大した大崎市(旧古川市)が社会増となっているが、最寄品を販売している中心部商店街は苦境に立っている。
宮城県内の経済は、仙台市周辺から石巻市にかけての「仙台湾沿岸部中心」の時代から、内陸部の仙台都市圏を中心とした「国道4号沿い」に変化しており、これは関東での「東京湾沿岸の時代」から、北関東を含めた「首都圏の時代」への転換と同期している。
第一次産業は、デフレによる農産物の価格低迷、水産物の水揚げ高の変動や重油価格の高騰により不況感がある。第二次産業は、工場の統廃合や業界再編の時期が過ぎ、収益性が上がってきている。第三次産業は、他の七大都市圏を擁する都道府県と同様に、仙台都心部で仙台経済圏を対象とした広域ビジネスを展開する高級消費財を扱う業種、各地域の大型ロードサイドショップが好調なのに対し、商圏が半径数百m程度の最寄品を販売する小規模商店は苦境に立っている。
[編集] 第一次産業
総生産額は1888億円、県内総生産に占める割合は2.2%(2001年)
- 農業:平野部では、米(ササニシキ、ひとめぼれ等)が主であるが、南部の沿岸地域では、海洋性気候によって宮城県内においては温暖であり、奥羽山脈・阿武隈高地(亘理丘陵)に雪雲が遮られて冬季の晴天率が高いことを利用し、イチゴなどのハウス栽培もおこなわれている。また、松島丘陵(特に利府町)では梨の栽培が盛んであり、高原では高級和牛牛肉である仙台牛の産地となっている(みちのく三大牛:米沢牛・前沢牛・仙台牛)。
- 漁業:全国有数の水揚げ高を誇る漁港がある。以下に、2002年の貝類・海藻類を除く海での漁獲高による全国順位等を示す。
- 5位 石巻港(10.8万t):かつお類、いか類、いわし類
- 7位 気仙沼港(8.8万t):さんま、かつお類、まぐろ類
- 16位 女川港(4.5万t):さんま
その他、塩釜港の漁獲高も多い(近海マグロが多い)。松島湾や三陸海岸の入り江では、カキ・ホタテ・ホヤなどの養殖漁業も盛ん。仙台市の沖合い2km辺りでは海苔の養殖も行われている。県内の主要港は、遠洋漁業(マグロ、以前はクジラも)の基地としても機能しているため、自然と海外との交流をしており、外国人船員も多く立ち寄る。また、かつおを追って北上してくる高知県の船員や、さんまを追って南下してくる北海道の船員も多く立ち寄っており、仙台駅、仙台空港に並ぶ、宮城県の第3の玄関口となっている。
[編集] 第二次産業
総生産額は1兆8753億円、県内総生産に占める割合は21.7%(2001年)
[編集] 第三次産業
総生産額は6兆8098億円、県内総生産に占める割合は79.6%(2001年)
- サービス業、卸売小売業共に仙台市を拠点としている。
仙台経済圏の成立により、物販面では、高額商品やファッション性の高い買回品・専門品の販売地として一番町と仙台駅前が求心力を強め、その商圏が仙台経済圏の周辺都市圏にまで広がりを見せている。
娯楽・レジャー面では、仙台市都心部や仙台都市圏が供給する文化・スポーツイベントなどの求心力が、仙台経済圏に及んでいる。ただし、県内の小規模市町村のみならず仙台市内も含め、最寄品の販売を中心としてきた地元商店街は、郊外型大規模小売店・ロードサイドショップ・スーパーセンターに、価格競争や駐車場などのサービスで敗北して衰退している。
[編集] 商業拠点
規模の大小があるが、周辺地域から集客する能力のある商業拠点に以下のようなものがある。宮城県内の各地域の商業事情だが、集客力は仙台都市圏が優勢でその他の都市の商業基盤は沈下傾向にある。
仙台都市圏
- 主要幹線道路にはロードサイドショップや大規模郊外店が集積し、中心部商店街の地盤沈下が危ぶまれたが、高速バスの発達等により、宮城県内はもとより、山形県や福島県などからも集客が進み、特に一番町ではブランド街化が進んでいる。また、人口の約1%(約1万人)が外国人居住者であるが、大学・専門学校等の教員や学生が多く、他の大都市圏のような飲食店や小売業などにおける存在感は希薄である。ただ、韓国料理や東南アジアの料理などにおいて少しずつその存在感は増してきている。
- 仙台市泉区を東西に貫く七北田川の北岸に泉中央駅、南岸に八乙女駅があり、これらが一体となって仙台の北の副都心を形成しているが、七北田川沿いの平地が元々少ない上、市街地指定の土地も少なく、大規模店が進出できる土地が残されていない。泉中央は、もともと車でアクセスするロードサイド店型の店舗形態が優勢であったが、狭い土地であるために渋滞が激しく、ロードサイド店型の出店形式が合わない地区に変化した。このあおりで、ダイエー仙台泉店は広大な駐車場を持ちながらも業績が悪化して閉店に追い込まれた。一方、泉中央には、地下鉄のターミナル駅の泉中央駅があるため徒歩移動している人が比較的多いこと、低層であるがオフィスビルが集中していること、ベガルタ仙台のホームスタジアムである仙台スタジアムがあり、試合前後に2万人近い観客が集中すること、等等により飲み屋街も形成されて都市機能の集積が進み、イトーヨーカドーなどの駅前立地型の大規模店は生き残っている。
- このような泉中央の副都心化により、「泉中央の郊外」といえる商業地が形成されている。それは、国道4号バイパスの内側にある泉中央に対し、バイパス沿いまたは外側にある富谷町や泉区松陵地区の幹線道路沿いのロードサイドショップ群であり、富谷町には、シネマコンプレックス等を併設した郊外大規模店も進出した。なお、泉中央とその郊外という小都市圏の形成によって、仙台市都心部と泉中央を結ぶ旧国道4号(県道仙台泉線)沿いのロードサイドショップは集客力を大きく減らし、閉店したり業績悪化に見舞われ、現在はマンションへの建て替え傾向が強い。また、富谷町の更に北に隣接する大和町に、日系ブラジル人の増加がやや見られるが、商業にインパクトを与えるほどにはなっていない。
- 仙台~松島の間には、国道4号バイパス沿いに仙台市が設定したグリーンベルト地区(稲作地保全地区)と、流通・工業地指定された卸町・扇町・六丁の目があり、住宅建設や商業(車関係以外)がほとんど出来ない広大な地域が南北に横たわっている。このような自然障壁ならぬ条例障壁によって、仙台都市圏北東部は、仙台市都心部から見て、商業・住宅の「飛び地」となっている。都心と「飛び地」および松島方面とを結ぶ道路には、一般道の国道45号・利府街道・産業道路、および、高速道路の三陸道等があり、並走している。その内、仙台~松島間を最短で結ぶ利府街道は、旧来から都市機能が集積している仙台市宮城野区北東部~多賀城~塩竈のバイパス機能を持ち、三陸道・仙台北部道路・仙台東部道路などの高速道の結節点としての機能や、宮城スタジアムを中心とした大規模集客施設の玄関となって地位があがった。また、利府町の丘陵地が開発されて仙台のベッドタウンとなり、人口が増加して商業の集積が進んだ。利府街道沿いは、市街地化が制限された農地に指定されているため、沿道をロードサイド店舗が埋める形ではなく、市街地指定の利府町中心部に大規模店やロードサイド店等が集中立地している。なお、近年、工業・流通地区指定が解除され始めた仙台港後背地(宮城野区北東部~多賀城市 : 産業道路沿い)の大規模区画にも次々と郊外大規模小売店が出店しており、国道45号沿いとともに「飛び地」内で三つ巴の過当競争状態になりつつある。
- 仙台都心部の南には長町副都心があるが、副都心指定されていないものの都心に近接する北の北仙台地区と同様に、マンション地区となっている。距離的には北仙台と長町が都心と同じ位置にあるが、歴史的な経緯や旧国道4号の走行の違い、背景人口の違いによって発展が異なった。また、国道286号バイパス沿いの市街化調整区域を市街化区域に変更するようになり、隣接する長町~長町南が副都心指定された。同じ副都心指定の泉中央のような業務機能の集積は少ないが、長町は商業中心の1つとして機能し、北仙台とは異なった道を歩んでいる。近年の動きとして、長町駅東側の再開発「あすと長町」によって長町の副都心としての機能充実が期待されるのと同時に、仙台空港線の駅前開発が活発化してきている。特に、杜せきのした駅前には、ジャスコが出店する「イオンモール名取エアリ」(旧:ダイヤモンドシティ・エアリ)が開業し、泉中央の同心円状の小都市圏とは異なって、鉄道・自動車交通をインフラとした長細いレールサイド・ロードサイド商業圏に収斂しつつある。
- 仙台市の外港として発展した塩竈の中心市街地は、以前は「飛び地」の中心であったが、車でのショッピングが便利な利府町・多賀城市・仙台港後背地にある郊外大規模小売店などにおされ気味である。ただし、中心市街地には安くて美味しいと評判の寿司店が多く、松島観光の客のみならず、仙台など広域から集客している。
県北部(大崎圏・登米圏・栗原圏)
- 2006年3月に、古川市とその周辺の6町が合併して、大崎市が発足した。県北部の中心都市として、古川駅周辺の中心部商店街が存在しているが、商圏が広域であるため、国道4号バイパス沿いなどのロードサイド店の方に勢いがある。古川地区は仙台都市圏以外で人口の増加が見られる県内では数少ない地域の一つであり、商業機能の面では石巻都市圏を凌ぐ勢いの時期もあった。ただ、仙台方面への新幹線や高速バスでの通勤通学者や買い物客も多く、特に中心商店街の再活性化が課題である。また市域南東部の鹿島台商圏は1997年に開店したロックタウン鹿島台が中心となり、やや広域を対象としたチェーン店では古川・鹿島台の市内2ヶ所に開店させた事例が目立つ。しかしながら平成18年発行の宮城県「消費購買動向調査報告書」によると、旧鹿島台町は商圏の基準を満たさず、商圏中心都市の座を降りることとなった。なお鹿島台・松山地域においては仙台方面への東北本線での通勤通学者や買い物客も多い。
- 佐沼(登米市)
- 周辺は人口密度が希薄な地帯であるが、飲食店の集積率が高く、一通りの買い回り品は揃う。そのため、登米市の中心市街地として市内及び岩手県南からの客も集める。ただし、ロードサイド店が限定的であるため、買い物客の圏外流出(古川や仙台)が顕著となり、同時に旧市街地の集客力も低下している。
- 築館(栗原市)
- 国道4号沿いのロードサイドショップが優位。古川への依存傾向がある。
県北東部(気仙沼・本吉圏)
- 港地区の旧市街地と、気仙沼市立病院(旧:公立気仙沼総合病院)を中心とした新市街地とがある。岩手県三陸南部の諸都市とともに独自の商圏を形成している。域外の依存する商圏は、一関市(岩手県南西部)と仙台市。
県東部(石巻圏)
- 県東部の中心都市として、宮城県内では仙台市以外で唯一のデパートが立地する中心部商店街がある。但し、バイパス沿道のロードサイドショップの方が優勢である。工業の業績改善傾向による消費意欲の増大や、三陸自動車道の整備による商圏の広域化のため、大規模小売店の集積傾向が強くなり、買い物客の域外流出傾向から流入傾向に変化しつつある。特に石巻河南インターチェンジ周辺は近年急速な発展を続けており、県内では仙台周辺地域に次ぐ商業機能を持つ。
県南部(仙南圏)
- 消費購買動向調査(平成20年)によると、大河原町の商業は一次商圏に村田町・大河原町・蔵王町・川崎町・角田市・白石市、二次商圏に柴田町・丸森町、三次商圏に七ヶ宿町を擁し、仙南圏の全市町に影響を及ぼす地域型商圏を維持していることが明かになった。前回調査(平成17年)と比較すると、商圏範囲は変動がなく2市7町をそのまま継続。商圏人口は常住人口の減少で192,879人から188,313人に減少。吸引人口は蔵王町・白石市・村田町・柴田町・丸森町・角田市・大河原町からの吸引率が上昇して64,960人から74,807人に増加。買回品の地元購買率は65.0%から67.8%に上昇している。このことから、大河原町の商業は仙南圏での勢力を拡大して拠点性を強めていると考えられる。
- 大河原は仙南圏を管轄する国や県の出先機関が多い役所の町で、中心街の本町・中町および大河原駅前は商店街になっている。しかし現在、中心街の商業活動は低落し、商業地としての活況は大規模店や中規模店が建並ぶ国道4号および県道亘理大河原川崎線沿道の新市街へ完全移動している。主な大型店としては、県道亘理大河原川崎線沿道に映画館とボウリング場を併設した仙南圏最大の大型店フォルテ(核店舗 ヨークベニマル)、国道4号沿道に全棟独立タイプの さくらショッピングセンター(核店舗 ケーヨーデイツー・みやぎ生協)があり、その他にも家電量販店など買回性の強い店舗が多数立地している。これらの店舗は、東端のフォルテと西端の さくらショッピングセンターを結ぶ4Km区間に集中し、ロードサイドショップが連なる国道4号沿道は仙南圏で随一の商業ゾーンになっている。この商業ゾーンの特徴の一つに、飲食店の多さを挙げることができる。消費購買動向調査によると、村田町民の63.8%、蔵王町民の63.4%、角田市民の40.6%が大河原町内で「家族連れ外食」を楽しんでいるという。しかし、大河原町自体の買回品購買は仙台市・名取市に流出する傾向があり、両市の三次商圏に組込まれている。なお、フォルテ周辺には仙南芸術文化センター・町総合体育館・仙南広域消防本部・大河原警察署・みやぎ県南中核病院があり、商業以外の面でも仙南圏の拠点ゾーンとなっている。
- 平成19年商業統計調査による大河原町の年間小売販売額は3,949,889万円。それを大河原町の人口23,444人(平成19年10月推計人口)で除した「1人当たりの年間小売販売額」は168万円で、県平均の108万円を大きく上回って突出している。
- 消費購買動向調査(平成20年)によると、白石市の商業は一次商圏に七ヶ宿町・白石市、三次商圏に蔵王町を擁し、小規模な地区型商圏を維持していることが明かになった。前回調査(平成17年)に比べて商圏範囲は1市3町から1市2町に減少。商圏人口は72,888人から54,012人に減少。吸引人口は25,179人から17,591人に減少。買回品の地元購買率も50.7%から38.5%に低下して、商勢力は大きく縮小している。その要因として、丸森町の商圏離脱、大河原町と名取市への流出率増加、商圏範囲の常住人口減少がある。
- 白石は江戸期の城下町から発展した小都市で、中心街の東北本線白石駅前通は長年にわたって仙南圏の最高路線価を保持し、中町から長町にかけては仙南圏で唯一のアーケード商店街になっている。このように白石の中心街は仙南圏で最も繁華な商業地だった面影を随所に残しているが、今は仙南圏をカバーする商業拠点を大河原町に譲り渡しているのが実情である。現在、白石市の商業地は中心街から1.5Kmほど離れた大平森合地区の国道4号沿道に移動している。主な大型店としては、国道4号沿道にアムザショッピングタウン(核店舗 マルホンカウボーイ・ケーヨーデイツー)・セラビ(核店舗 みやぎ生協・ジャスト)があり、国道4号と中心商店街の中間には片倉ショッピングセンター(核店舗 ヨークベニマル)が出店している。国道4号沿道はアムザとセラビを核に800mにわたって郊外型店舗が連続する商業ゾーンだが、平成19年にはアムザに入居していたベスト電器が閉店。白石市は角田市とともに家電量販店のない市となった。市内唯一の家電量販店の閉店は市民にとって少なからず衝撃で、「市民が選んだ平成19年10大ニュース」の3位にランクインしている。同じく平成19年、アーケード商店街に立地して中心街の核店舗となっていたスーパーのヤオチュウ本店も閉店している。七ヶ宿町と蔵王町を商圏に取込み、その商圏の中心市に位置付けられている白石市だが、家電、スポーツ用品など買回品の購買を大河原町などに流出させ、大河原町の一次商圏および仙台市・名取市の三次商圏に組込まれている。
- 平成19年商業統計調査による白石市の年間小売販売額は3,597,800万円。それを白石市の人口39,492人(平成19年10月推計人口)で除した「1人当たりの年間小売販売額」は91万円で、県平均の108万円を下回っている。
- 消費購買動向調査(平成20年)によると、柴田町の商業は一次商圏に柴田町、三次商圏に村田町・角田市を擁しているが、前回調査(平成17年)に比べて商圏範囲は1市4町から1市2町に減少。商圏人口は122,911人から83,995人に減少。吸引人口は25,963人から15,570人に減少。買回品の地元購買率も44.6%から32.5%に低下して商勢力は大きく縮小している。その要因には、大河原町と蔵王町の商圏離脱、名取市と大河原町への流出率増加、商圏範囲の常住人口減少がある。なお、同調査の結果報告書は、商圏中心市区町村であるための要件(買回品の地元購買率が30%以上の市区町村で、一次商圏又は二次商圏に該当する市区町村を一つ以上有するもの)を満たしていないとして、柴田町を商圏中心町から外している。
- 柴田町の船岡は江戸期に小さな城下町(要害)であったが、昭和14年に海軍火薬廠が設置されて急速に人口を増やした新しい町でもある。銀座通、船岡駅前通が中心街に相当するが、概して中心商店街の形成が未成熟のまま商業の郊外化時代に突入した観がある。昭和55年、開通したばかりの国道4号沿道に 当時としては超大型のショッピングセンター サンコア(核店舗 ジャスコ)がオープン。サンコアの開店で仙南圏の商圏は激変し、商業拠点は白石市から柴田町へ移った。しかし平成6年、サンコアの2倍規模で大河原町にフォルテがオープンすると、今度は柴田町から大河原町に商業拠点が移動しはじめた。主な大型店にサンコア(核店舗 ジャスコ)、柴田東ショッピングセンター(核店舗 マックスバリュ・ホーマック)、柴田ショッピングプラザ(核店舗 ヨークベニマル)があるが、立地場所が飛び飛びで集中性に欠けている。さらに平成21年10月、サンコアが倒産して すべての専門店が閉店。現在はキーテナントだったジャスコだけが営業している。サンコアの空スペースがどのように活用されるのか、その行方が注目されている。このような中、柴田町で最も商業ゾーンらしい景観を呈しているのは、ジャスコを核とする国道4号沿道の1.5Km区間であるが、家電・紳士服などの専門店は立地しておらず、買回品の購買は大河原町などへの流出がみられ、大河原町・名取市・仙台市のニ次商圏に組込まれている。
- 平成19年商業統計調査による柴田町の年間小売販売額は3,430,161万円。それを柴田町の人口39,809人(平成19年10月推計人口)で除した「1人当たりの年間小売販売額」は86万円で、県平均の108万円を下回っている。
- 消費購買動向調査(平成20年)によると、角田市の商業は一次商圏に丸森町、二次商圏に角田市を擁しているが、買回品の地元購買率が29.5%と低率なため、同調査の結果報告書は角田市を商圏中心市から外している。前回調査(平成17年)と比較すると、商圏範囲は変動がなく1市1町をそのまま継続。商圏人口は50,677人から48,945人に減少。吸引人口は17,570人から14,619人に減少。買回品の地元購買率も34.5%から29.5%に低下して商勢力を縮小している。その要因として、名取市・大河原町への流出率増加および商圏範囲の常住人口減少がある。
- 角田は江戸期の小さな城下町(要害)から発展した小都市で、中心街の本町・仲町・天神町・田町などの商店街は、狭いながらも歩道が整備され、街路灯が設置され、仙南圏では白石に次ぐ第二の商業地であった昔を景観の中に残している。しかし現在、中心街の集客力は凋落し、商業地としての活況は郊外型店舗が並ぶ国道113号沿道の新市街へ移動している。主な大型店に角田ショッピングセンター(核店舗 ヨークベニマル・コメリ)などがあり、集客力の強い角田ショッピングセンターが立地する国道113号沿道は、1Kmにわたって郊外型店舗が並ぶ商業ゾーンになっている。しかし、家電・パソコン・家具・インテリア用品・スポーツ用品・レジャー用品などの文化品を扱う店舗が乏しく、買回品の購買は大河原町などへ流出し、大河原町の一次商圏、名取市の二次商圏、仙台市および柴田町の三次商圏に組込まれている。また、角田市の特徴に「家族づれ外食」の地元支持率の低さがある。大河原町民の69.2%が大河原町内、白石市民の40.9%が白石市内、柴田町民の27.4%が柴田町内を「家族づれ外食」の場にしているが、角田市内を「家族づれ外食」の場にする角田市民は16.5%にすぎない。自動車用部品製造のケーヒンなどが立地して仙南圏で最高の工業出荷額を誇る角田市だが、商業面では大河原町への流出が大きく、市が町の商圏下に組込まれる珍現象が起きている。
- 平成19年商業統計調査による角田市の年間小売販売額は2,473,111万円。それを角田市の人口32,968人(平成19年10月推計人口)で除した「1人当たりの年間小売販売額」は75万円で、県平均の108万円を下回っている。
[編集] 指定金融機関
七十七銀行が指定金融機関になっている。ただし、公営企業のうち、病院事業の出納取扱金融機関は仙台銀行が担当する。
[編集] 交通
[編集] 航空
[編集] 鉄道
東北新幹線、東北本線が南北に縦貫しており、そこから各方面へ路線がのびる。
[編集] 公営交通路線
[編集] 第三セクター鉄道
[編集] 私鉄路線
私鉄として1925年より宮城電気鉄道が存在したが、1944年に国有化され国鉄仙石線となった。また、くりはら田園鉄道の前身である栗原電鉄は私鉄であったが、1995年に第三セクター鉄道となり、2007年に廃止された。現在は宮城県内に私鉄の路線はない。過去に宮城県内に存在した、その他の主な私鉄は以下の通り。
[編集] バス
宮城交通が全県をカバーしてきたが、近年、郡部路線を子会社化し、かつ郡部主要拠点から仙台への高速(特急)バス化に力を入れている。仙台市内は仙台市交通局と宮城交通がエリアを分けて運行されている。一方、仙台を起終点とする昼行・夜行高速バスが充実してきており、県外への路線開設は主に宮城交通(宮城交通高速バス総合案内所・広瀬通り)とJRバス東北(仙台駅東口)が主導している。
- 仙台市交通局 - 仙台市域の路線バス
- 宮城交通 - 高速バス・仙台市とその周辺の路線バス
- JRバス東北 - 高速バス
- 東日本急行 - 高速バス・仙台空港リムジンバス
- 愛子観光バス - 路線バス
- 山交バス - 高速バス・特急バス
[編集] 道路
「都道府県別1km当たり渋滞損失額」で全国9位[5]となっており、特に仙台都市圏での道路整備が遅れている[6]。
- その他道路
[編集] 船舶
- 港湾
[編集] マスメディア
[編集] 新聞
[編集] テレビ局
- 地上波放送局
| "テレビ局舎外観" | ||||||||||
|
||||||||||
テレビ東京の周波数と仙台放送の周波数が同一(アナログ12ch)であるため、ケーブルテレビによる区域外再送信ができない。また、テレビ北海道向けのNTT中継回線も光ファイバー回線に切り替わり受信不可能であるため、2011年以降系列局の開局などが無い限り、宮城県においてテレビ東京を視聴するのは不可能である(異常伝播などで中継局が受信できることはある)。なお、2011年の地上デジタル放送完全移行を目途にテレビ東京系の新局を開局する計画があがっている(地上波デジタル移行にともない、これらの地域での開局は無理という声もある。平成20年6月20日のテレビ東京第40回定時株主総会の概要に書いてあるが、問14の「見られるエリアをどう増やしていくか?」との問いに、会社側は「ネットワーク局を増やすことも選択肢の一つだが、現在の経営環境では厳しい。」と回答したため、現段階では先行きは不透明である。もっとも絶望的といえる段階にきているわけでもないので、今後の動向が注目される)。実現すれば東北地方で初となる。
また、宮城県南部の一部地域では福島県の4大系列局を視聴できる地域がある。地上デジタル放送におけるリモコンキーIDが全国で唯一、鹿児島県と全く同じであり、アナログ放送における親局のチャンネル番号もフジテレビ系列と日本テレビ系列を除き鹿児島県と同じである。
- ケーブルテレビ局
[編集] ラジオ局
- AMラジオ局
- FMラジオ局
- コミュニティFMラジオ局
- ラジオ3(仙台市青葉区 76.2MHz J-WAVE系列)
- FMいずみ(仙台市泉区 79.7MHz J-WAVE系列)
- BAY WAVE(塩竈市 78.1MHz J-WAVE系列)
- FMいわぬま(岩沼市 77.9MHz MusicBird系列)
- ラジオ石巻(石巻市 76.4MHz J-WAVE系列)
- エフエムたいはく(仙台市太白区 78.9MHz MusicBird系列)
[編集] 観光
日本を訪れる外国人観光客向けの「ミシュラン実用旅行ガイド」(国土交通省等が連携)において、県内では松島・瑞巌寺・松島四大観の計3ヶ所が最高評価の「三つ星」を獲得した。三つ星の数では京都府・東京都・奈良県に次いで広島県とともに国内4位。「二つ星」は12ヶ所、「一つ星」は10ヶ所であり、星総数は43となって、京都府・東京都・奈良県・神奈川県に次いで5位と、首都や幕府が置かれた歴史のない道県の中では最高位となった。
[編集] 有形文化財建造物
- 国宝
[編集] 祭事
- どんと祭(1月14日夕方~夜)
[編集] 公園
[編集] 宮城県を舞台にした作品
[編集] 映画
[編集] ドラマ
|
[編集] アニメ[編集] ゲーム
[編集] 小説
[編集] 漫画
[編集] 音楽 |
[編集] 主なスポーツクラブ
- 野球
- 東北楽天ゴールデンイーグルス(プロ野球・パシフィック・リーグ。クリネックススタジアム宮城を本拠とする)
- ロッテオリオンズ(同上・1973~77年まで県営宮城球場が実質上のメインスタジアム。78年以後も準本拠地として使用)
- JT硬式野球部(2004年廃止)
- JR東日本東北野球部
- NTTグループ東北マークス
- 東北福祉大学野球部
- 仙台育英学園高校硬式野球部
- 東北高校硬式野球部
- サッカー
- ※いずれもユアテックスタジアム仙台を主本拠としている。
- バスケットボール
- プロレス
[編集] 学校
[編集] 宮城県出身の有名人
「宮城県出身の人物一覧」を参照
[編集] 脚注
- ^ 北海道・東北地方の東西南北端点と重心の経度緯度(国土交通省国土地理院)
- ^ 14 全国、都道府県の人口重心(平成7年・12年)(独立行政法人統計センター)
- ^ 宮城県推計人口(月報)(宮城県)
- ^ 今泉隆雄「宮城の夜明け」33-35ページ(渡辺信夫・今泉隆雄・大石直正・難波信雄『宮城県の歴史』山川出版社 1999年3月)
- ^ 都道府県別1km当たり渋滞損失額
- ^ 宮城県の渋滞3Dマップ
[編集] 関連項目
- 陸前国
- 磐城国
- Category:宮城県の大学
- Category:宮城県の企業
- Category:宮城県の自然景勝地
- Category:宮城県のダム
- 宮城県の県道一覧
- 宮城県高等学校一覧
- 宮城県出身の人物一覧
- 宮城県の神社一覧
- 宮城県庁舎
[編集] 外部リンク
- 行政
- 観光
|
||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ace:Prefektur Miyagi
Text is available under Creative Commons Attribution-ShareAlike (CC-BY-SA) and/or GNU Free Documentation License (GFDL).






