宮城野部屋

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宮城野部屋(みやぎのべや)は、日本相撲協会所属で立浪一門相撲部屋である。

目次

[編集] 沿革

宮城野部屋は7代続いた後途絶えていたが、1958年(昭和33年)1月場所限りで引退した高嶋部屋小結巴潟)所属の第43代横綱吉葉山が、一代年寄・吉葉山を襲名して吉葉山道場を創設し、その後1960年(昭和35年)に年寄宮城野に名跡変更して部屋名称も宮城野部屋に改めた。8代宮城野は、関脇明武谷、関脇・陸奥嵐、小結・廣川をはじめ、幕内嵐山、宇多川勝太郎など一代で10数名の関取を育て上げた。

1969年(昭和44年)1月場所限りで引退した8代宮城野弟子の小結・廣川は、年寄押尾川(後に東関に名跡変更)を襲名して宮城野部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていたが、1977年(昭和52年)11月に8代宮城野(吉葉山)が死去したため翌12月に9代宮城野に名跡変更して宮城野部屋を継承した。9代宮城野は、先代弟子から幕内・竹葉山港龍などを育てたが、1989年(平成元年)6月に急逝した。

1989年(平成元年)1月場所限りで引退した9代宮城野弟子の幕内・竹葉山は、年寄・中川を襲名して宮城野部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていたが、9代宮城野(廣川)が急逝したため10代宮城野に名跡変更して宮城野部屋を継承した。10代宮城野は、先代弟子から幕内・光法十両若隼人を育て、直弟子から幕内・白鵬(後に第69代横綱)などを育てた。

2004年(平成16年)8月26日より、出羽海一門の北の湖部屋(横綱・北の湖)所属の十両・金親が、9代宮城野未亡人と養子縁組をした後に9代宮城野次女と結婚、同時に11代宮城野を襲名して宮城野部屋を継承した。一門を跨いだ相撲部屋の継承は五大一門制になった昭和中期以降初めてのことであり、継承に際しては様々な議論を巻き起こした。なお、10代宮城野は年寄・熊ヶ谷に名跡変更して、再び宮城野部屋の部屋付き親方となった。

[編集] 所在地

[編集] 師匠

  • 8代:宮城野潤之輔(みやぎの じゅんのすけ、横綱・吉葉山、北海道
  • 9代:宮城野泰三(みやぎの たいぞう、小結・廣川、神奈川
  • 10代:宮城野泰孝(みやぎの やすたか、前13・竹葉山、福岡) 
  • 11代:宮城野友淳(みやぎの ともあつ、十2・金親、神奈川)

[編集] 力士

[編集] 現役の幕内経験力士

[編集] 横綱・大関

横綱

[編集] 幕内

関脇
小結
平幕

[編集] 十両

  • 松山佳弘(十1、東京)
  • 若隼人幸治(十3、鹿児島)
  • 葉山健治(十10・神奈川)
  • 貴羽山善之(十10、広島
  • 力駒雄偉(十11、北海道)
  • 剣岳寛(十11、徳島)
  • 四季の花範雄(十13、青森)

[編集] 幕下以下

幕下
  • 荒若正啓
  • 望櫻将太(現役)
三段目
  • 杉ノ花祐也
  • 一秦昌平
序二段
  • 樹龍樹歩(現役)
  • 猛十八卓(現役)
  • 大和田健一(現役)

[編集] 所属

親方
  • 熊ヶ谷誠志(くまがたに せいじ、前13・竹葉山、福岡)
  • 安治川賢一(あじがわ けんいち、前9・光法、鹿児島)
行司
  • 式守錦太夫(幕内行司)
呼出し
  • 隆二(幕内呼出)
床山
  • 床蜂(一等床山)
マネージャー 
  • 岩崎悟(幕下・岩海)

[編集] 旧宮城野部屋

明治時代から続いていた部屋で、美男横綱として知られた(第24代横綱)が相続し、幕内・古賀ノ浦たちを育てたが、1956年(昭和31年)11月に死去し、当時の幕内・福ノ里は高島部屋に身を寄せた。福ノ里は、吉葉山の独立の際に同行した。

[編集] 外部リンク

宮城野部屋

最終更新 2009年11月30日 (月) 12:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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