宮崎なぎさ

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本来の表記は「宮﨑なぎさ」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。

宮﨑 なぎさ(みやざき - )は、女性アニメーターキャラクターデザイナー、アニメーション監督宮崎と表記されることが多い(崎の右上が「立」になるのが正しい字だが、環境により表示できない。右上が「大」の心理カウンセラーは別人)。また、一部の作品において二宮 ハルカ(にのみや - )という変名を使う時もある。

主に女性キャラクターの機微を重視した作品づくりを特徴とし、また、作品の構成やオープニング・エンディングアニメーションでも独特の手法をとり、堅実かつ斬新なアニメ監督・演出家として賛否ともに強い注目を集め続けている。

目次

[編集] 略歴

神奈川県立横須賀高等学校卒業。テレコム・アニメーションフィルムにて動画デビュー。宮崎駿監督作品他の動画原画としてアニメーターとしてのキャリアを積み、後に独立。数多くのテレビアニメ・劇場アニメで原画・作画監督として活躍する。

1990年代後半から演出業に進出、大地丙太郎の下で助監督ほか様々な役職で活躍し、彼の右腕的存在になる。2001年『フルーツバスケット』は助監督として現場を一任され、2002年オムニバス作品『シスター・プリンセス RePure』で初監督を務めた。翌2003年の『D.C. 〜ダ・カーポ〜』ではシリーズ物の監督として実力を発揮した。2004年『カッパの飼い方』は監督に加え、シリーズ構成や作詞も手がけるようになった。

これらの作品で成功しアニメ業界内外から「低予算・短納期のメディアミックス企画のアニメ作品など、苦しい制作事情の現場でも采配を任せられる監督」という評価を得たまではよかったものの、かえってこの事で、同様の厳しい内情の企画の監督依頼が集中する事態を招いてしまう。

特に、2005年に放送された『魔法先生ネギま!』では、立ち上げ時に前任監督が降板したり、制作の主体が急遽子会社に変更となる(前制作作品と本作の制作期間が重複したため)など制作現場が半ば崩壊している状況下で急遽監督に抜擢されるが、もはや放送開始までに立て直すことはできる現場の状態ではなく、スケジュールの遅れに伴う作画の悪さが目立ったため、制作主体ともどもシリーズ半ばで降板の憂き目にあった。(平行して複数のシリーズ監督を掛け持った事や一部制作サイドとの確執なども含め、宮崎に否定的な視聴者がこの時多く発生した。)その後も、2006年に『鍵姫物語 永久アリス輪舞曲』、2007年にWebアニメ『最終試験くじら』などの監督も受け持つが、これまた厳しい制作環境・放送形態なども災いし、商業的に良い結果を残せず、結果としてこれらの作品によってインターネット上でアンチが発生するなど、キャリアのマイナスとして扱われる様なものになってしまった。とはいえ、一方で、ゲスト演出としてはコンスタントに仕事をこなし、一定の評価を得ている。

作画方面では、監督就任以降ゲスト原画を時々こなす程度の活動しかしなかったが、2008年『狂乱家族日記』のエンディングアニメーション(凶華ver)にて絵コンテ・演出はもとより全作画を担当し、ベテランアニメーターとしての手腕の健在ぶりを見せつけた。また、同年発売のPS3用ソフト『ティアーズ・トゥ・ティアラ 花冠の大地』では2分32秒に作画2500枚、制作期間6ヶ月をかけたオープニングアニメーションのディレクターを担当し、「宮崎の関わるアニメは低作画」の風評を返上した。

現在、平均年1作ペースで監督業をしており、オフor準備期間にあたる時期も、交友のある演出家・アニメーターが関わる作品で単発の演出・原画として活躍している。

[編集] 主な参加作品

[編集] テレビアニメ

[編集] 劇場用アニメ

[編集] OVA

[編集] Webアニメ

[編集] ゲーム

[編集] 関連項目(主な交友人物)

演出家
アニメーター
脚本家
音楽家

最終更新 2009年11月21日 (土) 16:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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