宮崎美子
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| みやざき よしこ 宮崎 美子 |
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| 本名 | 宮崎 美子 (みやざき よしこ) |
|---|---|
| 別名 | 宮崎 淑子 |
| 生年月日 | 1958年12月11日(50歳) |
| 出生地 | |
| 血液型 | A型 |
| ジャンル | 女優,タレント |
| 活動期間 | 1979年- |
| 活動内容 | 女優,タレント |
| 主な作品 | |
| 1981年『2年B組仙八先生』 2007年『まるまるちびまる子ちゃん』など多数 |
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| 備考 | |
| 『ポカポカ地球家族』ナレーターなど | |
宮崎 美子(みやざき よしこ、1958年12月11日 - )は、日本の女優、タレントである。熊本県出身。身長156cm。
1991年に「宮崎 淑子」(みやざき よしこ、「崎」の字は山偏に竒)と改名。2000年に本名の宮崎美子に戻す。島田智子事務所に在籍していたが、現在の所属事務所はホリプロ。
目次 |
[編集] 優等生として
生まれてから幼稚園までは熊本市に住んでいたが、銀行員の父親の転勤で大阪府豊中市、大阪市へ。豊中市立南桜塚小学校に進み大分市に住む。大分市立津留小学校、大分市立春日町小学校時代は成績は常に一番。
大分大学教育学部附属中学校(現:大分大学教育福祉科学部附属中学校)、大分県立大分上野丘高等学校でも常にトップクラスであった。
2年生に進級する際、熊本市健軍に戻り熊本県立熊本高等学校に編入学。ここでも成績はトップクラスであったが、数学で挫折してしまい、2年から3年に進級する際に(数学で及第点をとっていたにもかかわらず)留年してもう一度数学を勉強したい、と担任に懇願した。結局は進級したが、この頃から自分を過信した生き方より、自分らしい生き方を選択したという。
将来ジャーナリストを志すようになるが、1970年代の当時は社会派女性ジャーナリストとして活躍できる分野が極めて少なく、女性でも十分活躍できる法曹か公務員の進路も考えていた。
大学受験のとき、東京のトップクラスにある私立大学法学部・政治経済学部にも十分合格できる成績を模擬試験などで示し、本人も東京での大学生活を夢みていた。しかし両親の反対で地元の国立大学1校しか受験せず、熊本大学法文学部法学科(1979年に法学部法律学科に改組、1997年から法律学科は法学科と公共政策学科の2学科になり、2004年から法学科へ)に入学する。
[編集] いまのキミはピカピカに光って
熊本大学入学後、当時熊本にあった百貨店岩田屋伊勢丹(現在は運営元が代わりくまもと阪神)のポスターモデルとして、ビキニ姿を披露している。さらに同大学写真部の友人が彼女をモデルにしたブロマイドを作り、それがキャンパスの至る所で目に付き、大学では有名人であった。
大学3年生の1979年10月、偶然朝日新聞で見つけた「篠山紀信が撮る!週刊朝日“キャンパスの春”」の表紙モデルに応募。多くの応募者がスタジオで撮った写真を添えて応募していたが、当時交際していた医学部の学生が撮った、化粧けのない素っ気無いスナップ写真を添えて応募。逆にその素朴さが審査員の目に留まり、応募者約1000人のうちの50名の写真選考を通過し、面接後に最終合格者の10名に選ばれる。
12月に東京で撮影。普通、素人モデルは撮影に数時間かかるが、宮崎はほんの十数分で終わった。
1980年1月、「週刊朝日」1980年1月25日号の表紙を飾ることになる。
2月に直接、篠山紀信からミノルタ(当時)のCMへの出演依頼がある。丁度春休みで時間があり、撮影地のサイパンに旅行気分で行けるという理由でその依頼を受けた。
3月から、ミノルタ一眼レフカメラ「X-7」のテレビCMが放映される。木陰でTシャツとGパンをはにかみながら脱いでビキニ姿になるという内容で、大反響となる。ちなみに、たまたまこのCMを見ていた『The・かぼちゃワイン』の作者三浦みつるがこのCMにインスピレーションを喚起され、同作の連載に取り掛かったと言う経緯がある。同作品のヒロインである愛称「L」こと朝丘夏美のモデルが宮崎美子である。
このTシャツとGパンを脱いでビキニ姿になる動作は、落語家の金原亭世之介(当時:金原亭駒平)の舞台芸や、志村けんの『8時だョ!全員集合』中のコントでお腹の贅肉をつかみ「ミヤザキヨシコォ~」と叫ぶ芸でも評判になる。実際、1980年11月に放送された『クイズダービー』(TBS、第250回)では、そのミノルタCMの問題が出題され、正解発表時には金原亭世之介が登場、その宮崎の舞台芸を披露している。
さらにCMに使われていた軽快な曲も評判になり、このCMコピーを担当した糸井重里が、30秒だけであったCMソングに歌詞を付け足し「いまのキミはピカピカに光って」(作曲:鈴木慶一、唄:斉藤哲夫)としてレコードも急遽発売されるに至るなど、社会現象化した。
[編集] CMモデルから女優へ
このCMで各マスコミ媒体に登場する機会が増え、雑誌やテレビにも出演。当時、国立大学法学科現役大学生の硬いイメージと宮崎の柔らかいイメージのギャップが、必ずといっていいほど記事に取り上げられ、その後1980年代以降の「才色兼備の女子大生タレント」というジャンルを定着させた。
4月、地元熊本放送の番組レポーターになる。もともとジャーナリストを志願していたことから、将来ジャーナリストとして人脈を広げる目的でマスコミ関係者に自らの顔を売り込んでいた、という強かな面も持っていた。
5月になり、TBSから熊本放送の制作部長を通じてポーラテレビ小説の主演女優の依頼があるが、断り続けていた。
6月になると、番組担当のTBSのプロデューサーとディレクターが熊本の実家まで何度も来て、出演説得を続けた。その結果、ポーラテレビ小説『元気です!』(1980年10月 - 1981年3月)の主演を受諾した。
ただ、東京の大学生のように、撮影の合間に頻繁に通学できる環境ではなく、ドラマ出演と熊本での大学生活を両立させるのは困難であった。その結果、必須科目の単位不足等で、翌春に控えた大学卒業が事実上不可能となることにも繋がった。
実はその年の大学卒業を条件に、CMで貢献したミノルタへのキャリア組としての入社が内定していた事情もあり、宮崎も自分の将来について悩んだが、安定した会社員としての途を捨て、自分の夢にかける選択をした。それは自ら掴んだチャンスとして受け入れた運命だった、と後に述懐している。
8月に『元気です!』の撮影が始まった。クランクアップ後はすぐに『2年B組仙八先生』(1981年4月 - 1982年3月、本来9月までの半年放送予定であったが、途中で1年に放送期間を変更。ただし契約上、宮崎はレギュラー出演としては9月で降板)の出演も果たした。それらの撮影中も週に1時限のゼミに出席するため、毎週東京~熊本を飛行機で往復し、入学から5年かけて1982年3月に熊本大学法文学部法学科を卒業した。
その後女優としての才能が開花し、順調にテレビ、映画、舞台とその活躍の幅を広げていった。
[編集] エピソード
- 今の女性マネージャーは、元バンダイ社員で初代『たまごっち』を企画したスタッフ。
- ミノルタ一眼レフカメラ「X-7」のCMは他に「ゆかた編」「水撒き編」「ハンモック編」もあった。
- 女優デビューする際に、演技指導の先生から「満員電車の中で大声で歌を一曲歌ってこい」と命じられ、その通りに実行したらしい。熊本での学生時代に地元でタレント的な活動を行っていたこともあり、デビュー時から既に態度や喋り方が落ち着いており、素人離れしていた。さらに度胸も据わっていたと言えよう。
- 1981年も宮崎がCMキャラのまま、ミノルタX-7の新CMが制作されている。同年夏期に放送された「ビキニ姿でフリスビーに興じる」バージョン(スローモーションで豊かな胸と腹が豪快に上下動)は、「Gパン脱ぎ」を超えるお宝セクシー映像として隠れたファンも多い。CMソングもRCサクセションの「こんなんなっちゃった」や、CINEMA(松尾清憲が在籍)の「君のプリズナー」に変更となっている。
- 『クイズダービー』では1981年10月より、ベテラン女優の長山藍子の後を受け継いで6代目の2枠レギュラー解答者として、約2年間出演した。レギュラーなりたての頃は全問不正解の回もあったが、正解率は3割9分7厘(平均3勝5敗ペース)となかなかの好成績で、また連勝記録でも歴代4位となる10連勝を達成している。なお、宮崎の頃から2枠レギュラーは若手女性タレント枠となるが、若手女性タレントの中では一番良い正答率だった。レギュラー出演降板後も、1986年3月には竹下景子の産休代役として、4枠の席に座ったこともあるが、その時も4勝4敗&5勝3敗の合計9勝7敗、正解率.563と竹下不在の穴を十分にカバーするほどの成績を残した。
- 現在春と秋に特番として放送されているテレビ朝日系のクイズ番組『タイムショック』でも、登場するときは必ずすべての問題で正解を出すという、すばらしい好成績を収めている。
- 1982年からは宮崎に代わり、斉藤慶子がミノルタの顔になっている(ただしX-7のCMには出ていない)。なお当時の斉藤も、宮崎と同じ熊本大学の学生だった(宮崎の3年下)。ただし、宮崎は半年留年で熊本大学を卒業しているが、斉藤はタレント活動を優先し大学を中退している。宮崎いわく「斉藤さんが入学してきたときは可愛いと大騒ぎだった」というだが、宮崎の入学時も「アグネス・ラムみたいな新入生がいる」と大騒ぎだった。『クイズダービー』の宮崎の後任のレギュラーや、宮崎司会の『気分はパラダイス』の後任アシスタントがいずれも斉藤と、この2人はかなり因縁がある。
- CMの宮崎バージョンがあまりにもインパクトがあったため、別の2人の女性モデルが同じ動作をして収録済みであった第2弾・3弾のCMバージョンはお蔵入りとなってしまい、彼女らは日の目を見ることはできなかった。一人は宮崎より年長のプロのモデルであった。
- この時期は他のカメラ会社も、ミノルタX-7と同様のシンプルで低価格な自動露出一眼レフを続々と発売していた。1979年にはオリンパスがOM10という機種を発売。同機種のCMモデルは、アイドル歌手から女優に転じたばかりの大場久美子で、水着ポスターなどはそれなりに話題だったのだが、翌年の宮崎の登場により、すっかり影が薄くなってしまった。
- 週刊朝日の表紙撮影後に篠山紀信からグラビアモデルの誘いがあったが、家族に水着姿を見られるのが嫌でそのときは断っている。
- のちに小学館の雑誌「GORO」で、篠山が撮影するグラビアに登場する。ワンピース水着で乳首の隆起も露わなまま仰向けに横たわるカットは、現在までのところ宮崎の肉体露出度ナンバーワン写真と評されている。
- 女優デビュー作はTBSのポーラテレビ小説『元気です!』だが、同時期、NHKも大河ドラマへの出演依頼で激しい攻勢をかけていた、という説がある。
- 宮崎のCMのパロディを演じていた志村けんは、実は宮崎の大ファンだった。1980年のTBS秋の特番で、志村は宮崎と初めて顔を合わせる。加藤茶ら他のドリフメンバーに「好きなんだろ!」と茶化されながら宮崎の隣に押し出された志村は、テレビカメラの前でありながら、強烈に照れて真っ赤になり口もきけないという素人同然の状態になってしまい、照れ隠しに宮崎の尻を触って逃げている。後に志村と宮崎は学研の雑誌「BOMB!」宮崎特集の号で対談が実現されている。「ドリフのほかのメンバーは、あのCMのよさが理解できないんだよね」などと語っている。
- 1981年秋に「NO RETURN」(作曲は八神純子)でレコードデビューしているが、その少し前、同年春~夏に放送されたポーラ化粧品のテレビCMで、宮崎の映像と共にBGMに宮崎の歌が使用されている。
- バイクブームだった1980年代半ばに、普通自動二輪免許(当時は中型限定免許)を取得している。ヤマハのスクーターサリアンのCMに出演していた縁からか、一時期ヤマハSRX250Fを所有していたという。
- 熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られ、2003年度のリーグ優勝達成時にはテレビ番組の企画で自らの公約である「六甲おろしをBGMにチアガールをする」ことに挑戦したという。本来は「チアガールになって甲子園で応援する」約束だったが、スケジュールの都合で甲子園での応援が出来なかった。選手としては江本孟紀の熱烈なファンだったという。
- 2000年『ろみひー』(中京テレビ)にゲストとして登場した際、中学高校時代は優等生で学級委員長もつとめていたが、裏ではタバコを吸ったりしていたこと、上記のように女優をやってみたのもテレビ局とコネを作りたかったからなどと告白し、デビュー時以来の清純イメージを自ら粉々に破壊してファンに衝撃を与えた。またデビュー以前に既に彼氏がおり、当然ながら男性経験があったのだろうと飯島愛に指摘された際には、肯定はしないが特に否定もしないという、オトナな態度を見せている。
- 1989年に結婚したが、1年4ヶ月で離婚。相手は『2年B組仙八先生』のアシスタントディレクターを務めていた制作会社スタッフで、宮崎と同い年。結婚に至るまで数年にわたり同棲に近い生活を送っていたと言われる。元夫は現在もテレビ業界で活躍しており(ベテランディレクターになっている)、宮崎と仕事で顔を合わせることも少なくない。
- 1987年にシングルレコードで発売された「だからDESIRE」は、当時はまだマイナーだったラップ調の曲(カップリングは「タカラ本みりん」のCMソング)で、これをもって「日本初の女性ラッパー」とする声もある。
- 宮崎の出現はそれまでのグラビアモデルはスリムでなければならないという概念を崩すものであり樽ドルのパイオニア的存在であると見ることもできる。
- 『爆笑レッドカーペット』がきっかけでもう中学生のファンになる。でもファンというより、テレビに出ている息子を心配しながら応援するお母さんという感じである。
- 『Qさま!!』で日本漢字能力検定準1級に合格した。数ヵ月後に1級に挑戦し、事前のテストで満点の成績を収めるなど期待がかかったが、惜しくも合格点の160点に9点及ばず、151点で不合格となった。
- クイズ番組での活躍が目覚しいが、『Qさま!!』では、深く考え悩みすぎるところもたまにある。
[編集] 出演作品
[編集] テレビドラマ
- 元気です!(1980年-1981年、TBS) ※兄役は駆け出し時代の石田純一
- 2年B組仙八先生(1981年-1982年、TBS)- 1981年4月-9月出演
- ハムレットは行方不明(1981年12月、NTV 火曜サスペンス劇場)
- 立花登・青春手控え(1982年、NHK)
- 嫁の座(1982-1983年、CX)
- 女の暦(1984年、CX)
- やどかりは夢をみる(1984年、NHK 銀河テレビ小説)- 川合直子役
- 25才たち 危うい予感(1984年、NTV)
- 女ともだち(1986年、TBS)
- かなかなむしは天の蟲(1987年、NHK 銀河テレビ小説)
- 銭形平次(1987年、NTV)
- ダイアリー・車いすの青春日記(1988年、NTV)
- 料理恋物語(1988年、TBS 花王 愛の劇場)
- 黒潮に乾杯!(1989年、NHK 銀河テレビ小説)
- いつか誰かと(1990年、TBS 花王 愛の劇場)
- 生きて行く私(1991年、CX 妻たちの劇場)
- なんでも屋探偵帳シリーズ(1991-1997年、ABC / ANB 土曜ワイド劇場) - 胡桃愛子役
- ラスト・フレンド(1993年4月~6月、THK / CX)
- あの夏、君を忘れない(1993年、TX 映画みたいな恋したい)
- トツゼン親娘(1995年、CBC / TBS ドラマ30)
- 外科医柊又三郎2(1996年、ANB)
- ナースのお仕事2(1997年、CX)- 第1話
- 放浪記(1997年、TX)
- だいじょーぶママ(1997年、CBC / TBS ドラマ30)
- 家政婦は見た!(1997年、ANB) ※連続ドラマとしての分
- ケイゾク(1999年、TBS)
- 救命病棟24時(1999年、CX)- 第2話
- 離婚計画〜いつか愛したあなたへ〜(2000年、MBS / TBS ドラマ30)
- 20歳の結婚(2000年、TBS)- 中願寺里子役
- 万引きGメン・二階堂雪(2000年、TBS)- 桐野真帆役
- 身辺警護(2001年、NTV)- 戸川美佐子役
- 部長刑事シリーズ・警部補マリコ(2001年-2002年、ABC)
- 太陽の季節(2002年、TBS)
- 精霊流し (2002年、NHK)
- パートタイム探偵(2002年、TX)
- 弁護士・朝日岳之助(2003年、NTV)- 吉野悠子役
- 愛の家〜泣き虫サトと7人の子〜(2003年、NHK 月曜ドラマシリーズ)
- 農家のヨメになりたい(2004年、NHK 月曜ドラマシリーズ)
- ラーメン発見伝(2004年、NTV)
- 離婚弁護士(2004年、CX)
- 城下町サスペンス 姫さま事件帖3(2005年、CX 金曜エンタテインメント)
- 風のハルカ(2005-2006年、NHK 連続テレビ小説)
- レガッタ〜君といた永遠〜(2006年、EX)
- のだめカンタービレ(2006年、CX)- のだめの母役
- 翼の折れた天使たち 第2夜「サクラ」(2007年、CX)
- 世にも奇妙な物語'07 春の特別編「回想電車」(2007年、CX)
- まるまるちびまる子ちゃん(2007-2008年、CX)- おばあちゃん役、2役(本人役)で出演した回もあった。
- プロポーズ大作戦(2007年、CX)- 吉田礼奈役
- ベビーシッターの危険な好奇心(2007年11月12日、TBS 月曜ゴールデン)- 白石加代 役
- プロポーズ大作戦SP (2008年3月25日、CX) - 吉田礼奈役
- 三十万人からの奇跡~二度目のハッピーバースディ~(2008年3月26日、EX)- 川上妙子 役
- 金曜プレステージ・眉山(2008年4月4日、CX) - 大谷啓子役
- ごくせん (2008年6月6日、NTV) - 神谷俊輔の母役
- 金曜プレステージ・クッキングパパ(2008年8月29日、CX)
- 恋のから騒ぎ ~Love StoriesV~「葬儀屋の女」(2008年10月10日、NTV)
- イノセント・ラヴ(2008年10月20日、CX)
- キイナ〜不可能犯罪捜査官〜(2009年3月4日、NTV)- 津田真美子役
- 土曜プレミアム 裁判員制度ドラマスペシャル「サマヨイザクラ」(2009年5月30日、CX)- 小久保仁美役
- 風に舞い上がるビニールシート(2009年5月30日~7月4日、NHK)- 工藤遥役
- 特別ドラマ企画「誰かが嘘をついている」(2009年10月6日、CX)- 佐藤美羽役
[編集] その他のテレビ番組
- クイズダービー(TBS) - 1981年10月-1983年9月、6代目2枠レギュラー
- 4月だヨ! 全員集合(1983年、TBS)- 司会
- 世界の子供たち(TBS)- 進行兼ナレーター
- 遠くへ行きたい(日本テレビ)
- オレたちひょうきん族(フジテレビ)
- なるほど!ザ・ワールド(フジテレビ) - ※海外レポーター
- 徹子の部屋(テレビ朝日)
- 8時だョ!全員集合(TBS)
- 地球大好き!大冒険!(テレビ朝日)
- すばらしき仲間II(TBS系)
- 人間大好き(テレビ東京)
- JNNニュース22プライムタイム(TBS)
- 地球は僕らの宝島(テレビ朝日)
- オシャレ30・30(日本テレビ)
- Ryu's Bar 気ままにいい夜(TBS)
- 今夜は最高!(日本テレビ)
- 一枚の写真(フジテレビ)
- ライオンのごきげんよう(フジテレビ)
- にんげんマップ(1994年、NHK)- 司会
- SMAP×SMAP(フジテレビ) - BISTRO SMAPゲスト
- 七人のサムライ J家の反乱(朝日放送) - ゲスト
- 生きもの地球紀行(1994年-2001年)- ナレーター
- ろみひー(2000年、中京テレビ)
- クスクス(2000年-2006年、中京テレビ)- 司会
- 愛のエプロン(テレビ朝日)
- 金曜アクセスライン(2001年、NHK)
- ポカポカ地球家族(2002年-、テレビ朝日)- ナレーション
- お宝映像クイズ 見ればナットク!(2003-2004年、NHK)
- なぜ?謎!ごはん。(2004年、テレビ東京)
- あなた説明できますか(2006年、TBS)
- バニラ気分!(2007年、フジテレビ)
- スーパーモーニング(2007年-、テレビ朝日)- 隔週レギュラー出演
- サラリーマンNEO(2007年4月-、NHK)
- クイズ$ミリオネア(フジテレビ)
- たけしの本当は怖い家庭の医学(2007年、テレビ朝日)
- 夜は胸きゅん(2007年、NHK)
- クイズ雑学王(2008年、テレビ朝日)
- クイズ!ヘキサゴンII(2007年、フジテレビ)
- 脳内エステ IQサプリ(2008年、フジテレビ)
- クイズプレゼンバラエティー Qさま!!(2008年、テレビ朝日)
- タイムショック21→タイムショックバトルロイヤルスペシャル!(テレビ朝日)※過去3回パーフェクト達成
- 超タイムショック芸能界最強決定戦スペシャル!(テレビ朝日)※優勝
- 世界の子供がSOS!THE★仕事人バンク マチャアキJAPAN(2008年、テレビ朝日)
- 熱血!天才アカデミー 世界をひっくり返した男ダーウィンの進化論(2008年、NHK総合)
- 人生を賢く生きるコツ勉強バラエティ 賢コツ!!(2008年、テレビ朝日)
- 熱血!平成教育学院(2008年、2009年、フジテレビ)
- 爆笑レッドカーペット(フジテレビ)
- 脳天イライラクイズ(2008年、日本テレビ)
- 日曜ワイド(2008年、テレビ朝日)
- 情報整理バラエティ ウソバスター(2008年、テレビ朝日)
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(2008年5月15日、フジテレビ) - ※テレフォンショッキングゲスト(6回目)
- さんぷんまる(2008年、NHK総合)
- 主治医が見つかる診療所(2008年、テレビ東京)
- 一攫千金!日本ルー列島(2008年、フジテレビ)
- 憧れのNYでもう一度夢を叶える! 女ふたり旅、スウィングな出会い(2008年、テレビ朝日)
- 平成教育委員会2008真夏の頂上決戦SP(2008年、フジテレビ)
- びっくり法律旅行社(2008年、NHK総合)
- オールスター芸能人歌がうまい王座決定戦スペシャル(2008年、フジテレビ)- 審査員
- 笑顔がごちそう ウチゴハン(2008年、テレビ朝日)
- 思いこみは一生の恥! クイズ本当にそれでいいんですね?(2008年、日本テレビ)
- サラリーマンNEO Season4(2009年4月 - 9月、NHK)
- 秘密のケンミンSHOW(2009年、日本テレビ系)
- となりのマエストロ(2009年10月18日 - 、TBS系)
- 奇跡の地球物語〜近未来創造サイエンス(2009年10月25日、テレビ朝日)- ゲストナレーション
[編集] ラジオ
[編集] 映画
- 俺っちのウエディング(1983年)- 小椋真紀子 役
- 乱(1985年) - 末の方 役
- TAN TANたぬき(1985年)- 岸田由美 役
- めぞん一刻(1986年)- 六本木朱美 役
- またまたあぶない刑事(1988年)- 萩原博美 役
- 男はつらいよ 寅次郎の休日(1990年)- 幸枝 役
- タスマニア物語(1990年)- 都築京子 役
- 仔鹿物語(1991年)- 坂口よしみ 役
- 墨東綺譚(1992年)
- わが愛の譜 滝廉太郎物語(1993年)
- マークスの山(1995年)
- 微笑みを抱きしめて(1996年)
- 死者の学園祭(2000年)- 涌沢和泉 役
- 雨あがる(2000年)- 三沢たよ 役
- わたしのグランパ(2003年)
- マナに抱かれて(2003年)
- 春の雪(2005年)- 綾倉伯爵夫人 役
- NANA(2005年)
- ミラクルバナナ(2005年)- 大澤江利子 役
- 釣りバカ日誌17 あとは能登なれハマとなれ!(2006年)- 佐伯加代子 役
- PET BOX ペットボックス トカゲ飛んだ?(2006年)- 球子の母 役
- Dear Friends(2007年)- 高橋加奈子 役
- 俺は、君のためにこそ死ににいく(2007年)- 河合の母 役
- キャプテン(2007年)- 谷口孝江 役
- うん、何?(2008年)
- デトロイト・メタル・シティ(2008年)
- いぬばか(2009年)
[編集] 舞台
- 「御宿かわせみ」帝劇(1984年)
- 「夏の夜の夢」シアターコクーン(1990年)
- 「ラヴ・レターズ」パルコ劇場(1990年)
- 「墨東綺譚」帝劇(1993年)
- 「頭痛肩こり樋口一葉」紀伊国屋ホール(1994年)
- 「春は爛漫」汎 大阪・飛天・東京宝塚劇場(1995年)
- 「午後の遺言状」東京芸術劇場・新神戸オリエンタル劇場(1997年)
- 「居酒屋ゆうれい」名鉄ホール(1998年)
- 「戸惑いの日曜日」名鉄ホール(1999年)
- 「売らいでか!~亭主売ります~」帝劇(2000年)
- 「ウィンザーの陽気な女房たち」彩の国さいたま芸術劇場小ホール(2001年)
- 「ハッピー・バースディ」アートスフィア(2003年)
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
- 「NO RETURN」(1981年、ビクター音楽産業)
- 作詞:八神純子、阿里そのみ/作曲:八神純子
- 「わたしの気分はサングリア」(1982年、ビクター音楽産業)
- 作詞:安井かずみ/作曲:加藤和彦
- 「黒髪メイド・イン・LOVE」(1982年12月11日、ビクター音楽産業)
- 作詞:橋本淳/作曲:筒美京平
- 「だからDESIRE」(1987年、phonogram/sixty)
[編集] アルバム
- 「Mellow」(1981年12月21日、ビクター音楽産業)
- 「私の気分はサングリア」(1982年9月21日、ビクター音楽産業)
- 収録曲「ハート哀しく」「今夜はふたり」の作詞、「マリコ」の作詞作曲もしている。
- 2008年3月、ブリッジ[2]からリマスタリングでのCD発売。
- 「美子」(1983年5月21日、ビクター音楽産業)
- 2008年6月、ブリッジ[3]からリマスタリングでのCD発売。
[編集] ベストアルバム
- 「黒髪メイド・イン・LOVE」(1983年3月21日、ビクター音楽産業)
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月4日 (水) 11:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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