宮川大助・花子

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 宮川大助・花子
メンバー 宮川大助・宮川花子
結成年 1979年
事務所 吉本興業
活動時期 1979年 - 現在
師匠 宮川左近宮川左近ショウ)、チャンバラトリオ
公式サイト 鳥取県郷土人物文献データベース--みやがわだいすけ
  

宮川大助・花子(みやがわだいすけ・はなこ)は、日本の漫才コンビ。所属事務所は吉本興業

2人は夫婦で、いわゆるしゃべくり漫才を得意とするベテランコンビである。なんばグランド花月(NGK)の舞台に出演している。

目次

[編集] メンバー

漫才ではかかあ天下であるが、実生活では亭主関白であるとされる。2006年、結婚30周年(真珠婚式)を迎えた。一人娘はさゆみ・ひかりのさゆみ(松下紗弓)。弟子は朝日放送クイズ!紳助くん』で活躍する沖縄県出身の芸人宮川たま子。

[編集] 芸歴

以前は、大助は宮川小助(松竹芸能所属、現在宮川青丸)と「大助・小助」というコンビを組んで活動していたが、後にコンビは解散し、一時芸人を廃業していた。一方、花子は真琴の名で誠(現在中田はっさく)と「新鮮組」というコンビを組んで活動していたが、コンビは1年ほどで解散した。1979年、大助が妻である花子を誘って「宮川大助・花子」を結成。当初は大助がよく喋り、花子がそれに相槌を打つ役割であったが、周囲の勧めもあって現在の花子がよく喋り、それに対して大助が相槌を打つスタイルに変更して評判になった。その後、上方漫才の賞をいくつも獲得し(後述)、現在の地位を確立した。

しかし、1988年頃から花子が体調を崩し、活動を一時休業することもあった。後に胃癌であったことが発表された。その頃は実生活でも絶望した花子が荒れるなどして夫婦関係の危機もあったらしいが、病気とともに夫婦の危機も克服。以後は漫才のスタイルも多少変化し、花子が大助を一方的になじるような形から、花子が大助の人柄を観客に自慢するようなオノロケも見られるようになった。後に『愛をみつけた 大助・花子のおやオヤ日記』という著書を出版。この書はNHK総合テレビドラマ新銀河』枠内にて『愛をみつけた』の題でドラマ化された。

漫才では花子が主導権を握っているが、ネタは全て大助が考え、稽古の主導権も握っている。花子はそれに従うというスタイルである。とはいえ、大助は封建的なまでに亭主関白という訳ではなく、実際の夫婦仲は良い。大助は浮気のスキャンダルが何度となく発覚しているが、公開謝罪会見を行うなどそれすらもネタにする気骨を見せている。大半の夫婦漫才コンビが離縁する中で、「大助・花子」は数少ない現役夫婦コンビとして活動し続けている。

2007年2月、大助が軽度の脳出血により入院し、加療をするために休業することが発表された。大助の療養中は、花子が1人で舞台に立っていた。大助が倒れた当初、花子は娘のさゆみに「棺桶をもう一つ用意して」と告げるなど、心中をも覚悟したと後に語っている。大助はその後の同年5月24日にNGKにて復帰した。しかし、復帰後も少し後遺症が残っているため、以前よりも舞台の回数を減らしている。彼の体調を考慮して、花子が1人で舞台に立つこともある。2人の趣味はマラソンで、大助が倒れるまではホノルルマラソンに毎回参加していた。

最近、花子は娘のさゆみと弟子のたま子と共に「宮川家の女達」というトリオで活動している。ネタは主にショートコントで、ネタの合間には「ババ、ママ、コドモ」というブリッジを交えている。ちなみに、ネタ作りには大助も関わっている。

[編集] 受賞歴

[編集] 出演

[編集] テレビ番組

[編集] 映画

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月14日 (土) 14:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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