宮田光雄 (内務官僚)

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警視総監在任中の宮田光雄

宮田 光雄(みやた みつお、1876年11月 - 1956年3月8日)は、三重県一志郡出身の政治家

[編集] 来歴・人物

村長宮田宇吉の長男として生まれる。愛知一中三高帝国大学法科大学卒(のちの東京帝国大学法学部)。

貴族院官僚として奉職するも、衆議院議員として三重県より立候補、その後は勅撰貴族院議員として活躍。原敬首相の目にとまり福島県知事として赴任。大正11年6月12日加藤友三郎内閣内閣書記官長として抜擢され、大腸癌を患う加藤友三郎首相にかわり国政を取り仕切る。

昭和2年4月20日警視総監昭和3年12月28日従三位勲一等瑞宝章受章。

大政翼賛会興亜総本部長を経て、終戦時の陸軍参謀総長梅津美治郎東京裁判での弁護人も勤める。戦後公職追放となる。

先代:
三土忠造
内閣書記官長
1922年 - 1923年
次代:
樺山資英

最終更新 2009年9月18日 (金) 06:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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