家族 (映画)

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家族(かぞく)は1970年松竹で制作、公開された山田洋次監督の映画である。長崎県の小さな島を離れ北海道の開拓村まで旅する一家の姿をドキュメンタリー風に撮った異色作。日本万国博覧会開催中の大阪や公害に悩む東京など旅の風景に高度経済成長期の日本の社会状況が浮かび上がるとともに、南北に広い日本の情景の多様さをも映し出す。キネマ旬報ベストテン一位に輝くなど山田洋次の代表作の一つとなった。いわゆる民子三部作の第一作。

目次

[編集] ストーリー


注意以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。


風見精一の一家は、故郷である長崎県伊王島から、開拓のため北海道中標津へ移住することとなった。酪農を夢見ていた精一の決断によるものであった。妻の民子の反対により、当初は、精一が単身で移住することになっていたが、精一の固い意思のまえに民子が翻意し、結局子供2人を含む家族で移住することになったのである。

同居していた精一の父源蔵については、高齢であることから、広島県福山市に住む次男夫婦の家に移ることになっていた。一家は、桜が咲き始める4月はじめ、伊王島の家を引き払い、父親のため、まず福山に向かった。しかし、ここで、次男夫婦が必ずしも父親を歓迎していないことが明らかになり、結局、民子の発案により、父親も一緒に北海道へ移住することになった。

こうして一家5人の列車を乗り継ぐ北海道への旅が始まった。一家は、大阪で日本万国博覧会を見物したのち、新幹線によりその日のうちに東京に到着した。しかし、乗り継ぎのため宿泊した旅館で、赤ん坊である長女がひきつけを起こし、治療が遅れたためそのまま亡くなってしまう。だが、一家は北海道へ急ぐため、火葬を取り急ぎ済まし、気持ちの整理ができぬまま、東北本線青函連絡船をへて、北海道を東上する。

やっとの思いで、まだ雪深い夜の中標津にたどり着いた頃には、一家は疲れ果てていた。次晩、一家は地元の人々から歓待をうけ、上機嫌の父源蔵は炭坑節を歌い、一家はようやく落ち着くかのようにみえた。しかし、源蔵は歓迎会の晩、布団に入ったまま息を引き取ってしまう。家族2人を失い、後悔と悲嘆にくれる精一を、民子は「やがてここにも春が来て、一面の花が咲く」と慰め、励ます。中標津の大地には二つの十字架がたった。6月、中標津にも春がき、一家にとって初めての牛が生まれた。そして民子の胎内にも新しい命が宿っていた。

[編集] スタッフ

  • 制作:三嶋与四治
  • 脚本:山田洋次、宮崎晃
  • 撮影:高羽哲夫
  • 美術:佐藤公信
  • 音楽:佐藤勝

[編集] キャスト

[編集] 関連項目

最終更新 2009年10月10日 (土) 00:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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