寛容

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寛容(かんよう、英:toleration)とは、自分と異なる意見を持つ人々に対して一定の理解を示し、たとえ相手が誤っているとしても、暴力や威嚇によってではなく議論によって説得を行おうとする態度である。

目次

[編集] キリスト教と寛容

[編集] トマス・モアの寛容論

トマス・モアは著書『ユートピア』の中で架空の国における宗教的な寛容を描き出した。彼が想定したユートピアという国では、多くの宗教が併存しているけれども、そこの住人は世界の創造者たる唯一神ミスラを信仰しているという点で一致している[1]。彼らはこのような宗教的多様性の中で、他の宗教を侵害しないという掟を守っている[2]。そして、この地の王ユートプスも、宗教の自由と諸宗派の平和的共存を命じている[3]。これは、ユートプス王自身が、かつてのこの地の宗教的な混乱に乗じて征服に成功したからであった[4]。このようなトマス・モアの宗教的寛容は、平和的な説諭による改宗を勧め、異端に対する武力的な抑圧を非難したものである[5]。他方で、トマス・モアは、無神論および唯物論については、彼らを公職から遠ざけるべきこと、また宗教的な儀式は自宅で(すなわち私的に)行うべきことを説いている[6]

[編集] ジョン・ロックの寛容論

ジョン・ロックの寛容論の主眼は、聖俗を分離させること、とりわけ為政者が信仰の問題に干渉しないようにさせることであった[7]。彼の後年の作品『寛容についての書簡』A letter concerning toleration. (1685)では、主に3つの原理が掲げられている[8]。第一に、キリスト教会および信徒は、人類愛の見地から、他人を迫害する権利を持たない[9]

いかなる私人も、教会や宗教の違いを理由として、他人の社会的権利の享有をそこなう権利を持ってはおりません。…(中略)…いや、われわれはたんなる正義という狭い限度に満足することなく、慈愛、博愛、寛大がそれに加えられねばなりません。---ジョン・ロック『寛容についての書簡』[10]

第二に、人の認識範囲は狭く、また誤り易いので、自分の宗教的な意見が正しく、他人のそれが誤っているということについて、確実な知識を持てない[11]

確かに、国王は他の人々よりも権力という点では生まれながらに上位にあります。しかし、自然においては平等です。支配の権利も支配の技術も、それ以外のことがらの確実な知識を伴うものとは限りませんし、ましてや真の宗教の知識を伴うものではさらさらないのです。---ジョン・ロック『寛容についての書簡』[12]

第三に、暴力という強制によって人々を救済することはできない[13]

さらにまた、これら二つの意見を異にする教会のいずれかが正しいことが明らかであったとしても、だからと言って、その正しいほうが他方の教会を破壊する権利が生じることはないでしょう。なぜなら、教会は世俗のことがらに関してはいかなる支配権をも持つものではなく、人々の心に誤りを納得させ、真理を教えるのに、火や剣は決して適切な道具ではないからです。---ジョン・ロック『寛容についての書簡』[14]

このようなロックの寛容論の通奏低音は、可謬的な人間という人間像である[15]

[編集] ヴォルテールの寛容論

ロックからほぼ半世紀後のフランスの思想家であるヴォルテールも、自身の寛容論を人間の誤り易さによって基礎付けている。

寛容とは何であるか。それは人類の持ち分である。われわれはすべて弱さと過ちからつくりあげられているのだ。われわれの愚行をたがいに許しあおう、これが自然の第一の掟である[16]。…(中略)…われわれがたがいに赦しあるべきことのほうがいっそう明らかである。なぜならば、われわれはみな脆弱で無定見であり、不安定と誤謬に陥りやすいからである[17]。---ヴォルテール『哲学辞典』「寛容」の項目

このようなヴォルテールの寛容論は、新教徒冤罪で処刑されるというカラス事件の再審請求運動を経て、「恥知らずを粉砕せよ」というモットーの下で、ある種の不寛容さを含む正義論へと発展していった[18]。そこに現れているのは、「不確実はほとんど人間の宿命である」にもかかわらず「いずれかに立場を決めねばならず、それも場あたりであってはならない」という綱渡り的な実践的思考である[19]

[編集] 脚注

  1. ^ 井上公正『ジョン・ロックとその先駆者たちーイギリス寛容論研究序説ー』お茶の水書房、1978年、p.33-34.
  2. ^ 井上公正『ジョン・ロックとその先駆者たちーイギリス寛容論研究序説ー』お茶の水書房、1978年、p.34.
  3. ^ 井上公正『ジョン・ロックとその先駆者たちーイギリス寛容論研究序説ー』お茶の水書房、1978年、p.35.
  4. ^ 井上公正『ジョン・ロックとその先駆者たちーイギリス寛容論研究序説ー』お茶の水書房、1978年、p.34-35.
  5. ^ 井上公正『ジョン・ロックとその先駆者たちーイギリス寛容論研究序説ー』お茶の水書房、1978年、p.36.
  6. ^ 井上公正『ジョン・ロックとその先駆者たちーイギリス寛容論研究序説ー』お茶の水書房、1978年、p.38-39.
  7. ^ 井上公正『ジョン・ロックとその先駆者たちーイギリス寛容論研究序説ー』お茶の水書房、1978年、p.246.
  8. ^ 井上公正『ジョン・ロックとその先駆者たちーイギリス寛容論研究序説ー』お茶の水書房、1978年、p.247-250.
  9. ^ 井上公正『ジョン・ロックとその先駆者たちーイギリス寛容論研究序説ー』お茶の水書房、1978年、p.247.
  10. ^ 大槻春彦責任編集『ロック ヒューム〔第3版〕』世界の名著27、中央公論社、昭和45年、p.361.
  11. ^ 井上公正『ジョン・ロックとその先駆者たちーイギリス寛容論研究序説ー』お茶の水書房、1978年、p.248.
  12. ^ 大槻春彦責任編集『ロック ヒューム〔第3版〕』世界の名著27、中央公論社、昭和45年、p.369.
  13. ^ 井上公正『ジョン・ロックとその先駆者たちーイギリス寛容論研究序説ー』お茶の水書房、1978年、p.250.
  14. ^ 大槻春彦責任編集『ロック ヒューム〔第3版〕』世界の名著27、中央公論社、昭和45年、p.363.
  15. ^ 大槻春彦責任編集『ロック ヒューム〔第3版〕』世界の名著27、中央公論社、昭和45年、p.18-19.
  16. ^ 串田孫一責任編集『ヴォルテール ディドロ ダランベール〔第7版〕』世界の名著29、中央公論社、昭和52年、p.327.
  17. ^ 串田孫一責任編集『ヴォルテール ディドロ ダランベール〔第7版〕』世界の名著29、中央公論社、昭和52年、p.334.
  18. ^ 串田孫一責任編集『ヴォルテール ディドロ ダランベール〔第7版〕』世界の名著29、中央公論社、昭和52年、p.26-27.
  19. ^ 串田孫一責任編集『ヴォルテール ディドロ ダランベール〔第7版〕』世界の名著29、中央公論社、昭和52年、p.27.

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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最終更新 2008年12月25日 (木) 15:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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