寺院諸法度

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寺院諸法度(じいんしょはっと)は、江戸時代に、徳川幕府仏教教団に対して定めた諸法度の総称である。ただ、定まった呼称はなく、文献によっては「諸宗寺院法度(しょしゅうじいんはっと)」・「諸宗諸本山法度(しょしゅうしょほんざんはっと)」などの呼称が用いられる事もある。

儒教、とりわけ朱子学を重んじる政策をとった江戸幕府も、その一方で、寺領を安堵し、伽藍の整備をも推進していたが、それと同時に僧侶の統制をはかる目的から、各宗の僧に対して設けられたのが、寺院諸法度である。

禅宗の場合、

  1. 曹洞宗法度(1612年
  2. 勅許紫衣之法度(1613年
  3. 五山十刹諸山法度(1615年、以下同)
  4. 妙心寺法度
  5. 永平寺法度
  6. 大徳寺法度
  7. 総持寺法度

などの法度が順次、発令された。

五山十刹諸山法度においては、従来の「(鹿苑)僧録」、「蔭涼職」が廃止され、1619年、江戸に「(金地院)僧録)」が新設され、黒衣の宰相崇伝が任命された。その当初は、この新たな僧録によって禅宗全体の統制をはかったが、その統率は五山派のみにしか及ばなかった。崇伝没後の1635年寺社奉行が設けられると、寺院の管掌は寺社奉行が取り仕切ることとなり、僧録の権限は更に縮小されることとなった。基本的には、五山派の触頭を職掌とすることとなる。

また、幕府は、僧侶を統制するために寺院諸法度を設けると共に、「寺請制度」や「本末制度」を整備することで、仏教に対する積極的な統制をはかった。

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最終更新 2009年11月7日 (土) 19:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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