寿産院事件

寿産院事件の最新ニュースをまとめて検索!

早稲田警察署から護送される被疑者

寿産院事件(ことぶきさんいんじけん)とは1944年4月から1948年1月にかけて東京都新宿区で起こった嬰児の大量連続殺人事件。被害者の数は103人というのが有力だが、正確な数は判明しておらず、推定被害人数は85人から169人の間とされる。

目次

[編集] 概要

第二次世界大戦後のベビーブームのおり、大量の嬰児が寿産院に預けられていたが、同院では嬰児に対しする虐待が常態となっており、また、凍死、餓死、窒息死などさまざまな死因で嬰児は亡くなっていた。

同院は嬰児を殺しながら、養育費や配給品として、親や政府から金銭と貴重品を得ていた。

[編集] 発覚

1948年1月12日、偶然パトロールしていた警官2人が夜中にみかん箱を運ぶ葬儀屋に対し事情聴取を試み、その中に嬰児の死体が入っていることを確認した。1月15日、主犯とその夫が殺人容疑で逮捕された[1]。葬儀屋は釈放されたが、夫婦と助手の3人は起訴され、診断書を偽装していた医師もまた起訴された。

死亡届を簡単に受理していた新宿区役所の態度にも疑問が示されたが、当時の新宿区区長や当該課長は「書類を見て判断した」とコメントした。

[編集] 顛末

東京地方裁判所では、主犯女性に懲役8年、夫に懲役4年、助手は無罪、医師は禁固4年の判決。1952年4月、東京高等裁判所は、主犯女性に懲役4年、夫には懲役2年の判決を下した。

この事件について当時は子供の出生から判断され、「殺されても仕方がなかった」と主張されていたが、この反応について評論家の宮本百合子は、「正当な子供、正当でない子供というのは子供にとってどんな区別があることでしょう」と述べていた[2]

[編集] 出典

  1. ^ 『占領から講和へ』第5巻、高原富保編、毎日新聞社〈一億人の昭和史〉(原著1975-11-01)、初版、p. 88。2009-09-27閲覧。
  2. ^ 宮本百合子 『“生れた権利”をうばうな--寿産院事件について--』第30巻、新日本出版社〈宮本百合子全集〉(原著1986-03-20)、初版。2009-09-25閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月28日 (水) 15:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【寿産院事件】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!