射幸心
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射幸心(しゃこうしん 本来の表記は射倖心[1])とは、人間の心理として幸運を得ることを願う気持ち。
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[編集] 概要
- 射幸心の言葉としての成り立ち
- 射倖心は運分天分に支配される部分がある。つまりある程度の確率による変動を伴う事柄において、良い結果が得られた時の高揚感を表す言葉である。倖の意味は「努力を必要としない」言うなれば、予期せずに訪れた幸せという意味である。幸せとは元々は大和言葉として「サチ」であり、その古語としての意味は「弓矢や釣竿釣針」の事を言った。狩(かり)も漁(いさり)も偶然性によってその成果が左右され、それらの柄物(武具と道具を兼ねるもの)によって得た得物(えもの・釣果、猟果)が日々の幸せを約束したからである。現在もその名残として魚や獣肉などを「海の幸・山の幸」という。
- 射の意味も弓矢を射ることであり、当たり外れが技量に左右されるとはいえ、確率による変動があるため、その結果に一喜一憂する。弓矢は世界でも日本でも生活に欠かせないものであった。日々の糧を得るにも、周囲との諍いが大規模になれば戦となり、その弓矢の当たり外れの一つ一つが積み重なって戦況となっていった。その結果がその後の暮らしのを、どのように左右するのかは重大であった。このようなことから射幸心という言葉が生まれ、今日においては、弓矢や当たり外れの当たりだけでなく、人生においての偶然による、禍福の良い結果が訪れた時の高揚感を表す言葉になった。
- 射幸心と心理
- 射幸心とは、幸運を得たいという心理状態では在るが、多くの場合においては「幸運によって他人よりも幸せに恵まれたい」と思い期待することである。ただし、根拠の無い自信で自分だけが幸運を得られると思い込んでいる者もおり、これらの人々は幸運を得ようと、投機や投資や賭博や期待値の低い事業に興じ、浪費する傾向も見られる。
- 射幸心に関わる人の活動を別の視点から見ると古くから人は、幸福を願うことおいて様々な儀式や占いや競技の結果の善し悪しで未来を予想したりその結果に備えたりしてきた、その中には風習や習慣やあるいは宗教儀式などの形で祭りや神事などに姿を変え継承された文化もみられる。
- 一般には古くから「幸運のお守り」などといわれるものや、「ゲン担ぎ」など幸運を呼び込むための「お呪い(おまじない)」などがある。こういった行為をしたからといって、確率論からすれば、特別に期待値が上がったりすることは在り得ないが、このような行為をするものは絶えずおり、例えば清水次郎長や森の石松の墓石を削って、その破片をお守りにするといった不届き者の話題が時勢として伝わっている。
[編集] 歴史
日本において、古神道や神道ともいわれる古来からの独自の宗教があるが、原始宗教とも言われアニミズム・シャーマニズムの両方の側面があるとされる。この自然崇拝と祈祷師による占いが大事な価値観であり、政を司ってきた(祭政一致という)。古くは卑弥呼の執政や古い神社に残る亀甲占いがそうである。神々の啓示や占いの結果で、集落や地域の一年間や未来を見通そうとしたのである。現在でも福男や福娘と呼ばれる人が、競技や抽せんの選定によって選ばれるのもその名残であり、その中でも弓矢が占いや未来を見通す力があると信じられていくようになった。
時代を経ると弓矢は狩や戦いだけでなく、年始の神職による占いとしての神事と結び付き、梓弓というもので一年の吉凶を占った。現在でも「鹿討の神事」などとしてのこっているが、その後、神職ではなく集落の代表者によって、弓矢の的当ての神事が行われるようになり、祭り矢・祭り弓という年始の神事となり、その集落の五穀豊穣や大量追福を占う祭りへと変わっていった。ただし弓矢だけでなく占いや祈願記念や賭け事は特に寺社普請として行われていた。
この祭り矢・祭り弓が江戸時代には公家の遊興であった楊弓と結び付き、的屋(まとや)が営む的矢(まとや)として楊弓場や矢場に変わっていった。的矢は常設される的場で行われるだけでなく、市や縁日などの祭礼の行事で出店としてや、懸け物(景品交換式遊技)の吹き矢や「ぶん回し」と呼ばれる的当てや輪投げになっていった。その他にも投壺とよばれる平安時代の公家のお座敷遊びであった投げ矢が、形を変え投扇興となり江戸時代に復活した投壺とともに隆盛を極めた。この時もお座敷遊び以外は、的矢をはじめその他の、富籤や賭博も庭場と呼ばれる寺社の裁量の下にある場所で行われることが多く、これらに関わる金銭の一部が、寺社普請や集落の町普請や村普請に役立たれられていた。
このうち常設される楊弓場・矢場が、如何わしい風俗[2]と結び付き大正時代まで盛んに行われ、江戸時代から大正時代まで投扇興も含め度々禁止された。これらの射的遊技や射的場が明治時代以降の景品交換式遊技場としての射的やスマートボールやパチンコや遊技場(ゲームセンター)などを管轄規制する風営法の設立の元となっていった。
現在はこのような小さな地域の自治の裁量における、賭け事や懸け物や富籤は行われておらず、都道府県や国もしくは、私企業が行っているパチンコホールに代表されるものだけになり、これらは地域の普請になんら貢献していない射幸心に関わる賭博を運営している。
[編集] 射幸心と賭け事
賭け事では、その多くが偶発的に様々な状況が発生しうる一種の乱数発生器を用いて、その発生器による未来の結果を予測する形で賭けが成立する。ルールが複雑になった賭け事では、起こりうる結果の確率が高いほど、配当を低めにし、起こりうる結果の確率が低いほど、配当を高めに設定している。投票によって配当率に変動が発生するギャンブルでも、その各々の投票者が結果の発生確率を予測して投票しているため、高配当な「起こりうる結果」ほど発生確率は低い傾向にある。
低配当でも高配当でも自分の好む結果に賭け、その予測の当たり外れが確定する過程を楽しむ訳であるが、射幸心が強すぎて正常な判断力を失っている者は、高配当を期待して無暗に低い発生確率である結果にのみ賭けることがしばしばみられる。例えば競馬では高配当となる(万馬券ともいう)期待値の低い(大穴ともいう)狙っての、一通りの勝馬投票券を買う行為(一点掛け)であるが、こういった人々の多くは「ギャンブル依存症ではないか?」との疑いもある。
ギャンブル依存症の場合、自分の支払能力を超えて賭けに参加する傾向があり、その結果として一家離散・借金・横領・破産やその他の犯罪に手を染めるなど、社会問題ともなっており、日本ではパチンコ[3]依存などの問題も発生している。カジノ運営が合法的に行われている国では、こういったギャンブル依存に過剰に融資したりすることを禁じている場合もある。
日本ではギャンブル性の高い(言い換えれば配当の格差が大きい)遊技に関しては制限されており、先に挙げたパチンコではギャンブル性を高めた遊技装置が「射幸心を煽る」として制限されているケースが見られる。パチスロ[4]についても一回の遊技で使える金額が高額になりやすいことが問題となり、出玉(この場合パチンコ玉ではなくメダル)等の規制が強化された。(詳細は5号機 (パチスロ)を参照)
[編集] まつわる事柄
- 的矢
- 的矢は弓矢や射的や弓矢の神事を表す言葉でもあるが、的を射抜いた矢を象った紋章や絵柄のことでもあり、この的矢は射幸心を表す縁起物としてもてはやされ、着物や手拭などに用いられた。
- 「やんや、やんやの大当たり」といった慣用句が古くからあり、これは的矢において祝的となった時の掛け声がもとになったものである。現在でも球技などの競技において、逆転した時には「やんややんやの「ホームラン・逆転ゴール」などの見出しが紙面等に躍ったりしている。

