小岩井農場
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座標: 北緯39度45分4.83秒 東経141度1分10.04秒 / 北緯39.7513417度 東経141.0194556度
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 略称 | 小岩井農場 |
| 本社所在地 | 〒100-0005 東京都千代田区丸の内二丁目5番2号(三菱ビル7階) |
| 電話番号 | 03-3213-2871 |
| 設立 | 1938年 |
| 業種 | 水産・農林業 食料品 サービス業 |
| 資本金 | 2億5千6百万円 |
| 従業員数 | 約250名 |
| 決算期 | 12月31日 |
| 主要株主 | 東山農事株式会社 三菱地所株式会社 三菱商事株式会社 |
| 外部リンク | http://www.koiwai.co.jp/ |
小岩井農場(こいわいのうじょう)は、岩手県にある日本最大の民間総合農場である。
盛岡市から西北約12kmに位置し、岩手山南麓に約3,000ヘクタール(900万坪)の広大な敷地面積を誇り、その敷地の3分の2が雫石町に属し、残り3分の1は滝沢村に属する。
目次 |
[編集] 歴史
1890年(明治23年)11月1日に日本鉄道が東北本線を盛岡駅まで延伸開業した翌年の1891年(明治24年)、日本鉄道会社副社長の小野義眞(おのぎしん)、三菱社社長の岩崎彌之助、鉄道庁長官の井上勝の三名が共同創始者となり、三名の姓の頭文字を採り「小岩井」農場と名付けられた。
当時のこの地域一帯は、岩手山からの火山灰が堆積し冷たい吹き降ろしの西風が吹く不毛の原野で、極度に痩せた酸性土壌であったという。そのために、土壌改良や防風・防雪林の植林などの基盤整備に数十年を要した。
1899年(明治32年)に三菱のオーナー一族・岩崎家の所有となる。戦前は育馬事業も行われており、三冠馬・セントライトなど数々の名競走馬を輩出したが、GHQの勧告により1949年(昭和24年)に競走馬の生産から撤退を余儀なくされた。この後、後述の種鶏事業が1962年(昭和37年)より始められている。
1938年(昭和13年)より、小岩井農牧株式会社として事業活動を行っており、現在、酪農・種鶏・たまご・山林・環境緑化・技術研究・観光・農場商品販売等の事業を行っている。
同場は、岩手県の代表的観光地として知られ、「小岩井農場まきば園」等の施設が一般に開放されている。毎年2月上旬には、このまきば園を会場として、40年の歴史を誇る『いわて雪まつり』が開催される。まきば園内では観光向けにトロ馬車馬車鉄道が運行されている。この馬車鉄道は、1904年(明治37年)から1958年(昭和33年)までの間小岩井駅から農場内の各事業所を結び、現在のまきば園近くの「上丸牛舎」まで運行されていたものである。このほか、まきば園内には冬季を除いて宿泊可能なSLホテルもあったが、2008年11月3日で休館となった。日本では最も長く営業を行ったSLホテルである。
また、同場の乳牛(ホルスタイン)の飼育数は約2,000頭であり、生産される生乳は、すべて小岩井農場内にある小岩井乳業工場にて牛乳等に商品化されている。
乳業事業を行っている小岩井乳業株式会社は1976年(昭和51年)に分離・独立し、キリングループの一員となっているが、現在も小岩井農牧と小岩井乳業の連携の下で乳製品の生産活動が行わている。なお、前述のまきば園近くにある同社の小岩井工場は、冬期間以外は無料で見学することが可能であり、小岩井製品が購入できる売店を併設している。
[編集] その他
- 宮沢賢治は農場とその周辺の景観を愛好し、しばしば散策した。中でも1922年(大正11年)5月の散策は、詩集『春と修羅』に収録された長詩「小岩井農場」のもとになった。この詩の中には当時の農場の様子(飼育されていたハクニー馬や倉庫など)も描写されている。
- タレントの田中義剛は、自身の農場(花畑牧場)を持つに当たって「小岩井農場のような大きな農場にしたい」と語っていた。
- 現在の日本の法律では、農業生産法人以外の株式会社が農地を所有して農業を営むことを禁止している。小岩井農場は農業生産法人ではないが、前述の規定のある農地法が制定された1952年(昭和27年)より前から農業経営を行っていたことから、農地所有が特例として許可されている。
- まきば園は通常入場料を徴収するが、冬季(11月中旬からゴールデンウィーク直前まで)は入場無料となる。このため、この期間に実施される「いわて雪まつり」も入場無料となっておる。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月2日 (月) 15:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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