小幡小平次

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葛飾北斎画『百物語 こはだ小平二』

小幡 小平次小幡 小平二(こはだ こへいじ)は、山東京伝の『復讐奇談安積沼』や鶴屋南北の『彩入御伽草』などの江戸時代怪談話に登場する架空歌舞伎役者幽霊役で名をあげた後に殺害され、自分を殺した者のもとへ幽霊となって舞い戻ったとされる[1][2]

[編集] 概要

小平次は2代目・市川團十郎の時代の江戸の役者であったが、技芸が未熟なためになかなか役がつかなかった。小平次の師匠は彼を哀れんで金を握らせ、賄賂を使ってどうにか役を得るようにと言った[2]

ようやく小平次が得たのは、顔が幽霊に似ているとの理由で幽霊役だった。彼はこれを役者人生最後の機会と思い、死人の顔を研究するなどして役作りに努めた。苦労の甲斐あって小平次の演じる幽霊は評判を呼び、ほかの役はともかく幽霊役だけはうまいとして「幽霊小平次」と渾名された[2]

小平次にはお塚という妻がいたが、お塚は実は鼓打ちの安達左九郎という男と密通していた。奥州安積郡(現・福島県)への旅公演に出向いた小平次は左九郎から釣りに誘われ、愚鈍な性格のために誘われるがままに一緒に安積沼へ行き、沼に突き落とされて命を落とした[1][2]

左九郎は、これで邪魔者が消えたと喜んで江戸のお塚のもとへ行くと、なんと自分が殺したはずの小平次がそこにおり、床に臥せっていた。驚く左九郎のもとに、その後も次々に怪異が起きた。左九郎はこれを小平次の亡霊の仕業だと恐れ、ついには発狂して死んでしまい、お塚もまた非業の死を遂げた。小平次は死んだ後に幽霊となって江戸へ舞い戻り、幽霊の演技に長けていたために死者と気づかれなかった[1][2]

文政時代の随筆『海録』では、この小幡小平次は実在の旅芝居役者・こはだ小平次がモデルとされる。実在の小平次は芝居が不振だったことが原因で自殺したと伝えられる。彼には妻がいたが、妻を悲しませないため友人に頼んで死を隠しており、不審に思った妻に友人が真実を明かそうとしたところ、怪異が起きたと言われる。創作の小幡小平次の芝居の上演にあたっても、役者たちの間では実在の小平次の話をすると彼の祟りで必ず怪事が起こるなどという、不気味な噂が流れていた[1][3]

また創作と同じく、実在の小平次も妻と密通していた市川家三郎という男の手により、下総国(現・千葉県)で印旛沼に沈められて殺されたという説もある。山東京伝はこの説に基き、小平次が沼で水死させられるという創作話を書いたともいわれる[3]

[編集] 脚注

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  1. ^ 京極夏彦多田克己・久保田一洋編 『北斎妖怪百景』 国書刊行会、2004年、57頁。ISBN 978-4-336-04636-9
  2. ^ 日本博学倶楽部 『お江戸の「都市伝説」』 PHP研究所〈PHP文庫〉、2008年、234-235頁。ISBN 978-4-569-66995-3
  3. ^ 京極夏彦・多田克己編著 『妖怪画本 狂歌百物語』 国書刊行会、2008年、300-301頁。ISBN 978-4-3360-5055-7

最終更新 2009年9月30日 (水) 23:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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