小林公平
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小林 公平(こばやし こうへい、1928年2月24日- )は、日本の実業家、作詞家。宝塚音楽学校校長、阪急電鉄名誉顧問・元社長・会長。作詞家としてのペンネームは「公文健」。
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[編集] 来歴・人物
山梨県出身。1945年10月海軍兵学校75期卒業後、1950年に慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)を経て阪急電鉄へ入社。社長、会長、相談役を務めた。その他、阪急ブレーブスのオーナーを1969年から1988年の球団売却まで20年間務めたほか、関西テレビ放送会長などを務めた。2002年勲一等瑞宝章受章。
元々は三菱グループと親密な三村家の出である。阪急阪神東宝グループ創立者である小林一三の三男・米三(元阪急電鉄社長)には子供がいなかったため、一三の二男・辰造から長女・喜美を養女とした。公平はその喜美と結婚し、小林家の婿養子となった。
阪急ブレーブスは、1988年10月19日に、オリックスに譲渡を発表したが、その時、阪急としてプロ野球チームを持つ「使命を終えた」とコメントしたことは有名である反面、宝塚歌劇に対しては精力的な活動を続けており、ペンネームの公文健名義で作詞するなど公演スタッフとしても活動している。公文健名義での活動は宝塚歌劇に限らず、1988年にリリースされた河合奈保子のシングル曲『Harbour Light Memories』の作詞も担当した。この曲は当時阪急が経営していた神戸ポートピアランドのTVCM曲で使用された。
2007年6月現在、東宝取締役、宝塚音楽学校校長、千里国際学園理事をそれぞれ務めている。なお、長男の小林公一は、阪急阪神ホールディングス取締役および宝塚歌劇団の理事長を務める。
[編集] その他役職
- 財団法人大阪コミュニティ財団顧問
- 財団法人千里国際情報事業財団理事
- 財団法人国際文化交換協会評議員
- 財団法人阪急学園理事長
- 財団法人太平洋人材交流センター評議員
- 大阪商工会議所常議員
- 歴史街道推進協議会相談役
- 財団法人日本生命財団理事
- 財団法人循環器病研究振興財団理事
- 財団法人いけだ市民文化振興財団顧問
- 財団法人日本室内楽振興財団理事
- 日本戦略研究フォーラム顧問
- 財団法人東洋食品研究所理事
- 財団法人日本二分脊椎・水頭症研究振興財団理事
- 財団法人国立京都国際会館理事
- 財団法人東電記念科学技術研究所評議員
- 財団法人日本ファッション協会評議員
- 財団法人ローランド芸術文化振興財団理事
- 財団法人近畿警察官友の会理事
- 大阪防衛協会会長
[編集] 阪急ブレーブス譲渡
- 「球団創立50年を迎えて、球団を持つ使命を終えました。丁度オリエント・リースから球団譲渡の申し入れがあり、今後のブレーブスのために望ましいと判断して了承しました。」
譲渡の条件は、
の三つであった。
[編集] 関連項目
- リダイレクト「公文健」に関するカテゴリ。
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月1日 (日) 20:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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