小林稔 (調教師)

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小林稔(こばやし みのる、1926年3月10日 - 2009年1月)は、国営競馬並びに日本中央競馬会 (JRA)の元騎手中京競馬場栗東トレーニングセンターに所属していた元調教師

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[編集] 略歴

兵庫県出身(出生は東京都)、1942年に父・小林三雄三厩舎の騎手見習となり、1944年騎手となる。

1951年菊花賞1952年天皇賞・秋をトラツクオーで制覇している。中京競馬場で行われた最初の競走の勝利騎手になっている。

その後1964年に調教師試験に合格。翌1965年中京競馬場所属として厩舎開業、1968年に栗東トレーニングセンター完成により移転。中京で開催されたレースでは特に執念を燃やし、特に第1回高松宮杯(中京大賞典を改称した。現在の高松宮記念)は必勝を期して厩舎の看板馬2頭出しを行ない、見事シュンサクオーで勝利した。

1992年ダイヤモンドステークスでは、ミスターシクレノン・アローガンテ・ロングシンホニーの所属馬3頭で1・2・3着を独占し、現在のJRA重賞競走では極めて困難といえる大記録を達成した。

1996年6月1日藤田伸二を乗せたフサイチコンコルド東京優駿競走を制覇した。

定年のため1999年2月末を以って調教師を引退、その後は園田競馬場所属の競走馬を数頭保有している馬主となっていたが、2009年1月末に亡くなっていたことが同年2月19日付け大阪スポーツの蜂谷薫のコラム「早耳マイク」で明らかになった。その死は故人の「家族だけで静かに見送ってくれればいい」という希望で、競馬サークル内にもほとんど伝わっていなかった。

[編集] 成績

[編集] 騎手成績

  • 713戦95勝(中央競馬となった1954年以降の記録)

[編集] 調教師成績

  • JRA通算 5525戦899勝、地方競馬通算 8戦0勝
  • 最多勝利調教師賞 4回

[編集] 主な弟子

[編集] 主な管理馬

最終更新 2009年11月3日 (火) 23:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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