小沢昭一

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おざわ しょういち
小沢 昭一
本名 小澤 昭一
生年月日 1929年4月6日(80歳)
出生地 日本東京府東京市下谷根岸
(現:東京都台東区
民族 日本人
職業 俳優俳人
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1954年 -
文学
File:Lit.jpg
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小沢 昭一(おざわ しょういち、本名:小澤 昭一(読み同じ)、1929年4月6日 - )は日本の俳優俳人、エッセイスト、芸能研究者。俳号は小沢変哲。劇団「しゃぼん玉座」主宰。

目次

[編集] 来歴・人物

東京市下谷根岸に生まれ、4歳のときに蒲田に移り住む。実家は写真館をいとなんでいた。当時の蒲田は、松竹映画の撮影所があるモダンな街で、また寄席もあり、その独特の雰囲気がのちの小沢の後の活動に影響を与えた。

旧制麻布中学を経て海軍兵学校第78期生として1945年4月に入校(第703分隊)するが、終戦の為に退校。早稲田大学文学部仏文科卒。

麻布中学時代から、演芸評論家・作家である正岡容の知遇を得て弟子になる。桂米朝大西信行加藤武らとは正岡門下の兄弟弟子の関係。麻布中学時代には、大西信行、加藤武らと演劇部を立ち上げた。また、フランキー堺仲谷昇とも同級だった。大学在学中にはやはり、大西信行加藤武らと共に、日本で初めての学校での落語研究会(厳密には、名称は「寄席文化研究会」としたかったが、大学に認めてもらえず「庶民文化研究会」とした)を創設する。

1949年、大学在学中に俳優座付属俳優養成所の二期生となり、千田是也に師事する。卒業後、俳優座公演で初舞台をふむ。1960年には演出家の早野寿郎と「劇団俳優小劇場」を結成。1966年に新劇寄席『とら』で芸術祭奨励賞を受賞した(俳優小劇場はのち、1971年に解散)。

以降、舞台、ラジオ、映画、テレビなどで芸能活動を行う。

映画俳優としては、早稲田の同窓である今村昌平の紹介で、1954年に映画デビュー。今村が、日活に移籍したのをきっかけに自身も日活と専属契約をした。ここで、小沢の心酔することになる川島雄三と出会う。

川島の『愛のお荷物』、『洲崎パラダイス・赤信号』、そして『幕末太陽傳』で、わき役ながらその存在感を示した。その後、今村の『エロ事師たちより・人類学入門』で主役を務め、1966年「キネマ旬報」の主演俳優賞など多数の賞を獲得した。 しかしながら、小沢は川島雄三に傾倒するところがあり、日本経済新聞に掲載された『焼け跡派のこころ』(2004年連載)では、川島監督に演技開眼してもらったと述べている なお、プログラム・ピクチャーにも多数出演しているが、怪しいなまりの言葉を話す「中国人役」などが多かった。個性派のバイプレイヤーとして、200本以上の映画に出演している。

1973年には、現在も続く人気番組、TBSラジオの『小沢昭一の小沢昭一的こころ』を放送開始。

また、1969年、不惑の年に、それまで新劇を基点とした活動に限界を感じ、またもともと落語好きだったこともあり、「芸能の原点」を求めて日本の伝統的な芸能に憧れを抱き、著書『私は河原乞食・考』を刊行。また、この年から、早稲田大学演劇科の大学院に特別入学して、郡司正勝教授のもとに5年間通い、芸能史の研究を行った。

その流れで、放浪芸の収集、発掘に深い関心を寄せ、記録、保存、著述を行うようになる。1971年には全国を廻って収集した音源を元に制作したレコード『日本の放浪芸』LP7枚組を発売し、1971年度の第13回日本レコード大賞企画賞を受賞。続編の『又・日本の放浪芸』は、1974年度の芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。以降も、次々と続編を制作する。

また他にも、古くからの芸能の研究活動のため、1975年から研究誌「季刊藝能東西」を創刊・編集。またその雑誌を刊行する出版社「あたらしい芸能研究室」も創立。「藝能東西」以外にも、芸能関係の書籍を刊行し、2001年まで出版社として活動した(現在は「しゃぼん玉座」の付属機関として小沢関係のCD等を企画)。また、小沢自身も、伝統芸能や、ストリップなどの猥雑な芸能を、取材・研究した本を、刊行し続けることになる。

また、その「芸能史研究の実践活動」として、1975年から1980年まで劇団「芸能座」を主宰。1982年には「俳優が小沢一人」の劇団「しゃぼん玉座」を創設し、現在も活動を行っている。「引退興行」と称して『唐来参和』(井上ひさし原作)の一人芝居を各地で、1982年から18年間続け、公演660回を数えた。

他に野坂昭如永六輔と「中年御三家」を結成し、1974年の武道館でのコンサートはビートルズ以来と言われるほど盛況であった(2003年に「帰ってきた中年御三家」コンサートをNHKホールで行ったが、野坂は病気のため不参加)。

小沢はまた、俳人でもあり、「小沢変哲」という俳号を持っている。1969年入船亭扇橋を宗匠にして、永六輔江國滋酔郎らと共に「やなぎ句会」を発足。句集など俳句関連の出版物もある。

実家であった写真館の建物が収蔵されていることから、博物館明治村村長も務めている。

1994年紫綬褒章、1999年に坪内逍遥大賞、2001年に勲四等旭日小綬章及び徳川夢声市民賞、2003年東京都功労者。2004年に早稲田大学芸術功労者。元放送大学客員教授

[編集] 出演している番組

[編集] 著作等

詳細な一覧は「小沢昭一の著作等一覧」参照。

[編集] 主な著作

  • 季刊藝能東西(小沢昭一編集、1975年 - 1977年)
  • 私は河原乞食・考(1969年) 
  • 陰学探険(1972年、永六輔と共著)
  • 私のための芸能野史(1973年)
  • 珍奇絶倫 小沢大写真館(1974年)
  • 日本の放浪芸(1974年)
  • 小沢昭一的こころ(1974年 - ) - シリーズ化
  • 雑談にっぽん色里誌(1978年)
  • ドキュメント綾さん(1978年)
  • 芸双書(1981年 - 1982年) - 南博ほかと共著
  • 美人諸国ばなし(1986年)
  • ものがたり芸能と社会(1998年) - 1989年の放送大学講義が基。新潮学芸賞を受賞。
  • 友あり駄句あり三十年―恥多き男づきあい春重ね(1999年) - 東京やなぎ句会、編集

[編集] 歌謡

[編集] 放浪芸関連

  • ドキュメント~日本の放浪芸 - LPレコード7枚組。『日本の放浪芸』としてCD化されている。
  • 又「日本の放浪芸」 - LPレコード5枚組。CD化されている。
  • また又「日本の放浪芸」 - LPレコード6枚組。CD化されている。
  • まいど「日本の放浪芸」 - LPレコード4枚組。CD化されている。
  • 小沢昭一の新・日本の放浪芸(1984年) - ビデオ。『小沢昭一の「新日本の放浪芸」~訪ねて韓国・インドまで~』としてDVD化されている。
  • 日本の放浪芸 - 番町書房(1974年)
  • 放浪芸雑録(1996年2月) - 白水社
  • 大系 日本歴史と芸能―音と映像と文字による(1990年 - 1991年) - ビデオブック全12巻、網野善彦、小沢昭一、宮田登大隅和雄服部幸雄山路興造監修、平凡社

[編集] 研究本

  • 小沢昭一の世界(1983年9月) - 白水社

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月1日 (日) 14:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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