小田原評定

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小田原評定おだわらひょうじょう)は戦国大名後北条家の重臣会議のこと。月2回開かれ、諸事を決した。

当時には独創的な制度であり、五代にわたって家臣・国人の裏切りが皆無に近い後北条家の強さの裏付けと考えられている。しかし、その中でも有名なのは小田原合戦の時の戦術を巡る論争である。老臣松田憲秀籠城を主張したのに対し、北条氏康の四男である北条氏邦は箱根に出撃する野戦を主張して意見が分かれた。小田原城は過去に武田信玄上杉謙信などを籠城戦で退けたという前例があったため、籠城と決した。結果としてこれが裏目に出る。

[編集] 諺としての小田原評定

上記の小田原合戦時の故事から、小田原評定という言葉は「いつになっても決まらない会議や相談」という意味のとして使われる。

同様の状況をあらわす言い回しに「会議は踊る、されど進まず」(Der Kongress tanzt, aber er geht nicht weiter)があるが、これはウィーン会議にちなんだものである。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月21日 (土) 22:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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