小笠原長常

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小笠原 長常(おがさわら ながつね、生没年不詳)は、江戸幕府旗本。小笠原長坦の子。通称・織部、長門守、筑後守。軽謳と号した。

天保14年(1843年)中奥小姓嘉永6年(1853年甲府勤番を経て、安政4年(1857年浦賀奉行に就任する。安政5年(1858年京都町奉行となって安政の大獄に大きく貢献。万延元年(1860年大目付文久元年(1861年勘定奉行、文久2年(1862年)北町奉行と重職を歴任し、新設された政事改革御用掛にも抜擢される。しかし同年、安政の大獄での活動を咎められて書院番頭に左遷。さらに間もなく免職、隠居処分となった。

慶応元年(1865年)再び登用されて神奈川奉行に復帰。慶応2年(1866年)陸軍奉行並、海軍奉行並となるも、間もなく免職した。

最終更新 2008年12月8日 (月) 18:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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