小門洋一
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| 小門 洋一 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| カタカナ | コカド ヨウイチ | |
| ラテン文字 | KOKADO Yoichi | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1961年8月19日(48歳) | |
| 出身地 | 日本 | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | FW | |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
小門 洋一(こかど よういち。1961年8月19日 - )は日本の競輪選手。元サッカー選手。日本競輪学校第49期卒業。日本競輪選手会神奈川支部所属。師匠は伯父の小門道夫。現在のホームバンクは平塚競輪場(元は小田原競輪場)。初出走は1982年4月30日の花月園競輪場で初勝利は翌日の同場。
目次 |
[編集] 略歴
[編集] サッカー選手として
帝京高等学校サッカー部出身で、高校3年(1979年)の時には現サッカー解説者の川添孝一、元サッカー日本代表の名取篤らと共にFWとして全国高等学校サッカー選手権大会で優勝を経験。ちなみに小門の控えFWだったのがとんねるずの木梨憲武である。
この実績から日本リーグのチームなどから多くの勧誘を受けたものの、伯父で後に師匠となる小門道夫が競輪選手だったこともあり、サッカーは高校で見切りをつけ、卒業後は競輪界入りすることを既に高校生の時から決意していた。
しかし46・47期を受験するも、いずれも学科試験にて不合格となり、3度目の受験となる49期に合格(1981年入学)を果たした。高校サッカーの優勝経験選手が競輪界入りするということで、全国高校サッカー選手権大会を製作・放映する日本テレビが小門に興味を持ち、自身のスポーツ情報番組である独占!!スポーツ情報において、小門が競輪学校に入学してからデビューするまでの足跡を取材し続けた。
[編集] 競輪選手として
1982年のデビュー直後から順調に実績を積み上げ、2年目となる翌1983年のオールスター競輪で特別競輪初出場を果たし、1984年には競輪祭新人王戦で優勝を果たす。
競輪選手としての最盛期といえる時期は1986年から1987年にかけてであり、この2年間において、特別競輪決勝戦では2着2回、3着2回を記録。1987年には獲得賞金上位により地元で開催されたKEIRINグランプリにも出場したが、これを境に特別競輪での決勝進出は果たしていない。
しかしとんねるずとの縁もあったことから、その後もテレビ番組のバラエティ企画に度々登場しており、中野浩一と違った形で競輪選手がテレビへ出演することに貢献した面がある。また小門の競輪選手としての活躍を見た後輩の帝京高サッカー部員が卒業時に競輪選手を志し小門の元に集まったことから、小門の練習グループには競輪界では珍しいサッカー経験者が数名存在する。
[編集] 主な獲得タイトル
[編集] 関連項目
最終更新 2009年8月10日 (月) 11:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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