尾崎豊
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| 尾崎豊 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 尾崎豊 |
| 出生 | 1965年11月29日 |
| 血液型 | B型 |
| 学歴 | 青山学院高等部中退 |
| 出身地 | 東京都世田谷区(生家:練馬区) |
| 死没 | 1992年4月25日(満26歳没) |
| ジャンル | ロック |
| 職業 | シンガーソングライター |
| 担当楽器 | ボーカル、ギター、ピアノ |
| 活動期間 | 1983年 - 1992年 |
| レーベル | CBSソニー (1983年 - 1986年) マザー・アンド・チルドレン (1987年 - 1988年) CBSソニー (1990年) ソニー・ミュージックレコーズ (1991年 - 1992年) |
| 事務所 | マザー・エンタープライズ (1983年 - 1989年) ROAD AND SKY (1990年) アイソトープ (1991年 - 1992年) |
| 影響 | ジャクソン・ブラウン ビリー・ジョエル 井上陽水 浜田省吾 |
| 公式サイト | YUTAKA OZAKI OFFICIAL SITE |
尾崎豊(おざき ゆたか、本名同じ、1965年11月29日 - 1992年4月25日)は、主に1980年代に活動した日本の歌手、シンガーソングライター。
目次 |
概略
1983年、シングル「15の夜」とアルバム『十七歳の地図』でデビュー。4枚目のシングル「卒業」が大ヒットする。愛や夢を追い求め、学校や社会の不条理に立ち向かう少年の心の叫びのようなその歌の世界が若者の共感を呼び、カリスマ的存在となる。代表曲は「I LOVE YOU」「OH MY LITTLE GIRL」など。
26歳という若さでの突然の死はファンに大きな衝撃を与え、今なお尾崎を慕うファンは絶えず、その曲の数々は現在でも多くのアーティストにカバーされ続けている。
生涯
1965年(昭和40年)、東京都練馬区で二人兄弟の次男として誕生。東武東上線の東武練馬駅が当時としては最寄りの、練馬区立田柄第二保育園から練馬区立田柄第二小学校に入学するが、尾崎一家が同じく東上線の朝霞駅最寄りの埼玉県の朝霞市に新居を構えた為、1976年8月12日に埼玉県朝霞市へ転居。小学校5年の2学期より、朝霞市立の小学校へ転校する。父親が防衛庁職員であったため、いずれも陸上自衛隊練馬駐屯地と朝霞駐屯地の近くであった。母親は保険の外交員で暮らしは決して裕福ではなかったが、教育熱心な家庭であった。
学校を卒業すると本人の強い希望により練馬東中学校へ越境入学する。生徒会副会長を務めたが喫煙により停学処分を受ける。高校は青山学院高等部に合格。さらに、1月15日に受けた陸上自衛隊少年工科学校の1次試験に20倍の競争率を突破して合格した。しかし髪を短くしなくてはいけないと言う理由で、既に合格していた青山学院高等部に進学することになった。高校在学中にも喫煙で停学、さらに飲酒で無期限停学処分を受ける。これがファーストアルバムを制作する契機となる。のちに停学処分は解けたものの出席日数が足りず留年となり、自主退学。
ファーストアルバムでの歌詞は何度も書き直されたもので、リテイクの嵐だったソニーでのレコーディングは、尾崎の持つ情熱をいかに文字として表現させるという事が当初のテーマであった。デビュー当初の評価は完全な口コミであったため、ファーストアルバムである『十七歳の地図』は3千枚を売るのも大変で、当初はセールス的には成功しなかった[要出典]。しかし、その後徐々に人気が出て「卒業」の大ヒットにより、その地位を確立した。セールスが伸び悩んだのとは逆に、音楽評論家からは大絶賛され、音楽雑誌では早くも特集が組まれた。中には10ページ以上尾崎の記事や写真で組まれた特集もあった。尾崎自身のイメージを保つ為に、10代の頃の写真は全て白黒写真で掲載された。
特に10代の頃は大人への反抗や反体制をテーマにした歌を多く歌い、新聞などで「10代の教祖」とも呼ばれたが、本人及びコアなファンはこうした呼称を嫌っていたとも言われている。だが、校内暴力が横行していた時代と相まって一種の社会現象ともなる(深夜に中学校の窓ガラスを割って回るなどの狼藉を働く者は尾崎デビュー前からもいたが、シングル「卒業」の歌詞に触発されて行った若者もあったと見られる)。また、尾崎の詞を研究するファンにおいても、単なる校内暴力肯定等と解釈することへの批判が見られる。
1992年(平成4年)4月25日、早朝の足立区千住河原町の民家の軒先に傷だらけで倒れていたところを住人に発見され、通報で病院に運び込まれる。体が傷だらけだったが診察した医師は深酒のみという診断で尾崎は妻とともに自宅マンションに戻る。しかし、午後になり呼吸が止まっているのに気がついた家族が救急車を通報したが、搬送先の日本医科大学付属病院で死亡した。
葬儀は東京都文京区の護国寺にてファン葬が行われ、参列者は4万人近くに上り、美空ひばり、吉田茂に次ぐ規模であった。密葬は日蓮正宗流にて営まれ、墓所は埼玉県所沢市にある。
死後のエピソード
尾崎に覚醒剤での逮捕歴があることからしばしば誤解を受けるが、司法解剖時に検死をした支倉逸人によれば、尾崎の死因は、経時的な悪化による薬物中毒死ではなく、致死量の2.64倍以上の覚醒剤服用(オーバードーズ、薬の多量摂取)による急性メタンフェタミン中毒が引き起こした肺水腫と結論付けられている。また、尾崎の遺体には暴行を受けたような傷やあざもあり、亡くなった日の状況がきわめて不自然であることから、他殺とする説もある。ただ警察は、状況捜査や司法解剖を行った結果から「事件性なし」として調査を終結している。そのため、尾崎豊が亡くなってから約2年後に、10万人近くの尾崎ファンの署名を集めた再捜査嘆願書が警察に提出されたが、受理されなかった。7年後の1999年には写真週刊誌『フライデー』に蘇生措置を施している様子の写真が掲載され、当時の捜査員の証言などもあって、その死因の不可解さが深まった。だが、検死をした支倉逸人の著書によれば、擦過傷と打撲傷をじっくり調べた結果、他殺をうかがわせるようなものはなかったとの記述がある。またそれを裏付ける、転倒したり暴れて転げ回っていたという証言がある。だが、はっきりしたことがわからないため、今までに尾崎の生涯を描いた多数の漫画作品やテレビ番組においても、尾崎が死んだ様子は全く触れられていない。
尾崎の死後、尾崎のアルバムが急激に売れる現象が起こり、1992年5月25日付けのオリコンアルバムチャートでは、TOP10中6作を尾崎が占める現象が起こった(1位『放熱への証』、4位『回帰線』、5位『十七歳の地図』、6位『LAST TEENAGE APPEARANCE』、7位『壊れた扉から』、9位『誕生』。なお、TOP10外に14位『街路樹』がある)。また、同年6月16、17日の初の日本武道館ライブを含む全国コンサートツアーが予定されていたが、尾崎の死によって中止となった。しかし、チケットを手元に置くファンが多かったためか、チケットの払い戻しに来る人はほとんどなかった。
現在、尾崎が倒れていた東京都足立区の千住河原町の民家の部屋は所有者の好意によってファンに開放されており、「尾崎ハウス」と呼ばれ、ファンの交流の場になっている。
生前の尾崎の友人の1人として、デビューが同期の吉川晃司が挙げられる。2人はステージで競演しようとしたが、尾崎が本番前に足を骨折してしまい、実現しなかった。クールなイメージのある尾崎だがプライベートの尾崎は普通の明るい好青年であった。吉川晃司の他に、岡村靖幸との交流もあり、大友康平、泉谷しげる、キラー・カーンなども素の尾崎を懐かしむコメントを出している。光GENJIとしてデビューする以前の大沢樹生とも、よく夜の六本木で遊んでいた。弟分として、俳優の吉岡秀隆がいる。尾崎の影響を受け、曲作りを始めたという。吉岡が出演したフジテレビ系ドラマ『北の国から』では、尾崎の曲をBGMとして使ったこともある。生前、尾崎豊は自作の小説『幻の少年』を映画化することがあれば、吉岡を主人公にしたいと思っていた。
尾崎の代表曲である「I LOVE YOU」はアジア各国の歌手にカバーされ、カバー曲を含めた総売上は全世界で1,000万枚に達する。その思想や活動、若者におけるカリスマ的人気から、中学・高校などの教育現場で長らくタブー視されて来たが、死後、十年以上経った現在では、評価も変わって来ており、高校教科書に顔写真や「15の夜」の歌詞が掲載される(『高等学校 新倫理 - 人間とは何か 思索の糧に - 』 清水書院、2002年)。『新課程用 倫理用語集』(山川出版社、2005年)には、「尾崎豊」は用語頻度「3」で掲載され[1]、「1980年代に活躍し、夭折したシンガーソングライター」「自ら作詞・作曲した歌の世界に没頭しながら全身全霊をこめて歌い」というように記述されている(ISBN 4634053500)。
略歴
- 1965年
- 1981年
- 12月26日、「NOA」というバンド名で新宿ルイードにて初のライブを行う。
- 1982年
- 10月11日、CBSソニーオーディションにて「ダンスホール」「もうおまえしか見えない」を歌い、合格する。
- 1983年
- 12月1日、アルバム『十七歳の地図』、シングル「15の夜」でレコードデビュー。
- 1984年
- 1985年
- 1986年
- 1月1日、福岡国際センターにてライブを行う。以降、無期限活動停止宣言をし、渡米する。
- 1987年
- 2月10日、CBSソニーから新レーベル・Mother & Childrenに移籍。同レーベルにはHOUND DOGも所属していた。同社はのちにアルファ・ムーンと合併しエム・エム・ジーとなり、その後イーストウエスト・ジャパンとなる。
- 10月21日、初のライブ・アルバム『LAST TEENAGE APPEARANCE』をリリースする。
- 12月22日、覚せい剤取締法違反で逮捕される。
- 1988年
- 1989年
- 7月24日、長男の裕哉が生まれる。
- 没後12年後の2004年、トリビュート・アルバム『"BLUE" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』にHIROという名前で須藤晃の息子・Tomi YoとCrouching Boysとして参加、「15の夜」を歌っている。
- 7月24日、長男の裕哉が生まれる。
- 1990年
- 1991年
- 3月21日、シングル「I LOVE YOU」をリリースする。JR東海のCMに使用され、話題になる。
- 10月30日、代々木オリンピックプールにてライブを行う。事実上、これが生涯最後のライブとなった。
- 1992年
- 4月25日早朝、東京都足立区千住河原町の民家の庭にて泥酔状態で発見され、警察に通報される。救急車で病院に運ばれ診察を受け、夫人と共に自宅マンションに帰宅する。その後、夫人、兄、マネージャーが見守る中、自宅マンションで暴れたり眠ったりを繰りかえしながら、突如危篤状態となり、救急車で日本医科大学の緊急病棟に収容される。蘇生措置がされるが午後0時6分死亡。26歳。
- 4月30日、東京都文京区の護国寺で行われた葬儀には4万人近い大勢のファンが詰め掛ける。
- 5月10日、6枚目のオリジナル・アルバム(事実上ラスト・アルバム)『放熱への証』がリリースされる。初回出荷分が即日完売し、結果的に100万枚を超えるセールスを上げる。
- 1993年
- 5月10日、生涯最後のライブを収録したライブ・アルバム『約束の日 Vol.1』『約束の日 Vol.2』が同時リリースされる。
- 1994年
- 1月21日、シングル「OH MY LITTLE GIRL」がリリースされる。フジテレビ系テレビドラマ『この世の果て』の主題歌に使用され、100万枚を超えるセールスを上げる。
- 1995年
- 4月25日、三回忌にあたるこの日、10代の頃のアルバムを収録したボックス・セット『TEENBEAT BOX』がリリースされる。
- 2002年
- 4月、『週刊少年マガジン』誌上で「尾崎豊物語」が掲載される。
- 2004年
- 3月24日、13回忌として企画されたトリビュート・アルバム『"BLUE" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』『"GREEN" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』の2枚が同時リリースされる。
- 10月27日、ボックス・セット『TEENBEAT BOX 13th MEMORIAL VERSION』がリリースされる。
- 2006年
- 2007年
- 4月25日、CD-BOX『71/71』リリース。生前に発売されたオリジナル・アルバム6作品をすべて収録し、4枚目のアルバム『街路樹』に「太陽の破片」「街角の風の中」を加えた『街路樹+2』を特別収録している。
- 2008年
- 4月16日、ベスト・アルバム『WEDNESDAY 〜LOVE SONG BEST OF YUTAKA OZAKI』と『SATURDAY 〜ROCK'N'ROLL BEST OF YUTAKA OZAKI』が2枚同時リリースされる。
- 2009年
- 4月18日〜5月5日、尾崎の楽曲から生まれた青春群像劇『MISSING BOYs 〜僕が僕であるために〜』が赤坂ACTシアターにて上演される。
- 4月22日、オリジナル・アルバム6枚とベスト・アルバム『愛すべきものすべてに』がBlu-spec CDで再リリースされる。『街路樹』はシングル「核 (CORE)」と「太陽の破片」のそれぞれA面・B面収録曲を加えた2枚組スペシャルエディションとして発売された。
- 4月25日、TOKYO-FM(JFN38局)にて『KDDI presents 尾崎豊メモリアルスペシャル「BIRTH 〜From 1991 to 2009〜」』がオンエアされる。番組は、1991年5月20日に横浜アリーナで行われたツアー初日の初公開音源に加え、須藤晃によるエピソードで構成された。
- 同日、auの音楽配信サービスLISMOにて、全71曲の着うた配信が開始。同CMに「I LOVE YOU」が使用される。映像は1985年1月12日、日本青年館で行われたライブの一編である(このライブの模様は映像作品『OZAKI・19』に収録)。なお、尾崎自身の映像がテレビCMに使われるのは初めてである。
作品
シングル
- 15の夜 - THE NIGHT (1983年12月1日)
- 十七歳の地図 - SEVENTEEN'S MAP (1984年3月21日)
- はじまりさえ歌えない - CAN'T SING EVEN THE BEGINNING (1984年8月25日)
- 卒業 - GRADUATION (1985年1月21日)
- DRIVING ALL NIGHT (1985年10月21日)
- 核 - CORE (1987年10月1日)
- 太陽の破片 (1988年6月21日)
- LOVE WAY (1990年10月21日)
- 黄昏ゆく街で - 57TH STREET (1990年12月1日)
- 永遠の胸 - ETERNAL HEART (1991年1月21日)
- I LOVE YOU (1991年3月21日)
- 汚れた絆 - BOND (1992年5月10日)
- 15の夜(ライブ) - THE NIGHT (LIVE) (1993年4月25日)
- OH MY LITTLE GIRL (1994年1月21日)
- もうおまえしか見えない (1996年4月24日)
- 風にうたえば (1999年2月24日)
- 卒業 - GRADUATION (1999年11月25日)
- FORGET-ME-NOT (2001年4月25日)
- I LOVE YOU (2001年9月12日)
アルバム
オリジナル・アルバム
- 十七歳の地図 - SEVENTEEN'S MAP (1983年12月1日)
- 回帰線 - TROPIC OF GRADUATION (1985年3月21日)
- 壊れた扉から - THROUGH THE BROKEN DOOR (1985年11月28日)
- 街路樹 (1988年9月1日)
- 誕生 - BIRTH (1990年11月15日)
- 放熱への証 - CONFESSION FOR EXIST (1992年5月10日)
ライブ・アルバム
- LAST TEENAGE APPEARANCE〜THE MYTH OF YUTAKA OZAKI〜 (1987年10月21日)
- 約束の日 Vol.1 - THE DAY 1 (1993年5月10日)
- 約束の日 Vol.2 - THE DAY 2 (1993年5月10日)
- MISSING BOY (1997年11月15日)
- OSAKA STADIUM on August 25th in 1985 Vol.1 (1998年11月21日)
- OSAKA STADIUM on August 25th in 1985 Vol.2 (1998年11月21日)
ベスト・アルバム
- 愛すべきものすべてに - FOR ALL MY LOVES (1996年9月30日)
- ARTERY & VEIN : THE VERY BEST OF YUTAKA OZAKI (1999年11月25日)
- 13/71 - THE BEST SELECTION (2004年4月21日)
- WEDNESDAY 〜LOVE SONG BEST OF YUTAKA OZAKI (2008年4月16日)
- SATURDAY 〜ROCK'N'ROLL BEST OF YUTAKA OZAKI (2008年4月16日)
未発表音源集
※尾崎の事務所側では非公式のものとしている。
- 4.25 REQUIEM (1995年4月5日)
- 無題 (WHITE ALBUM) (1996年3月27日)
- Before the Seventeen's Map (1997年1月22日)
- 7th Memorial 虹 (1998年11月11日)
- 風にうたえば (1999年3月17日)
- Jewel -Vocal Version- (2001年10月5日)
- SEPIA (2002年1月26日)
ポエトリー・リーディング・アルバム
- 真空の中でも嵐は起こる (2006年3月24日)
- 巨人の輪郭 (2006年4月26日)
CD-BOX
- TEENBEAT BOX (1995年4月25日)
- TEENBEAT BOX 13th MEMORIAL VERSION (2004年10月27日)
- 71/71 (2007年4月25日)
トリビュート・アルバム
- "BLUE" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI (2004年3月24日)
- "GREEN" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI (2004年3月24日)
映像作品
- 6 PIECES OF STORY (VHS:1986年7月21日 DVD:2005年8月24日)
- 6曲のPVを収録。
- LIVE CORE (VHS:1989年2月21日 DVD:2004年4月21日)
- 1988年9月12日、東京ドームで行われた同名ライブを収録。
- TOUR 1991 BIRTH (VHS:1992年3月30日 DVD:2009年4月22日)
- 同名ライブツアーを抜粋して収録。
- THE DAY 〜約束の日〜 (1993年11月29日)
- 1991年10月30日、代々木オリンピックプール(国立代々木競技場第一体育館)で行われた最後のライブを収録。
- 告白 (Confession) (1995年10月21日)
- 1984年から1987年までに行われたライブのMCの抜粋とモノローグを収録。
- I LOVE YOU (1996年10月21日)
- OZAKI・18 (VHS:1996年11月29日 DVD:2006年4月19日)
- 1984年3月15日、新宿ルイードで行われたデビューライブを収録。
- OZAKI・19 (VHS:1997年3月31日 DVD:2006年4月19日)
- 1985年1月12日、日本青年館で行われたライブを収録。
- LAST TEENAGE APPEARANCE (1997年11月15日)
- 1985年11月15日、代々木オリンピックプールで行われたライブを収録。
- 約束の日 LAST APPEARANCE 完全版 (2000年7月5日)
- 1993年に発売された『THE DAY 〜約束の日〜』に未収録曲を加え再編集。
- AFTER THE BIRTH (2001年10月24日)
- THE NIGHT A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI (2004年8月4日)
- 尾崎豊・もうひとつのリアリティ LIVE + DOCUMENTARY (2004年9月8日)
- 1991年8月27日、郡山市民文化センターで行われたライブを収録。
- AFTER THE NIGHT A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI (2004年12月15日)
- 625 DAYS (2005年8月24日)
- OZAKI FILM ALIVE AT ARIAKE COLOSSEUM (2006年4月19日)
- 1987年8月、有明コロシアムで行われたライブを収録。
書籍
著書
- 誰かのクラクション (1985年、角川書店) ISBN 4048831925
- 普通の愛 (1991年、角川書店) ISBN 4048726307
- 白紙の散乱 (1992年、角川書店) ISBN 4048713515
- 黄昏ゆく街で (1992年、角川書店) ISBN 404872715X
- 堕天使達のレクイエム (1996年、角川書店) ISBN 4048727419
- 幻の少年 (1999年、角川書店) ISBN 4087803031
写真集
- WORKS (1988年、CBSソニー出版) ISBN 4789704203
- FREEZE MOON (1992年、角川書店) ISBN 4048511009
- MEMORIAL (1992年、ソニー・マガジンズ) ISBN 478970775X
- 尾崎豊 午前0時の十字架 (1994年、幻冬舎) ISBN 487728009X
- 尾崎豊 MEMORIAL PHOTO BOOK (1995年、飛鳥新社) ISBN 487031231X
- Naked (1998年、マイストロ)
関連書籍
- 尾崎豊ストーリー 未成年のまんまで (1985年、落合昇平著、ソニー・マガジンズ) ISBN 4789701964
- 失くした1/2 尾崎豊にアンサー・コール (1986年、ソニー・マガジンズ) ISBN 4789702464
- ファンからのメッセージ集。
- 尾崎豊「誕生」想い出の幼少年時代 (1993年、尾崎健一著、リム出版新社) ISBN 9784898000083
- 尾崎の父による著作。
- 放熱の行方 (1993年、吉岡忍著、講談社) ISBN 978-4062063593
- ノンフィクション作家によるドキュメンタリー。
- 弟尾崎豊の愛と死と (1994年、尾崎康著、講談社) ISBN 4062070049
- 尾崎の兄による尾崎伝。
- 尾崎豊が伝えたかったこと (1995年、須藤晃著、主婦と生活社) ISBN 439111741X
- 尾崎豊覚書 (1998年、須藤晃著、ソニーマガジンズ、小学館) ISBN 4094021019
- 尾崎を育てたプロデューサーによる尾崎伝。
- 親愛なる遥(とお)いあなたへ 尾崎豊と分けあった日々 (1998年、尾崎繁美著、東京書籍) ISBN 4487754089
- 尾崎の妻の著作。
- 尾崎豊物語(ヤング・ジャンプ・コミックス愛蔵版)(1998年、堀口純男著、集英社) ISBN 4087825582
- KAWADE夢ムック 尾崎豊(2001年、河出書房新社) ISBN 4309976069
- 尾崎豊 目覚めゆく魂 - 母と子の物語(2001年、尾崎健一著、春秋社) ISBN 4-393-33196-6
- 尾崎の父による著作。
- 尾崎豊物語(KCデラックス)(2002年、長緒隆也著、講談社) ISBN 4063346048
- 愛すること、それがすべて 尾崎豊との永遠の絆 (2003年、鬼頭明嗣著、扶桑社) ISBN 4594041930
- 尾崎の元マネージャーによる著作。
- 誰が尾崎豊を殺したか (1993年、大楽光太郎著、ユニオンプレス) ISBN 4-946485-01-5
- 新 誰が尾崎豊を殺したか (1995年、大楽光太郎著、松文館) ISBN 978-4790100898
- 尾崎豊 7年目の真実 (1997年、大楽光太郎著、ジャパンミックス) ISBN 978-4883214358
- 最後のひとかけら - 誰が尾崎豊を殺したか 最終章 (2003年、大楽光太郎著、サウンドシャワーパブリッシャー) ISBN 978-4860620134
- 尾崎の最後のマネージャーであり、死を看取った一人による著作。
関連項目
- 井上陽水 - 尾崎が音楽的に影響を受けたアーティスト
- 稲葉喜美子 - 尾崎が音楽的に影響を受けたアーティスト
- 佐野元春 - 尾崎が音楽的に影響を受けたアーティスト
- 吉川晃司 - 同い年の親友
- 岡村靖幸 - 同い年の親友
- 川上麻衣子 - 同い年の親友
- 中村あゆみ
- 渡辺美里 - 親友
- 南野陽子 - 親友
- 高橋克典 - 同じ高校の音楽サークルの一年先輩
- キラー・カン - カンが営む「居酒屋カンちゃん」が行きつけの店だった事からの交友関係
- 浜田省吾 - 設立した音楽事務所に一時期尾崎が所属。影響を受けたアーティストと語っている。
- 吉岡秀隆 - 尾崎を兄貴分の様に思慕
- 石井竜也
- 斉藤由貴 - 雑誌上で対談、後に不倫騒動で騒がれる。
- 村上龍 - 雑誌上で対談
- 坂本龍一 - 雑誌上で対談
- HOUND DOG - ボーカルの大友康平がアルバム『十七歳の地図』に参加
- RED WARRIORS - ギタリストの木暮武彦がアルバム『街路樹』に参加
- 榊いずみ - 初期に「女尾崎豊」の異名を取った歌手(当時・橘いずみ)
- 井上マー - 尾崎豊のものまねでネタをするピン芸人
- 見城徹 – 幻冬舎社長、角川書店時代、出版やプライベートで尾崎と関わる。
- 本田美奈子. - 「I LOVE YOU」をカバー。尾崎と同じ朝霞市在住だった。
- 山田かまち - 尾崎豊と同じく夭折した人物で「もう一人の尾崎豊」と言うニックネームが付けられているほど、尾崎とカリスマ性を二分している。
- ROCKIN'ON JAPAN
- 渋谷クロスタワー - 旧東邦生命ビル
- 東海ラジオ放送 - 尾崎が10代に担当していた『誰かのクラクション』を放送していた放送局
脚注
- ^ 現行教科書11種類のうち3種類の本に記述があること。
外部リンク
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