山内康一
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| 生年月日 | 1973年8月25日(36歳) |
|---|---|
| 出身地 | 福岡県 |
| 出身校 | 国際基督教大学教養学部 卒業 ロンドン大学教育研究所 修了 |
| 学位・資格 | 修士(ロンドン大学) |
| 前職 | 独立行政法人国際協力機構 |
| 所属委員会 内閣役職 |
外務委員会 安全保障委員会 青少年問題に関する特別委員会 |
| 世襲 | 世襲ではない |
| 選出選挙区 | 比例北関東ブロック |
| 当選回数 | 2回 |
| 所属党派 | (自民党→) みんなの党 |
| 党役職 | パートナー補佐 |
| 会館部屋番号 | 衆議院第一議員会館520号室 |
| ウェブサイト | 山内康一 公式ウエブサイト |
山内 康一(やまうち こういち、1973年8月25日 - )は、日本の政治家。衆議院議員。
目次 |
[編集] 人物
福岡県立筑紫丘高等学校を卒業後、国際基督教大学に入学。卒業後、国際協力事業団に就職した。[1]
その後、NGO・NPOの海外の現場で働いてみたいという思いから、国際協力事業団を退職、NPO法人ピースウィンズ・ジャパン等の複数のNGOに勤務。[1]インドネシア、東チモール、アフガニスタン、インド等で、難民や地震・洪水の被災者のための緊急人道援助活動や、学校建設・農村開発等の開発支援活動に従事した。
2004年4月、ロンドン大学教育学研究所にて修士課程を修了。[1]
2005年4月から独立行政法人国際協力機構に復帰するが、その後一介のヒラ職員では限界を感じ、自民党の衆議院議員選挙候補者公募に応募した。
2005年9月11日に行われた第44回衆議院議員総選挙に自民党公認で出馬し民主党の前職の笠浩史を破り、神奈川9区で初当選を果たした。
山内が応募した公募は正規の公募選考であったため、同じ小泉チルドレンでありながら緊急公募で候補者となり当選した杉村太蔵と対照的な存在として週刊誌で取り上げられたこともある。[2]
「少年犯罪が激増・凶悪化している」という、度々マスメディア(主に民放テレビ地上派放送)が行う誤った事実に基づく報道・喧伝に対して批判的な姿勢を取っている。[3]
2009年7月21日衆議院解散後に「自民党が進んでいる方向と、自分が目指している方向が大きくずれていると感じるようになった」として離党届を提出[4][5]。同年8月8日、先に自民党を離党した渡辺喜美らが結党したみんなの党に参加し、同党公認で比例北関東ブロックから立候補した。北関東ブロックで1議席を確保、代表で名簿記載順1位の渡辺が選挙区当選したため、2位の山内が当選を果たし、2期目の議員生活へと向かうことになった。
[編集] 出典
- ^ a b c 山内康一:プロフィール - www.kou1.info
- ^ 「SPA!」2005年11月1日号 - 特集「政治家になる方法教えます!」
- ^ 「凶悪化する少年犯罪」のウソ : 衆議院議員 山内康一の「公募新人奮闘記」2006年7月25日
- ^ 離党のお詫びとご報告 : 衆議院議員 山内康一の「公募新人奮闘記」2009年7月21日
- ^ 【衆院解散】自民・山内氏が離党届…小泉チルドレン 産経ニュース 2009年7月21日閲覧
[編集] 著書
- 『小泉チルドレンと呼ばれて-新人議員の国政報告』、朝日新聞社『論座』2006年4月号
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月16日 (水) 18:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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