山前五十洋
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山前 五十洋(やまさき いそみ、1943年4月28日 - )は、京都市出身の映画監督、プロデューサー、俳優。関西大学法学部2部中退。父は詩人の山前実治。娘は歌手の倉木麻衣。
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[編集] 来歴・人物
京都の下京区下賀茂で生まれ、3歳の頃、父親の故郷飛騨高山近くの岐阜荘川村に疎開。小学校に入る頃に京都市東山に住む。小学校5年生から新聞配達などをしていた。
日吉ヶ丘高校2年生の頃に少年画報に連載されていた「天馬天平」(原作堀江卓)をフジテレビがテレビ映画化することになり、その主役天平役を一般公募したところ、3万人の応募の中、主役に抜擢される。芸名はフジテレビ8チャンネルにちなみ、当時の編成局長草間浩之が富士八郎と命名する。
その後関西大学法学部法律学科2部に進むが2年で中退。「坊主拳法」「海の野郎ども」「噂の錦四郎」「姿三四郎」にゲスト出演するが、俳優を断念して、映画監督を目指す。当時父親が大阪電通支局長と親交があったことで、テレビコマーシャルのアシスタントを務め、24歳の時には亡き父親が印刷屋を営んでいたこともあり、写真植字の会社や広告代理店、そしてモデルクラブまで興す。京都ではテレビのコマーシャルディレクターとして活躍する。
30歳で上京、右も左もわからないまま、テレビコマーシャルの営業のかたわら夜中はホストをして働き資金を貯めプロダクトマインを興す。岸田智史(敏志)を生み出す。石庭グループのオーナー杉山元一がオーナーのGSビデオという制作会社を任される。由美かおる主演のテレビドラマ「安寿無情」を製作演出したり「奥様登場や男のロマン」などのテレビ番組のプロデュースを手がける。アデランスやアートネイチャー、グッドイヤーのテレビコマーシャルを製作。 その後有限会社グッドスタッフを設立して、新人開拓に力を入れる。岡本かおりや滝沢れい子、黒沢ひろみを発掘、またこの頃に「セーラー服刑事(デカ)」を1話から6話まで製作・監督する。まだVシネマという言葉が無い頃、当時「GORO]に連載されていた篠原とおる原作の「狩人蜂」を、グッドスタッフ所属の滝沢れい子(倉木麻衣の叔母に当たる)を主演にして製作・監督をする。
1988年、黒沢ひろみ主演の「レミ」という劇場公開一般映画を総合監督する。
1998年、台湾・香港合作映画「新・金瓶梅」に主演した楊思敏は、エレベーターガールをしていたところを山前が見出し、神乃麻美として竹書房の「妖精開花」という写真集をプロデュースしたところ、台湾プロデューサー陳建華の目にとまり、主役に抜擢された。「楊思敏(やんすーみん)」の芸名は、本名の「あさみ」から山前が陳建華とともに考えたもの。また山前は日本側の監督として台湾に渡っている。この「新・金瓶梅」は山前が台湾側からビデオ化権を取得、九鬼スペシャルとして日本発売している。
2007年、日本映画テレビプロデューサー協会の会員になる。
2010年の山前の誕生日4月28日には芸能生活50周年イベントを計画している。
現在は主に、映画監督としての活動を行っている。代表作は「セーラー服刑事」。近作「新・セーラー服刑事」4作は、監督・撮影・編集までをすべて行っている。現在シリーズ最終作となる第5作が完成したところで、本作は特別編として、山前が昔とったきねづかで俳優として主演を演じている。タイトルは新・セーラー服刑事5:特別編「天使とおじいちゃん剣士」として上映が選考される。それからDVD化して販売される。この作品で俳優・富士八郎としての再デビューを果たしている。
[編集] 著作
- 『歌姫・倉木麻衣』
- 『My Angel―天使がくれた500日間戦争』
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月22日 (日) 17:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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