山崎邦正

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 山崎邦正
本名 同じ
ニックネーム やまちゃん ざきさん
生年月日 1968年2月15日(41歳)
出身地 兵庫県西宮市
血液型 O
身長 166cm
方言 大阪弁
最終学歴 立正大学大学院在学中
出身 NSC大阪校6期
コンビ名 TEAM-0(解散済み)
相方 軌保博光(元相方)
芸風 コントボケ)(コンビ時代)
事務所 吉本興業
活動時期 1988年 - 現在
同期 爆笑問題
現在の代表番組 ガキの使いやあらへんで!!
マルコポロリ!
過去の代表番組 シブヤ系うらりんご
お台場CHA・CHA!!
かざあなダウンタウン
配偶者 既婚
受賞歴
第12回ABCお笑い新人グランプリ 最優秀新人賞 (TEAM-0として)
  

山崎 邦正(やまさき ほうせい、本名同じ、1968年2月15日-)は、兵庫県西宮市出身のお笑いタレント。所属事務所吉本興業NSC6期生。血液型O型。身長166cm。既婚で娘が二人いる。芸能活動の傍ら立正大学心理学部卒業。現在は院生。

愛称は、「山ちゃん」「ほうせい」(主に先輩芸人が使用)、「ザキさん」(提案者とされる加藤浩次を始めとした後輩が主に使用)、「邦正さん」とも呼ばれる。

また、落語を演じる時は「月亭方正」と名乗る。

目次

[編集] プロフィール

名前の読みは「やまさき」だが、「やまざき」「ザキさん」と呼ばれることが多い。デビュー以来、本人は若干そのことを気にしていたらしく、以前は「やまざき」と呼ばれる度に「やまさきです」と訂正していた。「学級王ヤマキ」の主題歌に歌手として起用された(後述)事をきっかけに、表面上はあまり気にしなくなった様子。因みに「山崎」は関西では「やまさき」、関東では「やまざき」姓が多い。 また本名の読み方は芸名と同じ「ほうせい」である。

芸風・性格として、虚勢を張った大きな叫び声など、テンションを急速に上げることができる。その割に些細なことで驚くことから先輩芸人達から「ヘタレ」と呼ばれ、劣等感からそれを返上しようとピアノなどを始めたといわれる。近年はヘタレのみならず、ウケるためには「ヨゴレ」も辞さない芸風になっている。それにより、多くのタレント・芸人・著名人から煙たがられる。ただし、これらはあくまで舞台上のみであり、プライベートでの関係が悪い訳ではないと思われる。

デビュー当初はその可愛らしいルックスからアイドル的な人気を誇っていたが、年齢を重ねるごとに本来のヘタレキャラがクローズアップされていく事となる。元来フリートークも得意とは言えず、漫才出身でありながら近年ではどちらかというとリアクション芸人に近い、もしくはリアクション芸人そのものと思しき芸風を持つようになったとの見方も多い。

ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』のネット放送を読売テレビが暫く行っていなかった事もあり、いわゆるダウンタウンファミリーの芸人でありながら関西方面での一般層の認知度が比較的低かった。しかし、昨今は関西方面でのテレビ出演も増え、京橋花月にて落語家として高座に上る等、地元でも確実にそのキャラクターが定着してきている。後述の「他のTV番組」も参照の事。

趣味は作曲、パソコンと多岐にわたり、番組でも音楽プロデュースをしている。 物真似にも果敢に挑戦しており、浜田省吾などのモノマネは評価は高い。新しい芸を産み出そうとする一方、後輩の成長をやっかむ事もある。

[編集] スベリ芸

デビュー当時はアイドル芸人的な売り方だったが、後にその勝負弱さを生かしたスベリ芸を開拓。ギャグが不発に終わる際の痛々しさ、滑稽さを楽しむという特殊な芸風である。一歩間違えばただの嫌われ者になるため、演者にはある程度の愛嬌ないしバランス感覚が要求される。

こういった芸風は無様な状態でこそ真価を発揮するため、ネタとしてネガティブな扱いを受けることが多い。最初からつまらない芸人として扱われる、急に無理なアドリブを要求される、不必要な暴力を振るわれる、後輩や素人から蔑まれる、等々。

このような扱いにより、「山崎は本当に軽んじられている/才能がない」と見る者も多く、またスベリ芸自体も「スベっているだけのつまらない芸」と額面どおりに捉えられることがほとんどである。 さらに、その楽しみ方を知る者も、「つまらない」「ひどい」「さむい」などとあえて罵倒語を用いて評価することが多い。これは、スベリ芸はスベってこその芸であり、面白いと認められてしまえば成立しなくなるためである。このメタ構造的な要素を含む微妙な立ち位置が、山崎という芸人の評価を非常に難しい物にしている。 松本人志は山崎の芸風に関して「本人は面白いと言っているが面白くない、そこが面白い」、「山崎を面白いと言ってしまうと営業妨害になる」と語っている。

なお、村上ショージたむらけんじなども同様の芸風であり、この芸風自体は珍しいものではないが、山崎はアイドルから転じたという点で特筆される。

[編集] 略歴

1988年 軌保博光と「GSX(ガスペケ)」を結成し、デビューする。

1989年 コンビ名を「TEAM-0」に改名。 後に初のレギュラー出演番組となる『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』に出演。

1991年 第12回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞。

1992年TEAM-0」解散。ピン芸人として活動を開始する。

1998年天才てれびくん』にてリサ・ステッグマイヤーとともにの司会を務める。 テレビ東京系で放送されていたアニメーション『学級王ヤマザキ』の主題歌『ヤマザキ一番!』を歌い、CD化され5万枚[1]の売上を記録。

2001年 11歳年下の一般女性との結婚を発表。結婚式の模様は『ガキの使い』内で放送され、DVDにも収録された。

2002年 ヨシモトファンダンゴTVで放送された番組『邦正音楽工房』から女性アイドルデュオ「AiAi」をデビューさせる。

2004年 バイクの盗難事件に遭う。

2005年 TOKYO FMで芸能生活17周年を記念して、3時間の生特番が放送された。 『M-1グランプリ2005』にカンニング竹山隆範と漫才コンビ「竹山崎」を結成し参戦。予選三回戦で敗退。作家の中村うさぎとの共著『うさぎ・邦正の人生バラ色相談所―苦悩の泥沼にハマッてしまった人へ』を出版。

2006年M-1グランプリ2006』にカンニング竹山隆範との漫才コンビ「竹山崎」にたむらけんじをメンバーに加え「たむらけんじと竹山崎」として参戦。予選三回戦で敗退。 生殖器の海綿体が硬質化する「ペロニー病」を患う。現在は完治の方向へとむかっている。

2007年 村田あゆみのセカンドアルバム「Happy Candy」の中の「Birthday」と「伝説の狼」の作詞作曲を行う。胃腸炎を患い約三週間の入院後、復帰。

2008年 正月特番として初の冠番組『祝 山崎邦正20周年 ホンマは正月よりもめでたいでぇ!』が関西テレビにて放送される。自身初の写真集&エッセー「奇跡」を出版。

同年5月、月亭八方から「月亭方正」を名乗ることを許可され、落語を演じる時は「月亭方正」の名前で月1回程度演じる予定。同年12月8日京橋花月で落語家として高座に上がった。

2009年 7月23日~27日に舞台「新宿ミッドナイトベイビー」にオカマバーのママ役で出演。主演のいしだ壱成とのキスシーンもあり、スッキリ!!でこのシーンを見た加藤浩次が驚愕していた。

[編集] 才能と向学心

  • 大学進学を志した大きな動機として、自身が2000年からパーソナリティーを務めた『オレたちやってま〜す木曜日』(MBSラジオ)内のクイズコーナーを挙げており、この時「学校の勉強もクイズと一緒だ」と思った事から。名前が同じという理由から法政大学合格を目指して「邦正の法政への道」というコーナーを立ち上げ、後番組『AM808。マジっすよ!』のために大阪スタジオ(『オレたちやってまーす』は東京スタジオからの放送)にいる、後輩で高学歴芸人のロザンからアドバイスや問題を出してもらい、実際に受験するも結果は不合格であった。その様子は録音されラジオ内でも流された。
  • 『ヤマザキ一番!』を歌った時はわざと勢いだけで歌っており、実際は歌は上手い。『天才てれびくん』でカルチャー・クラブの『カーマは気まぐれ』をカバーした時や、ものまね番組、お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャルなど、歌唱力について高評価を受けている場面は多くある。
  • ピアノが弾ける。ショパンの「別れの曲」(弾きやすいハ長調に直されていた)など、難易度の高い曲も弾きこなしている。

  (別れの曲に関しては、難度が集中しているのは中間部であり、自身が弾くのは前半部分であるため、厳密には難易度は高いとは言えない。)

  • 英会話教室に一年ほど通っていた。
  • 山崎卓球部を設立。公民館を中心に、純粋に単純に卓球を楽しむというクラブ。部員は主に後輩芸人。
  • 落語にも挑戦しており月亭八方の弟子で「月亭方正」の名を持ち古典落語に精力的に取り組んでいる。月亭一門会や師匠・八方との親子会、「月亭方正・十番勝負」と称した勉強会、花花寄席等に出演。
  • スコップ三味線の第2回世界大会(2008年12月21日)にて、初出場にして個人の部第3位[2]

[編集] エピソード

  • 幼少時は、親から怒られると泣き喚めきひきつけを起こす子供だった。そのため、裕福でもないのに欲しいものは全て買ってもらっており、ひきつけを起こしたフリをして親を困らせ強請る事もあった。
  • 中学時代のあだ名は「ジャガイモ」だった。頭蓋骨の形がデコボコしていたからという理由と、ポテトチップスばっかり食べていたからというものがある(いずれも本人談)。現在もポテトチップスは間食として欠かせず、特に「うすしお味」を好む。
  • 中学時代は剣道部で、本人曰く主将で大会では常に優勝候補だった。ただし、勝負弱く優勝経験はない。
  • 高校時代女性にモテていたらしく、高校のミスターに2年連続(2年・3年生)選ばれた。
  • 大学受験に失敗し浪人することになるが、入ろうとした予備校に全て落ちる。その後の大学受験も失敗。
  • 吉本に入る前にテレビ番組の制作スタッフを目指すが、二度目の大学受験に失敗し諦める。(いろもんにて)
  • 吉本の東京本社所属タレント第1号である。(「TEAM-0」時代)
  • デビュー当時は可愛らしい童顔をしており、バレンタインデーにはチョコレートがダンボールで十五箱分届き、吉本関係者を驚かせた。しかし、その一年後にはヘタレキャラが露呈したためチョコレートは巾着二個分に激減した。ショックを受けかなり落ち込んだが、最終的には「あの子達はみんな事故で亡くなったんだ」と自分に言い聞かせることで心を落ち着かせた。
  • 「TEAM-0」解散後、レギュラー番組がゼロになり「人生最大の落ち込み」を体験する。その際、たまたま見たテレビ番組「ムツゴロウの動物王国」での犬たちのボス争いで、小柄ながらもボスのセントバーナードに果敢に噛み付いていくパグ犬に感銘を受け、独特の声で叫ぶ「キレ芸」を開発。その効果で、ふたたびレギュラー番組を持つことができたという(「草野キッド」2009年6月9日放送分より)。
  • 一時期、唐突にパーマをあて、髪型をアフロ状にしイメージチェンジを図った事があるが、程なくして元に戻した。また頭頂部がハゲてきているらしい。(2009年3月ガキの使いにて発言)
  • オナニーのスタイルが、世の一般的な男性のそれとは異なり(岡村隆史は同様のスタイルでこなす)、亀頭の部分を上からダイアル式に廻し撫でるといった個性的な物であると公言している。
  • 2006年に生殖器の海綿体が硬質化する「ペロニー病」なる奇病にかかる。高齢に多く見られる病気である。医者からは性行為を自粛するように命じられていたが、山崎がオナニーを控える事は無かった。一方で本人なりに深刻に悩んでおり、生殖器を除去しようと本気で考え、除去後は『美輪明宏のようにカチューシャを付けてシャンソンを歌いたい』と語っていた。現在は完治の方向へとむかっている。
  • 2007年11月、胃腸炎を患い、検査の過程で腹膜炎の疑いも見られ、約3週間入院した。その間のレギュラーやゲスト出演が決まっていた番組は欠席し、ほっしゃん。などの代役が立てられた。見舞いに訪れたのは、後輩芸人のペナルティのヒデ・ワッキー、ほっしゃん。の三人だった。12月上旬に復帰。
  • 2000年頃から下腹部だけがぽっこりと膨れた体型になり、松本人志から「キユーピーマヨネーズか」、高須光聖からは「カマキリのような腹」、「芸人として理想的な体型」と言われた。「この腹を見ろ!」というギャグでそれを売りにするような素振りも見せた。ダイエットを試みた時期もあったが、ほどなくして断念。胃腸炎で入院した際には体重が9kg減り、図らずもややスマートな体型となったが、現在は戻っている。
  • 山崎の大ファンであり、親交の深いポルノグラフィティ岡野昭仁からは「ダウンタウンに次ぐ天才芸人」と称されている。女優の戸田恵梨香も山崎の大ファンだと各方面で述べている。
  • 口腔内の唾液腺耳下腺)から唾液を前方または左右に勢いよく自在に飛ばせるという特技を持つ。これを『水芸』と称し度々披露している。
  • 吉本興業が開催した、史上最大のお笑いフェスタLIVE STAND 07で今田耕司と雨上がり決死隊に芸歴20周年を祝ってもらい、観客に「芸能界に入って分かったことは、ゴボウはただの木でした!!」と、涙して語った。
  • 他の芸人に比べ歌が特別上手い訳ではないが、浜田省吾尾崎豊福山雅治などの歌真似で高い評価を得ている。特に尾崎豊の物真似は、似ていなかったり笑いを交えたりするとファンからの批判が大きい為、テレビ番組で披露するタレントは非常に少ないが、山崎はものまね番組で笑いの要素一切無しで尾崎豊を歌い上げ、喝采を浴びた。
  • 松本人志や後輩芸人と共に行った旅行先でも一日に何度もテレビ電話(ウェブ電話と思われる)で家族と話をする。嫁が実家の石川県に子供を連れて帰省すると、一人で眠るのが怖くてテレビをつけたまま寝ている。(放送室 (ラジオ番組)より)
  • 嫁の天然ぶりはダウンタウンを始め様々な人物に語られており、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』内の企画に一度だけ本人が出演したことがある。
  • 後輩とうどん屋で泥酔し、店を出た時、「もう1軒行こか!」と言って同じうどん屋へ戻った事がある[3]
  • 物を食べている最中に頭の中が無になる事があり、こんな自分が好きとの事。この事を知った松本人志は「そんな表情見た事あるけど、先輩との食事の時そんな事思ってたんか!?」と少々憤慨した。
  • マネージャーから渡されたスケジュールを確認すると、「14、15、16日ドッキリロケ!」と書かれていた。その後、実際にドッキリを仕掛けられたが、「既に知っているし」、「リアクションをとらないと駄目だし」、最悪だったという。ドッキリの内容は、旅館でコンパニオンの女の子と酔ったり遊んだりしてる最中に、急にフスマから恐い人が出てきて「俺の女に何してるんだよー!」と怒鳴られるドッキリであった。その時、山崎邦正は驚いたフリをした。その恐い人も実は会った事があるらしい。(2009年11月12日放送の『ダウンタウンDX』より。本人談。)

[編集] 『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』

  • 第2回から出演。
  • 第一回「七変化」挑戦者。記録は1万円。
  • スペシャル恒例の「笑ってはいけないシリーズ」に過去全て罰を受ける側として出演している、しかし、笑ってはいけない病院では途中離脱している場面があった。
  • 「山崎vsモリマン」「さよなら山崎邦正」などの人気企画を持つ。毎回“これが最終決戦”という触れ込みである「山崎vsモリマン」には「絶対に続編を」という視聴者からの要望が、毎年放送される「さよなら山崎邦正」には「本当にやめろ」という声が挙がっている。[要出典]
  • 「黒人にレイプされる」と言うドッキリ企画が行われたが、人種差別に取られかねないなどの問題で、現在では総集編などでもこの映像が使われる事は無い(『松本紳助』より)
  • 1997年、『ガキの使い』内で“自分が1人でトークをすれば視聴率20%を取れる”と豪語したが、収録ではトークが続かずスタジオから逃走する。番組冒頭(ダウンタウン出演部)で20%超だった視聴率も山崎のトークが始まるとなだらかに下降し、20%を超える事は無かった。(最高19.9%、平均19.2%)。罰ゲームとして「スカイダイビング丸坊主」が執行された。坊主頭になりトーク収録時の観客一人一人の家を訪ねて菓子折りを手渡しして謝罪した。
  • 菅賢治制作局次長より「日テレ全体で嫌われている」と、番組設定上の冗談ではあるが、本気とも取れるようなクレームを度々言われている。
  • マネージャーから渡されたスケジュールを確認すると、「14、15、16日ドッキリロケ!」と書かれていた。その後、実際にドッキリを仕掛けられたが、「既に知っているし」、「リアクションをとらないと駄目だし」、最悪だったという。ドッキリの内容は、旅館でコンパニオンの女の子と酔ったり遊んだりしてる最中に、急にフスマから恐い人が出てきて「俺の女に何してるんだよー!」と怒鳴られるドッキリであった。その時、山崎邦正は驚いたフリをした。その恐い人も実は会った事があるらしい。(2009年11月12日放送の『ダウンタウンDX』より。本人談。)

[編集] 『ボキャブラ天国』

  • タモリのSuperボキャブラ天国内のコーナー「ボキャブラ発表会 ザ・ヒットパレード」に1回目から出演。
  • キャッチフレーズは当初『1000のあいさつを持つ男』だったが、中期から『リトルパンチドランカー』に変更された。
  • オチだけでなく冒頭の挨拶でもボキャブラを披露するというスタイルを最初から最後まで貫いた。
    • 第3回目(3回連続出演)のヒットパレードでは「前回のイチバン」だったフォークダンスDE成子坂や初登場の爆笑問題X-GUNを抑えて第1位に輝くも、その後は「カス」もしくは下位になる事が多くなり、2度と1位に輝く事は無かった。
  • ヒットパレード後期からはルール変更に伴い過去の成績が乏しくなかったり出演が滞っていた芸人は「めざせ君」という扱いになったが、それまで登場した全68組から選ばれた13組の「レギュラー」の地位に留まる事が出来た。なお、この後のシリーズ「タモリの超ボキャブラ天国」には出演していない。
  • 収録中のスタジオに乱入した事もある。そこで「挨拶ボキャブラ10連発」を披露して、そのまま客席に陣取る。その後「夜のボキャ天」では、ついにヒロミの横に陣取りネタの面白さに関わらず、ヒロミの大玉ボタンを勝手に押しまくってヒロミに怒られている。

[編集] 『天才てれびくん』

  • それまで同番組では大人の司会者は子供達をサポートし指揮していく立場にあったのだが、山崎だけは例外であり、ほぼ一貫してへたれキャラで通し、子供達からもイジられたりオチ的役割にされる事も多く、その分子供達がしっかりしていく反面教師的な面が見られた。加えてその親しみやすい雰囲気や子供達と距離を置かない接し方は、子供達が萎縮し構える事無く個性を存分に発揮できる環境を提供し、番組の雰囲気を非常に良いものとした。
  • 当時子役として共演していたウエンツ瑛士と隅田川の花火大会へ行った時、芸能界を辞めようとしていたウエンツ瑛士は、山崎の「結婚することになってん。嫁のお腹に子供がおるんやけど、ウエンツは俺の息子みたいなもんやから、子供が生まれたらお前の妹ができるな」という言葉を聞いて感動し、再び芸能界で頑張る気になったという。その頃の出演者の中に大沢あかね福田亮太等もいる。

[編集] 『なるトモ』

  • 番組内で日清食品と番組のコラボレーションとしてオリジナルの即席カップめんを作るという企画があり、その中の一種『なるトモ!焼きそば』の内容考案に携わった。商品ラベルには陣内やなるみの隅に小さく山崎の姿も描かれている。
  • 月曜レギュラーメンバーからメッセンジャー黒田陣内智則の3人で「チーム邦正」というグループを結成し、度々ロケを行っているが、内容が過酷になると逃亡する事もあった。
  • ロケ中におみくじで「平(へい)」を引き当てた事がある。(平は「十二直」と呼ばれる古い吉凶判断における最も縁起のいい結果)
  • 2008年9月23日放送の「陣内智則卒業スペシャル」では、エンディングにサプライズプレゼントとして「永遠にともに」を号泣しながら歌った。最初は笑っていた出演者やスタッフも段々とつられて泣き出し、皆で涙の卒業となった。

[編集] 他のテレビ番組

  • 包茎手術の療養の為にレギュラー出演していた『なりたぁ~い!』を一回休んだ事がある。
  • 「ガキの使い」以外のレギュラー番組にはネクタイなしのスーツ姿のファッションで出演する事が多い。
  • お笑いワイドショー マルコポロリ!』では、芸人リポーターとして隔週レギュラー出演。司会の東野幸治を除き、他の出演者は吉本興業の後輩芸人達が多数を占める為、ここではヘタレキャラというよりも、東野に次ぐ番組ナンバー2のポジション(芸人リポーターキャプテン)で、積極的にツッコミやいじり役に廻るという珍しい姿を観る事が出来る。
  • 名古屋の神社で番組収録をした際、一緒にロケをしていた雨上がり決死隊おみくじを引き、宮迫博之が小吉、蛍原徹が中吉で流れとして「大吉」か「大凶」のおみくじを引くことが期待されたが、実際に引いたのは印刷ミスが原因と思われる何も書かれていない白紙だった。
  • 2000年9月から2003年8月にかけてテレビCMやドラマにもなった「明日があるさ」シリーズには、ガキの使いメンバーでは唯一山崎邦正だけが連続で出演をしていない。当初山崎には出演者達が勤める会社の『清掃員』という役柄が設定されていたが、後輩のココリコが「社員」役なのに対し自分が「清掃員」というキャスティングが気に入らず、当時レコーディングしていた「学級王ヤマザキ」の主題歌作りを理由に出演を断った。後にこのシリーズがドラマ化すると『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』内において上記エピソードの告白とともに、出演拒否を後悔したと吐露した。
    しかし、そのドラマの中で『ガキの使い』のロケに浜田が道端で遭遇するシーンでは実際の山崎役として出演している(浜田役は全くの別人。浜田が話しかけるとタバコを投げられる)。
  • テレビ東京の「ド短期ツメコミ教育!豪腕!コーチング!!」内の「芸能人こそ東大へ行け!」プロジェクトで東京大学を目指したが、センター試験の受験科目を間違えて、無資格で終わる。
  • めちゃ×2イケてるッ!の企画で、2004年に放送された27時間テレビ内の「ザ・ココイチテン!」に山崎が出演した際、自信満々に披露した浜田省吾のモノマネを周りの後輩芸人やめちゃイケメンバーらに批判され、山崎が画面アップで逆にかみついた場面が、同番組での27時間中の最低視聴率をマークしたシーンだったことを告げられ、翌日の産経新聞に謝罪文を掲載した。
  • ネプリーグでは、漢字の読みを答える『ファイブツアーズ』のみ他問題での座席順に関係なく一番手を務めており、「元祖天才漢字少年」を自称している。一度、全問一人で答えられるとしてネプチューンら他の回答者全員に寝ているように促したが、惜しくも全問正解は出来なかった。
  • 2005年9月21日『笑っていいとも』のテレフォンショッキングのゲストとして出演した際、作家の中村うさぎとの共著で人生悩み相談本を出版したことから、タモリに「何か悩みタモリさん言うてください」と言ったところ、突然観客の男が「タモリさん、いいともが年内終了するって本当なんですか?」と話し掛け出した。山崎はすかさず立ち上がって「ちょっと待ってください!ものすごいびっくりしてんけど!何?いいとも年内終了!?」と突然の出来事に慌てふためいた。タモリは冷静に「いや聞いてないですよ。違うんじゃないですか?」と返答。しかし男は同じ質問を繰り返し、客席は異様なムードに包まれた。客席の男性がスタッフに退席させられると、タモリは山崎に「お前が連れてきたんだろう!」と言い放ち、山崎が「連れてきてないですよ!」と言うと、タモリに「連れてこなくてもお前が来るから変なやつが一緒に来るんだよ!」、「お前が(変な人を)呼び寄せるオーラがあるんだよ!」などと突っ込まれた。さらにタモリが「CMがあけたらあそこ(客席)にクマのぬいぐるみが座ってます。」と冗談まじりに言い、さらに「(コーナーがむちゃくちゃになって)どうしてくれんだよ!」と山崎を責め立てると、山崎が「どうしてくれんだよって、僕が言いたいですよ!(テレフォンショッキング)初登場で楽しみにしてたのに。」と言うと、このタイミングでCMへいくことになり「えーっ!なんやねん!」と絶叫。そしてCM明け、本当に客席に置かれたクマのぬいぐるみが映し出されると「クマが…クマが座ってた!(笑)」と山崎とタモリは爆笑した。(番組側の説明によると、実際の所はこのままでは番組の進行にも支障をきたすと思われた為、男に理解してもらった上で退席という処置をとったとする)
  • お笑い芸人の中では歌が上手い方であり、お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャルでも決勝に残った事がある。しかし審査員の1人小川菜摘は、歌い終わった後のどや顔(上手だろという表情アピール)が気に入らず「それをする限りはポイントは入れない」と言われ、その為かここ最近は1、2回戦落ちが多い。対戦相手に圧力をかけたりしたとネタで言われることが定番となっている。そして2009年5月19日放送分で、8回目の出演で念願の優勝の栄冠を手にした。
  • アメトーークのサウナ好き芸人の中の1人として出演したが(他に山口智充(企画発案者)、博多華丸竹山隆範サバンナ高橋が出演)、水風呂が苦手、更には座る場所は入り口側を避ける理由を冷たい空気が入って直ぐに出たくなるので、なるべく出ない様にという理由であり(他の出演者は温度変化の関係が理由で、こだわりを持っている)、結果あまりサウナが好きではない事が判明。他の4人にサウナの熱を出す石の上に乗せられてしまうが(セットであり、熱くない)、熱そうなリアクションをとるものの、背中が少し汚れただけでスベった感じになってしまう(計2回やったが2回ともスベり気味であった)。またウォータークーラーで給水するシーンが度々見られた。
  • 2009年2月6日放送の「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」に「他人の子どもへのゲンコツを認めます」のマニフェストを掲げて出演。奮闘したが途中言葉に詰まったり、反対側の反論に上手く言い返せないなどの失態を露呈し、これが響いたか賛成7、反対15で否決される(最初は賛成10、反対12)。しかし視聴者からの投票では賛成65%、反対35%と過半数を超える支持を集めている。
  • やりすぎコージーの企画「俺の傷」やりすぎ九死に一生スペシャル!の収録をやった際、隣のスタジオで別番組に出ていた山崎がやりすぎのスタジオを覗いたら、出演者が包帯ギプス姿だった為「みんなどうしたん?」とびっくりしていた。これは過去に怪我をした所に包帯やギプスを巻き、当時の事を話す企画であったが、事情を知らない山崎が真に受けた形である[4]
  • 2009年4月5日放送の「DOORS 2009春」ではいつものへたれキャラから一転、全8アトラクション中3アトラクション1位(第1アトラクション「ウォーターバイク300」がナイナイ岡村との同時優勝、第4アトラクション「ミラクルヒュースポン」は賞品の車こそ入手していないがクリア者として認定、第6アトラクション「アルカノイド」が個人優勝)と同番組唯一の複数競技優勝者となっている。

[編集] 持ちギャグ

  • 『マー!』(最初期のギャグ。最初に『マーやります』と断ってから披露するため、鉄板でスベる)
  • 『きぇ~』(娘が考案。たむらけんじのギャグ『ちゃ~』に対抗して使用)
  • 『イエィ・イエィ・イエィ~!』(松本人志が使用した事で一時期ブームになり、当時は松本のギャグとして認知されてしまっていた)
  • 『おしりおしりー!』(元は雨上がり決死隊宮迫博之のギャグ。ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!のコーナー「山崎邦正スケールが小さい裁判」によると、ウンナンの炎のチャレンジャーのコーナー「コミカルヒャックマン」において、宮迫が「小学生に受けるギャグ」としてこれを即興で行い、見事に爆笑を受けていたシーンを見た山崎が、天才てれびくんでこのギャグを宮迫に無断で使用、さらにその放送を宮迫に見せながら「このギャグよこせ」と迫り、仕方なく宮迫はこのギャグを封印。事後承諾の形で山崎のギャグとなったという経緯があったとされる)
  • 『やーーーン!!』
  • 『この腹を見ろ!!』
  • 『よっしゃ、こー! オッケ、カーム!』
  • 『関~係~ないから~ 関係ないから~』(小島よしおの「そんなの関係ねぇ!」から台詞を、永井佑一郎のギャグ[1]からリズムを使用するというダブルパクリである。後に上記の『おしりおしりー!』と同じくガキの使いでの「山崎コソ泥裁判!!」において小島らによりパクリであることが暴露された。結果、有罪となった山崎は罰(蝶野正洋からのビンタ)を受け、この『関~係~ないから~』を含む多くのネタを封印させられた。
  • 『山ちゃん、やったじゃああ~~ん』(雨上がり決死隊の「アメトーク」で初披露)
  • 『ぼくは、ハネムーンベイビーやね~ん!!』
  • MBSラジオオレたちやってまーす木曜日内において募集したリスナー発信のギャグ
    • 『タレントオーラ出まくり、山崎邦正です!』(様々な番組にて登場時)
    • 『みゅう?』(テレビ東京系列スキヤキ!!ロンドンブーツ大作戦内)
    • 『怒った! 怒った! 怒った、ゾーウの鼻でチョン!』(フジテレビ系列めちゃイケてるッ!内)
    • (囁くように)『まいまい、ままーい、まーい、まい。まいまい、ままーい、まーい、まい。山崎ぷーにゃん、山崎ぷーにゃん、明日朝早いから早くジャージに着替えて寝んとあかんわ。 まいまい…(以下繰り返し)』(フジテレビ系列めちゃ²イケてるッ! 内)
  • 『いーとー巻き巻きいーとー巻き巻き、巻いて巻いてー…チキンラーメンどーんぶり!!』本来前半と後半は『いーとー巻き巻きいーとー巻き巻き、巻いて巻いてー…ウルトラソウルッ!!』と『のこったのこった!のこったのこった!はっけよ~い…チキンラーメンどーんぶり!!』という全く別のギャグであったが、もとの2つよりもウケなくなっている。
  • 『蝶野ビンタ』蝶野正洋ビンタをされる。

[編集] テレビ

[編集] 現在の出演番組

[編集] 過去の出演番組

[編集] ドラマ

[編集] 洋画

  • チャイルドプレイ/チャッキーの種(チャッキー) *DVD版

[編集] CM

[編集] ラジオ

[編集] 現在の出演番組

[編集] 過去の出演番組

[編集] 映画

[編集] オリジナルビデオ

[編集] 出版物

[編集] 関連の項目・人物

[編集] 脚注

  1. ^ 2003年4月25日にテレビ東京系列で放送された『最高!ブギウギナイト』での本人発言。
  2. ^ 東奥日報・2008年12月22日朝刊、スコップ三味線"世界大会"開催(Web東奥)
  3. ^ 「QuickJapan」82号での東野幸治の発言。
  4. ^QuickJapan」82号より。

[編集] 外部リンク

お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル王者
第14回
TKO
第15回
山崎邦正
第16回
渡辺直美

最終更新 2009年11月13日 (金) 08:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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