山東昭子
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(さんとう あきこ) |
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|---|---|
| 生年月日 | 1942年5月11日(67歳) |
| 出身地 | 東京府(現・東京都) |
| 出身校 | 文化学院大学部文学科 |
| 学位・資格 | ‐ |
| 前職 | 女優・声優・タレント |
| 所属委員会 |
参議院副議長 |
| 世襲 | 無 (大叔父:児玉亮太郎) |
| 選出選挙区 | 比例区 |
| 当選回数 | 参6回 |
| 所属党派 | (自由民主党→) 無所属(番町政策研究所) |
| 党役職 | ‐ |
| 会館部屋番号 | 参・議員会館224号室 |
山東 昭子(さんとう あきこ、1942年5月11日 - )は、日本の政治家。元女優・声優・タレント。東京都世田谷区出身。
参議院副議長。元国務大臣科学技術庁長官。自由民主党所属参議院議員だが副議長就任により会派を離脱し無所属。
大叔父は元衆議院議員の児玉亮太郎(1872年 - 1921年10月25日)[1][2]。祖父の従兄弟に元紀陽銀行頭取の山東永夫がいる。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 芸能活動
作曲家・團伊玖磨の紹介で11歳で芸能界入り。東映と専属契約を結び、約70本の映画に出演する。その後フリーとなり、テレビ、ラジオ、吹き替えなどで活躍。
頭の回転が速い才女として知られ、『クイズタイムショック』では5週連続勝ち抜きを達成。「クイズの女王」と称された。
[編集] 政治活動
1974年、時の首相・田中角栄に請われ第10回参議院議員通常選挙に全国区から自由民主党公認で出馬。全国第5位・125万票の大量得票で32歳の最年少参院議員として初当選。いわゆるタレント議員のはしりである。同期初当選組には、NHKアナウンサーの宮田輝、大蔵官僚の鳩山威一郎、経済評論家の斎藤栄三郎、青年実業家の糸山英太郎、女優の山口淑子らがいた。
1980年(全国区)、1986年(比例区)の参院選でも連続当選を果たすが、1992年の参院選では比例区の名簿下位のため落選。1995年田辺哲夫の死去に伴い繰上当選。1996年の総選挙では神奈川6区から衆議院にくら替え出馬するも落選。しばらく政治活動から遠ざかっていたが、2001年の参院選で比例区から出馬し返り咲き、2007年の参院選でも再選を果たした。現職参議院議員として最多の当選6回を数える。
[編集] 入閣
1990年12月から1991年11月まで史上6人目・最年少(当時)の女性大臣として第2次海部内閣の科学技術庁長官を務めた。
[編集] 活動実績
教育・生活福祉が専門で環境・科学技術の分野にも明るい。自由民主党食育調査会長として、議員立法「食育基本法」を制定したことでも知られる。
またプロゴルファーの石川遼が通学する杉並学院の理事長も歴任。趣味も幅広く、ゴルフの腕には定評がある。
[編集] 副議長就任
2007年、第21回参議院議員通常選挙で自民党が大敗し第二党となった。このため自民党から副議長を出すことになり、第167回国会で女性では初の参議院副議長に就任した。野党第一党の民主党から参議院議長が就任する中、難しい議院運営を迫られる(なお、河野洋平、江田五月、山東昭子と、閣僚歴のある衆参正副議長は全員科学技術庁長官経験者である)。
議長や副議長は突発的な国会開会など不測の事態に備え国外渡航を自粛するのが慣例だが、第168回国会開会中の2008年年始、国会が自然休会状態である中、ダニエル・イノウエ上院議員との会談のためハワイ州ホノルルへの個人渡航を参議院議院運営委員会に対し申請し、物議を醸した[3]。
2008年1月、いわゆるねじれ国会における与野党の激しい攻防の中、河野・横路衆院正副議長、江田参院議長とともに国会正常化に向けて、衆参正副議長・与野党幹事長会談を行なった。[4]
[編集] 現職
- 参議院副議長
- (財)日本健康・栄養食品協会 会長
- (財)聴覚障害者教育福祉協会 会長
- (財)日本食生活協会 顧問
- (社)日本炊飯協会 理事
- (社)全国建築物飲料水管理協会 副会長
- 日本折紙協会 会長
- NPO法人 日本ネイリスト協会 名誉会長
- NPO法人 日本てまり文化振興会 理事長
- 東京恵比寿ロータリークラブ 会員
[編集] 略歴
- 1974年 - 参議院議員に初当選
- 1978年 - 環境政務次官(第一次大平内閣)
- 1979年 - 環境政務次官(第二次大平内閣)
- 1983年 - 自民党環境部会長(~1986年)
- 1984年 - 自民党婦人局長(~1986年)
- 1987年 - 参議院環境特別委員長
- 1989年 - 参議院外務委員長
- 1990年 - 国務大臣科学技術庁長官(第二次海部内閣)
- 2004年 - 自民党両院議員総会長(~2007年)
- 2004年 - 自民党食育調査会長(~2007年)
- 2006年 - 参議院議員在職25年の永年勤続表彰
- 2007年 - 参議院副議長
[編集] エピソード
- 既に自民党参議院議員となっていた1982年、俳優の上原謙と2人で温泉につかるシーンで女優の高峰三枝子が豊満な胸の谷間を大胆に披露したことで話題となった国鉄(現・JR)の「フルムーン」のCMについて、「シリコンを入れた年寄りの胸など見たくない」と発言、波紋を呼んだ。
- 1987年、参議院環境特別委員長を務めていた時、ゴルフ番組「ゴルフだよ人生は」(テレビ東京)の収録で公害健康被害補償法に関する本会議を欠席したことが問題となり、わずか2ヶ月で委員長辞任に追い込まれた。
- 2007年、参議院予算委員会で、農水相松岡利勝(当時)の光熱水費問題に関し「最近の大臣をめぐる報道にはうんざりしている」「一部野党議員のパフォーマンスもいかがかとは思うが、早く職務に専心できるよう姿勢を正してほしい」などと与党らしからぬ厳しい注文をつけた。
- 自民党両院議員総会長として出席した2007年6月5日の自民党役員連絡会で、年金記録不備問題における厚生労働大臣柳澤伯夫の国会答弁に対し、「うわべだけで心がこもってない」「国民が(テレビなどで)見ているので改めるべきだ」と批判した[5]。
- 2008年、参議院本会議で、未婚の日本人父親と外国人母親との間に生まれた子供が後に認知されれば日本国籍を取得できるようになる「国籍法」改正案の採決に棄権し、ほとんどの自民党議員が賛成にまわる中で保守系政治家としての筋を通した結果となった。
- 本人は独身だが、ベトナムの劣悪な環境下に生きるストリートチルドレンの里親になっている。
[編集] 主な作品
[編集] ラジオドラマ
[編集] 映画
- 旗本退屈男 謎の蛇姫屋敷 (1957年)
- 少年猿飛佐助 (1958年)
- 特ダネ三十時間シリーズ (1959年から)
- 月光仮面 幽霊島の逆襲 (1959年)
- 富獄秘帖 完結編 (1959年)
- 暴れん坊一代 (1962年)
- 赤い鷹 (1965年)
- RAMPO (1994年)
- 手紙 (2003年)
- しの (2003年)
[編集] テレビドラマ
- 第75話「殺人者の館」(1966年)
- 第78話「宝を抱いて地獄へ行け」(1966年)
- 第87話「檻の中の女」(1966年)
- 第118話「大泥棒一家」(1967年)
- 第130話「結婚サギ師の多忙な生活」(1967年)
- 第145話「私の愛した死体」(1968年)
- 第173話「幽霊の招く館」(1968年)
- 第186話「奥様は泥棒稼業」(1968年)
- 第203話「怪談・呪いの館」(1969年)
- 第225話「嫁と姑がうまくいく方法」(1969年)
- 第320話「ボウリング場殺人事件」(1971年)
- 渥美清の泣いてたまるか 第28話「ある結婚」(1967年、TBS・国際放映)
- マイティジャック 第3話「燃えるバラ」(1968年、フジテレビ・円谷プロ)
- プロファイター 第3話「冷たい肌の女」(1969年、日本テレビ・宝塚映画)
- 大岡越前第2部 第6話「権三と助十」(1971年、 TBS・C.A.L)
- さぼてんとマシュマロ(1971年 - 1972年 、日本テレビ)
- 太陽にほえろ(1972年、日本テレビ ・東宝)準レギュラー、新聞記者役
[編集] 吹き替え
- ジューン・アリソン作品
- グレン・ミラー物語
- 看護婦物語(ジナ・ベシューン)
- 鬼警部アイアンサイド(バーバラ・アンダーソン)
- スパイ大作戦(バーバラ・ベイン)
- 刑事コロンボ・死者の身代金(リー・グラント)
- 女刑事ペパー・アンダーソン(アンジー・ディキンソン)
- キングコングの逆襲(1967年 東宝、リンダ・ミラー)
- ヒッチコック・アワー 第12話「二日酔い」
[編集] バラエティ
- クイズタイムショック (テレビ朝日系列 番組初の5週勝抜きチャンピオンで100万円を獲得した)
- 底ぬけ脱線ゲーム (日本テレビ系列)
- 東芝ファミリーホール特ダネ登場!? (日本テレビ系列)
- クイズアクション (NETテレビ系)
- そっくりショー (日本テレビ系列)
[編集] レコード
- 愛の渇きに/愛の小径
[編集] 脚注
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代: 今泉昭 |
第27代:2007年 - |
次代: 現職 |
| 官職 | ||
| 先代: 大島友治 |
第46代 : 1990年 - 1991年 |
次代: 谷川寛三 |
最終更新 2009年11月12日 (木) 10:07 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【山東昭子】変更履歴

