山田春雄
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山田 春雄(やまだ はるお、本名:山田 鉱次郎(やまだ こうじろう)、1889年 - 1964年6月27日)はヤクザ。テキヤ系。東京・浅草が地盤。屋号は山春。ヤクザ引退後の通称は「隠居」。
[編集] 芸界との関係
講談の大立者三代目神田伯山に私淑し、生前から「神田会」会長を自称、後見人として君臨。三代目死後、三代目の墓を自費で建て、芸界の者は誰も逆らえない存在となっていった。
と書くとスポンサーのようであるが、実際には、日頃から芸人に細々とした用を言いつけ(あたかも使用人のごとく使い)、神田派に対する超然的発言権をもとに名跡を差配し、ドル箱となる襲名興行の権利とご祝儀を独占した…(つまり講談師をダシにして金儲けをしていた)というのが実際のところである。神田派の講談師はこのからくりに気づいていたが公然とは逆らえず、山春が薦める襲名話を断ることで消極的に非協力の態度を表した。
二代目神田山陽を神田派に入れたのも、プロの芸人にした(8代目桂文楽の弟子ということにさせた)のも山春である。つまり大恩人であった。しかしその二代目山陽と、マネートラブルで絶縁した。山春は芸人のスポンサーでなく、逆に山春にとって芸人は“山春の金を生み出す機械”にすぎないのだから当然であろう。しかし二代目山陽にとって一番カネが必要な時期に不義理をされたという事実は堪えるもので、生涯の絶縁を決意させるに十分であった。しかし、絶縁の直接のきっかけは、襲名を巡る行き違い(山春は、彼に神田伯山(の四代目)を継がせようとしていたが、彼がそれに逆らって神田山陽(の二代目)を襲名したこと)にあった。
神田の亭号を名乗る講談師は各協会に分かれているが、六代目伯龍の死(2006年)後は、全員が、二代目山陽の門弟(あるいは元門弟)であり、つまり山春の影響下にある者はいない。
他に、山春と非常に親しく、「兄貴」として慕っていた芸人は林家彦六・桂三木助 (3代目)などがいる。
伊藤光雄(鈴本)との間で信じられないようなエピソードがある。
[編集] 山田春雄関連の書籍
- 竹中労、かわぐちかいじ『黒旗水滸伝 大正地獄篇 上巻』皓星社、2000年、ISBN 4-7744-0282-6
- 竹中労、かわぐちかいじ『黒旗水滸伝 大正地獄篇 下巻』皓星社、2000年、ISBN 4-7744-0283-4
最終更新 2009年8月8日 (土) 13:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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