山田隆夫

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山田 隆夫(やまだ たかお、本名・山田画像:Takamune-taka.png夫(異体字標記)、1956年8月23日- )は 東京都江東区深川出身の日本タレント歌手映画俳優落語家プロボクサー(四回戦)。血液型O型。5代目鈴々舎馬風門下で高座名は鈴々舎鈴丸(れいれいしゃ すずまる)。

目次

[編集] 来歴・人物

[編集] 生い立ち

東京都江東区深川出身。10歳の時、フジテレビの『ちびっこのどじまん』でデビュー。その後複数の番組に出演し、1970年からは日本テレビの『笑点』の「ちびっ子大喜利」コーナーにレギュラー出演した。 

[編集] ずうとるび

「ちびっ子大喜利」コーナーの座布団10枚獲得記念賞品がレコードデビューということで、1973年ずうとるびのメンバーとして歌手デビューし活躍する。ずうとるび在籍時代には歌手として第26回NHK紅白歌合戦に出場。その後日本大学豊山高等学校を卒業する。

[編集] ずうとるび脱退

1977年、結婚を機にずうとるびを卒業する。建前上は結婚のため卒業となっているが、実際は山田自身の意思による脱退であった。この頃、ずうとるびの音楽的方向性の考え方の相違から、他のメンバーとは険悪な状態になっていたのである。

山田はモンキーズのようなポップ色の強いバンドを目指していたが、他のメンバーはバンド名の由来ともなったビートルズのようなロックバンドを目指していたことから口論や喧嘩も絶えなかったと、後に日本テレビ系番組『壮絶バトル!花の芸能界』にて明かしている。山田がモンキーズを目指していたことは、ずうとるびのシングル「恋の夜行列車」からも読み取れる。この曲は山田自身の作詞・作曲であるが、これはモンキーズのデビュー曲である「恋の終列車(Last Train To Clarksville)」からヒントを得たものである。

[編集] 『笑点』の「座布団運び」として

大喜利の座布団運び役として有名。松崎真に続き、1984年10月7日に『笑点』大喜利での6代目座布団運び役に就任し活躍(山田の色紋付は前任者松崎の濃い目のと違い、若干オレンジ気味の朱色である)。定紋は『剣かたばみ』。

年齢的にはベテランながらいつまでも下働き的な役目をしていることから、後輩から指示されたり馬鹿にされたりしてそれに反発するキャラクターを務めている。なお芸歴上は桂歌丸林家こん平林家木久扇三遊亭好楽以外は後輩にあたる。

最も仲の良いメンバーは8歳年下であるたい平ともいわれる。実際、2006年1月1日の『大笑点』での50kmマラソンのゴール後、笑点メンバーで唯一泣いていたのはたい平であり、2人はお互いに抱き合った。

笑点メンバーは基本的に山田より年下の昇太・たい平を除いて全員「山田」と呼び捨てである。が、好楽・小遊三が司会をやった時は2人とも山田のことを「隆夫ちゃん」と呼んでいた。また、昇太とたい平が司会をやったときは共に「山田さん」と呼んでいた。

江戸川区在住時代は圓楽から「江戸川のスター」と紹介されることが多かった山田だが、東京都の区画整備により高圧鉄塔が立つために立退き、横浜市に引っ越した。新居落成時には、番組でメンバーのお宅訪問が行われた。新居はかなり立派な外観であり、内装も中々のもので、山田本人は「座布団御殿」と呼んでいる。

なお、笑点には座布団係に徹するために本名で出演しているが、馬風に入門し、落語家として「鈴々舎鈴丸」という名を持っている。入門のきっかけは笑点の座布団係になった事で、落語での世界のしきたり・作法や立ち振る舞いなどを勉強する意味で、落語家修行を始めたものである。が、「大喜利メンバー入り」の意思を宣言しており、たまに大喜利で答えることもあることから(その際、歌丸からは「楽屋で座布団2枚敷いていなさいね」などと諭される)、そのために弟子入りしたとも考えられている。しかし、現段階では前座にすらなっていないし、師匠が会長を務める落語協会の会員ではない。

2009年11月8日の笑点(三遊亭圓楽追悼番組)の「円楽さんを送る大喜利」の中で、「円楽師匠聞こえてますか?」→「聞こえるか~い?(桂歌丸)」の後の答えで、「師匠、ありがとうございました」と涙を浮かべながら答えた。

大喜利でのキャラクターについては「大喜利 (笑点)#山田隆夫(6代目座布団運び)」を参照

[編集] 俳優活動

映画俳優として、1987年アメリカ映画太陽の帝国』(スティーヴン・スピルバーグ監督作品)に出演。このことは後に『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』で取り上げられた。これに伴い、当時山田は役作りのために坊主頭になっている。なお、坊主頭になった当時一日署長を務めたことがあり、そのときの写真が「映画出演のために坊主になった」という理由付きで笑点40周年記念本に収録されている。

[編集] 出演

[編集] 主なドラマ出演

[編集] 映画

[編集] CM

[編集] バラエティ

[編集] その他

[編集] その他

  • 声優としてサンリオ製作の人形アニメ映画『くるみ割り人形』に出演(シュヌルル役)。
  • 部員として林家こん平が監督するらくご卓球クラブに所属。
  • 結婚歴は2回。前妻との間に娘2人、現在の妻との間に息子1人、娘1人いる。その為子だくさんをネタにされる(前妻との結婚式は、当時東京12チャンネルで放映された番組『スーパーカークイズ』内で行われた)。前妻と後妻は漢字は違うものの、同名である(『笑点』HP上の用語集によると、前妻が「圭子」、現妻が「恵子」と標記されている)。
  • ずうとるび卒業後プロボクサーのライセンス(プロボクシングC級ライセンス)を取得した。
  • ずうとるび時代から、土地を買って不動産経営を始め、マンション経営で成功している(『ズバリ言うわよ!』出演時に公表)。
  • 認知症を患う母親をアパートに住まわせていたが、諸般の事情から母親の看護は姉に全て任せたため、母親が亡くなるまで山田自身は一度として見舞いに訪れなかったという。因みに、「笑点」の大喜利でたい平を突き飛ばして小指の靱帯を切った際、嫌な予感がしたと思ったら、そのとき母親が危篤状態で、そのまま息を引き取ったと笑点オフィシャル本の中で語っており、「身体を休めなさい」という母親からのメッセージが、小指の靱帯を切ったという形で現れたのではないかと本人は語っている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


先代:
松崎真
(1971年7月~1984年9月)
笑点」座布団運び
6代目
(1984年10月~ )
次代:
 
 

最終更新 2009年11月15日 (日) 08:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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