山脇正勝

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山脇正勝(やまわき まさかつ、嘉永2年(1849年) - 明治38年(1905年5月6日)は、幕末期の桑名藩士。後、新選組隊士。維新後、三菱社員。翻訳、上海支社社長。後、長崎造船所初代所長。旧名隼太郎(はやたろう)。変名、大河内太郎

桑名藩士山脇十左衛門(正軌)の子に生まれ、藩主松平定敬の小姓となる。

慶応4年(1868年)に戊辰戦争が勃発。鳥羽伏見の戦いに敗走し、江戸から父・十左衛門に同行して粕崎に到る。徹底抗戦派の藩主松平定敬の命により、同藩士高木貞作と共に恭順派家老吉村権左衛門らの粛清を決行した後、定敬を追って蝦夷地へ渡った。

箱館に着くと、高木らと共に土方歳三配下の新選組に入隊。箱館戦争に参戦する。

明治2年(1869年)5月15日、弁天台場にて新政府軍に降伏。

明治5年(1872年)に釈放後、家老粛清の追及を逃れるためアメリカに留学し、帰国後は三菱に入社。その後、長崎造船所所長を13年間務めて引退。

子孫に文化研究家バーバラ寺岡。

最終更新 2009年1月7日 (水) 11:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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