山賀博之
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山賀 博之 (やまが ひろゆき、男性、1962年3月23日 - )は、日本の映画監督・脚本家。ガイナックス代表取締役社長。新潟県新潟市生まれ。
監督作品として映画『王立宇宙軍〜オネアミスの翼』などが知られる。
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[編集] 略歴
新潟県立新潟南高等学校卒業、大阪芸術大学芸術学部映像計画学科(現・映像学科)中退。大学では真面目に授業を受けなかったと話す。当時は格安の寮に住んでいたが、あまりのひどさに母親に引っ越しさせられたという。
映画監督の庵野秀明とは同じ寮で知り合い、この時に初めてアニメーションに興味を持つ。当時はまだ大人がアニメを見ること自体考えられなかったらしい。イラストレーターの赤井孝美とは庵野の紹介で知り合う。同級生に劇団☆新感線の主要メンバーらがいたが、全く気づいていなかったという。
大学在学中から、ダイコンフィルムのメンバーとして自主制作アニメや映画に携わる。ゼネラルプロダクツを経て、岡田斗司夫らと共に株式会社ガイナックスを設立する。
1987年、映画『王立宇宙軍〜オネアミスの翼』で24歳(製作開始時)にして監督デビュー。脚本を書くトレーニングをしたことがまったくないのに、初めて書いてみたらそのまま完成したという。
監督にはどうすればなれるかと思い、淀川長治の本を読むと「同じ映画を十回観れば映画監督になれる」と書いてあったので、『がんばれ!ベアーズ 特訓中』を10回観て本当になってしまった、と語っている。
その顔立ちと写真映りの良さで、周囲から「アラブの皇太子」と呼ばれていた時期がある。島本和彦の自伝的漫画『アオイホノオ』でもそのように描かれている。
[編集] 関わったアニメ作品
[編集] 自主制作フィルム
- DAICON III OPENING ANIMATION(背景・演出)1981年
- DAICON IV OPENING ANIMATION(監督)1983年
[編集] テレビアニメ
- 超時空要塞マクロス(演出助手 / 第9話 絵コンテ・演出)1982年
- 小松左京アニメ劇場(脚本)1989年
- 新世紀エヴァンゲリオン(アニメーションプロデューサー)1995年 - 1996年
- まほろまてぃっく(監督・シリーズ構成 / 1~3、5、7、8、10~12話 脚本)2001年
- アベノ橋魔法☆商店街(監督・脚本)2001年
- まほろまてぃっく〜もっと美しいもの〜(監督・シリーズ構成 / 1、12、13話 脚本 / 14話 脚本・絵コンテ・演出)2002年
- ぷちぷり*ユーシィ(シリーズ構成)2002年
- この醜くも美しい世界(原案・シリーズ構成)2004年
- これが私の御主人様(企画)2005年
- 天元突破グレンラガン(企画・第16話 演出)2007年
[編集] 劇場映画
- 王立宇宙軍〜オネアミスの翼(監督・脚本)1987年
- 蒼きウル(原案・脚本) ※制作中断(1992年、1997年)
- 新世紀エヴァンゲリオン 劇場版 DEATH & REBIRTH シト新生(製作)1997年
- 新世紀エヴァンゲリオン 劇場版 THE END OF EVANGELION Air/まごころを、君に(製作)1997年
- 熱風海陸ブシロード(監督) ※制作中断(2005年)
- ワンダフルデイズ(日本語脚本・演出、主題歌日本語版歌詞)2005年
[編集] OVA
- 機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争(脚本)1989年
- 哭きの竜(脚本)
- トップをねらえ!(脚本)1988年
- トップをねらえ2!(企画)2006年
[編集] 関わった実写作品
[編集] 自主制作フィルム
- ウルトラマン(出演)1980年
- ウルトラマンDX(監督・出演)1981年
- 〔タイトル不明〕(監督)1981年
- 帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令(撮影協力)1983年
- 八岐之大蛇の逆襲(出演)1985年
[編集] 劇場映画
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年8月11日 (火) 15:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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