山越郡

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山越郡(やまこしぐん)は、北海道胆振国の人口6,624人、面積310.84km²、人口密度21.3人/km²。(2009年6月30日、住民基本台帳人口)

以下の1町を含む。

[編集] 沿革

江戸時代の山越郡域には、松前藩によってヤムクシナイ場所が開かれていた。江戸時代初期寛文9年6月に日高国域を中心に起こったシャクシャインの乱の際、クンヌイ(現長万部町国縫)において蝦夷軍(アイヌ)と松前藩との戦いが行われている。この戦いで、松前に攻め込むほどの勢いであった蝦夷軍が、鉄砲を主力とする松前藩の前に破れ形成が逆転、後に平定されている。

江戸時代中期安永2年長万部に飯生神社が創建される。

江戸時代後期、国防のため寛政11年山越郡域は天領とされた。享和元年に渡島国亀田郡にあったものを移転し山越内関所が設けられた。これは蝦夷地への武器の持ち込みなどを取り締まる日本最北の関所であった。文化2年稲荷神社(現在は由追(山越)に移転)が創建され、文化4年には諏訪明神社(現在の山越諏訪神社)が創建された。文政4年には一旦松前藩領に復した。また文政年間には山越内に円融寺の前身の阿弥陀堂が建立された。安政2年再び天領となり南部藩がヲシャマンベに陣屋(分屯所)を築き警固をおこなった。安政3年には山越内に堂宇が建立され翌4年には円融寺となる。和人の人口が増え、元治元年6月には長万部付近まで和人地となっていた。慶応2年長万部に善導寺が創立される。1869年に山越郡が置かれる。北海道胆振国に含まれた。

[編集] 参考文献

  • 内務省衛生局保健衛生調査室編『各地方ニ於ケル「マラリア」ニ関スル概況』1919年(大正8年)発行(2008年1月21日現在、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年9月9日 (水) 06:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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