山鹿市
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山鹿市(やまがし)は、熊本県の北部に位置する市である。山鹿温泉や山鹿灯籠まつりで知られる。
目次 |
[編集] 地理
熊本県の北部の内陸部、熊本市から北側へ約30km、福岡市から南南東へ約90kmの場所に位置する。市の北部から北東部にかけて福岡県と接しており、市の東端部ではわずかに大分県と接している。中央部よりやや南寄りにある中心市街地から南部(旧菊鹿町)にかけては盆地となっている。市北部から北東部の県境付近は九州山地の一角を占めており、北部(旧鹿北町)の福岡県との県境には姫御前岳(596m)、北東部(旧菊鹿町)の福岡県・大分県との県境付近には国見山(1018m)、八方ヶ岳(1052m)といった山々がそびえる。河川としては、菊池川が中心部を流れる。
[編集] 隣接する市町村
[編集] 歴史
[編集] 中世以前
- 景行天皇の時代 - 山鹿灯籠の創始にまつわる伝説がある
- 古墳時代 - 市内には5世紀~7世紀のものとみられる古墳が点在し、この時代に人々が住み着いていたことがわかる。
- 8世紀前半 - 「筑後風土記」に「肥後国山鹿郡荒爪山」との表現がみられる。これが「山鹿」の名の初出とされる。
- 12世紀中頃 - 山鹿温泉の発見により、温泉町としての性格を帯びる。
- 中世 - 菊池氏が地域一帯を支配するが、菊池氏の没落後、めまぐるしく変動する。
- 1587年 - 肥後の国衆一揆により戦乱に巻き込まれる。
- 物資の集散地として発展
- 中世期の山鹿は、各地の集落の産物の集散地域として、菊地川の港を有する市場と湯の町とが結びついた。今日に至る山鹿市(旧市)の骨格はおおむねこの時代に形成された。
[編集] 近世
- 18世紀 - 山鹿大橋(現在の国道の橋とは別)の完成により温泉地としてさらに賑わった。この頃、特産物である山鹿傘製作なども盛んになった。1763年の「山鹿湯町絵図」には町屋、寺院、茶屋等合わせて約500戸が描かれており、当時の繁栄ぶりがわかる。
[編集] 近現代
- 明治時代~戦前
明治以降、各種行政機関が立地し「地方行政の中心」としての位置づけが強まった。中心街には「さくら揚」が設置されるとともに、参勤交代路が国道3号となった。山鹿温泉大改築、山鹿鉄道の創立、八千代座の建築の3つを総称して山鹿の「明治の三大改革」とされる。
- 1870年(明治3年) - 温泉の大改築
- 1877年(明治10年) - 西南戦争において薩摩軍が陣を構える
- 1896年(明治29年) - 山鹿鉄道株式会社創立
- 1908年(明治41年) - 電話が通じる。熊本市に次いで熊本県内2番目であり、当時、遠方との連絡を要し財力も有した商家が多かったことがわかる。
- 1911年(明治44年) - 八千代座の開場
- 1923年(大正12年) - 鹿本鉄道(のちの山鹿温泉鉄道)が開通
- 太平洋戦争中 - 戦災も受けずに済んだことから、街の構造が現在に受け継がれている。
- 戦後
- 1960年(昭和35年) - 山鹿温泉鉄道休止(5年後の1965年に正式廃止)
- 1975年(昭和50年) - 中心部の再開発により共同湯「さくら湯」取り壊し(破風のみ残存)
[編集] 行政体の変遷
- 1954年4月1日
- 【新設合併・市制施行】鹿本郡山鹿町・大道村・三玉村・八幡村・三岳村・平小城村・川辺村・米田村⇒山鹿市
- 【新設合併】岩野村・岳間村・広見村⇒鹿北村
- 1955年4月1日
- 1955年7月1日 【新設合併】米野岳村・千田村・山内村⇒鹿央村
- 1963年12月1日 【町制施行】鹿北村⇒鹿北町
- 1965年10月1日 【町制施行】菊鹿村⇒菊鹿町
- 1965年11月1日 【町制施行】鹿央村⇒鹿央町
- 2005年1月15日 【新設合併】山鹿市、鹿本郡鹿央町・鹿北町・鹿本町・菊鹿町⇒山鹿市
[編集] 産業
- 市内総生産 1,681億円(2004年度)
[編集] 特産品
- 山鹿灯籠
- 来民の渋うちわ
- 鹿北茶
[編集] 山鹿市に本社を置く主な企業
[編集] 山鹿市に拠点を置く企業
[編集] 行政
[編集] 市役所
- 本庁・山鹿総合支所(旧山鹿市役所)
- 鹿北総合支所(旧鹿北町役場)
- 菊鹿総合支所(旧菊鹿町役場)
- 鹿本総合支所(旧鹿本町役場)
- 鹿央総合支所(旧鹿央町役場)
[編集] 地域
[編集] 人口
| 山鹿市と全国の年齢別人口分布 | 山鹿市の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
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■紫色 ― 山鹿市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 教育
[編集] 高等学校
[編集] 中学校
- 市立
- 山鹿中学校
- 鶴城中学校
- 鹿北中学校
- 菊鹿中学校
- 鹿本中学校
- 米野岳中学校
[編集] 小学校
- 市立22校(うち分校2校)
- 山鹿小学校
- 米田小学校
- 川辺小学校
- 八幡小学校
- 平小城小学校
- 三岳小学校
- 三玉小学校
- 大道小学校
- 岳間小学校
- 岩野小学校
- 広見小学校
- 内田小学校
- 矢谷分校
- 山内分校
- 六郷小学校
- 城北小学校
- 来民小学校
- 稲田小学校
- 中富小学校
- 千田小学校
- 米野岳小学校
- 山内小学校
[編集] 交通
[編集] 道路
国道3号が市街を南北に縦貫している。旧山鹿市内中心部で国道325号及び国道443号と接する。九州自動車道が市の西部を通っているが、市内にインターチェンジは無い(最寄りインターチェンジは菊水インターチェンジ)。
- 一般国道
- 主要地方道
[編集] 公共交通機関
- 一般路線バス
- 高速バス
- コミュニティバス
[編集] 廃止された公共交通機関
- 以前は植木駅との間に山鹿温泉鉄道(鹿本鉄道)が走っていたが、度重なる災害から経営不振に陥り、1960年に休止後、5年後の1965年に正式に廃止された。
- 以前は久留米市・八女市と山鹿市を結ぶ西鉄バスの路線があったが、2003年4月1日に廃止された。また、同社の高速バスが一時期福岡 - 山鹿間で運行されていた。
- 2006年2月28日を持って、ジェイアール九州バス山鹿線廃止。瀬高駅 - 山鹿温泉間は産交バスに、山鹿温泉 - 肥後大津駅間は産交バスと熊本電気鉄道の共同運行に移管された。
- 福岡 - 山鹿・菊池を結ぶ熊本電気鉄道、九州産交バス、西日本鉄道(3社共同運行)の路線が2007年4月1日より9月30日まで試験運行されていた。山鹿市内の停車バス停は山鹿バスの駅(山鹿バスセンター)・温泉プラザ前バス停・鹿本総合支所前バス停であった。
[編集] 山鹿市に本拠地を置くスポーツチーム
- オムロンピンディーズ(女子ハンドボール)
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 観光スポット
- 祭り・イベント
[編集] 山鹿市出身の有名人
- 清浦奎吾 - 政治家 ※旧鹿本町出身
- 松野鶴平 - 政治家 ※旧菊鹿町出身
- 松野頼三 - 政治家 ※旧菊鹿町出身
- 松野頼久 - 政治家 ※旧菊鹿町出身
- 三浦八水 - 政治家
- 三浦一水 - 政治家
- 蒲島郁夫 - 政治家、元東京大学教授(政治過程論) ※旧鹿本町出身
- 松尾敬宇 - 海軍軍人
- 平川虎臣(ひらかわ こしん) - 小説家 ※旧菊鹿町出身
- 浦田正夫 - 日本画家
- 池田史 - フリーアナウンサー。元福岡放送アナウンサー
- 上月晃 - 女優、元宝塚歌劇団星組男役トップスター
- 市川歌志 - 漫才師「市川歌志・泰子」
- 田代彩華 - ローカルタレント
- COOLON - ヒップホップグループ
- 江藤愼一 - プロ野球選手
- 原田末記 - プロ野球選手
- 宮崎光平 - サッカー選手
- 千代白鵬大樹 - 大相撲力士
- 青木まゆみ - 水泳選手。1972年のミュンヘンオリンピック(100mバタフライ)で世界新記録を作り金メダル ※旧菊鹿町出身
- 池上洋二郎 - 元陸上選手、現競輪選手
- 戸次貞雄(べつき さだお) - 宗教家。「日本敬神崇祖自修団」創設者
架空の人物
- 南総サトミ - 派遣社員。『NISSAN あ、安部礼司〜BEYOND THE AVERAGE』
[編集] 山鹿市が舞台となった作品
- ウルトラマンティガ(第43話「地の鮫」… 不動岩などが登場)-1997年
- オードリー(NHK連続テレビ小説)-2000-2001年
- 裸の大将放浪記『裸の大将 火の国・熊本編〜女心が噴火するので〜』-2009年
[編集] 外部リンク
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