岩井由紀子

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岩井 由紀子(いわい ゆきこ、1968年5月26日 - )は、日本の元タレント歌手女優)。愛称は「ゆうゆ」で、1987年から1995年の間は芸名として用いていた(後述)。

神奈川県横浜市出身。嘉悦女子高等学校卒業、嘉悦女子短期大学中退。二人姉妹の次女。身長150→151cm、体重40→38kgと、元おニャン子クラブのメンバーの中で一番小さい。

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[編集] 経歴

  • 神奈川県横浜市で生まれる。後に両親の離婚に伴い千葉県へ転居するが、本人は「自分はハマっ子だ」と主張し続けた。
  • 1985年実姉が編集を担当していたモデルグラフィックスの誌上グラビアモデルとしてメディアデビュー。グラビアと言ってもモデルガンや各種装備を紹介するのがメインのミリタリー系だった。一度だけナウシカのコスプレを披露したこともある(この時も、ナウシカの使う長銃を紹介するページという名目)。
  • 1985年6月21日に『夕やけニャンニャン』のオーディションで合格し、おニャン子クラブ会員番号19番として活動を始める。ファーストアルバム『KICK OFF』からジャケット写真に参加。ゆうゆの愛称で親しまれ、後に同じくおニャン子クラブ会員番号16番の高井麻巳子と共にうしろゆびさされ組を結成。
  • 1986年7月、おニャン子クラブの5thシングル「お先に失礼」でフロントボーカルに選ばれる。その後もシングル、アルバムの多くの楽曲でフロントボーカルを担当し、中・後期のおニャン子クラブの中心的存在の一人となる。
  • 1987年3月25日、「天使のボディーガード」でソロデビュー。高井麻巳子の卒業に伴い、4月でうしろゆびさされ組は解散。同年8月31日おニャン子クラブが解散した後、おニャン子の先輩である河合その子と同じ渡辺プロダクションに移籍。愛称のゆうゆを芸名にする。
  • テレビ東京『歌え!アイドルど〜む』メインMC、フジテレビクイズ!年の差なんて』レギュラーなど、バラエティ番組を中心とするバラドルとして活躍。ただ年齢相応のイメージが得られず、活動は徐々に尻すぼみになってゆく。雑誌『宝島』のインタビューで「スタッフからシングルの売り上げが落ちていく資料を見せられ、『どうするんだ、これから?』と激しい叱咤を繰り返された」と語っている。
  • 1989年、ゲームメーカーのタイトーのイメージキャラクターとなる。
  • 1995年、長らく噂になっていた中山秀征(同じ事務所に所属)との交際を認め、同時期に「大人のタレントとして活動するため」と芸名を本名の岩井由紀子に戻す。
  • 1997年、青年実業家と結婚し、芸能界を引退。後に2児の母となる。
  • 2002年、おニャン子クラブの再結成に参加。『HEY!HEY!HEY!』、『FNS歌謡祭2002』にも出演。
  • 2007年テレビ朝日快感MAP』に電話で出演。

[編集] 人物・エピソード

  • 熱狂的な松田聖子の大ファンであり、日本テレビ系『歌のトップテン』出演時に対面し、感激の涙を流した。
  • 『夕やけニャンニャン』スタッフは岩井の事を「気が強く、すぐに泣く」と評し、「嫌いなスタッフに当たりが冷たい」ところが難だと指摘した。
  • おニャン子クラブで特に仲が良かったのは渡辺美奈代で、美奈代も必ず岩井の名を挙げる。また工藤静香は「いつ会っても挨拶してくれた」と好印象を持っていたことを語った。またうしろゆびさされ組の高井麻巳子との不仲が絶えず噂されていた。1994年に「明石家電視台」にゲスト出演した際にこの件に触れ、高井との仲について「あんまり一緒にいなかった」「あんまり仲良くなかった」「別々のグループにいた」などと発言し、当時二人の間にはあまり会話がなかったことを明かした。ただし「私が子供だったから」と高井をフォローしており、「今喋ったら(普通に)喋れる」とも話した。(岩井は高井と秋元との仲を感づいており、そのことに一抹の苛立たしさを感じていたとのこと)
  • 同時期にバラドルとして活躍していた森口博子ちはるなどは「ゆうゆは素顔はとても大人しくて、可愛らしい女性」だと語ったことがある。
  • クイズ番組等でフリップボードの隅によく「ナス」のイラストを描いていた。友近がしばしばそのことをネタにする。
  • デビュー前の安室奈美恵が沖縄の番組でゆうゆの『-3℃』を歌った映像がTVで何度か放送されている。
  • ビビる大木が岩井の大ファンだったと明かしている。同時期に渡辺プロダクションに所属していたことがあるが、好きだったことは最後まで言えなかったという。
  • ワッキー(ペナルティ)は『アメトーーク!』内で「好きだったアイドルのシングル」として『25セントの満月』を持参した。しかし出だしの2小節しか歌えず(決して間違ってはいなかったが)、周囲から「本当にその曲が好きだったのか!?」と非難を浴びた。
  • ロドリゲス高橋がORICON WEEKLY誌上で連載していた『ふしぎの国のゆうゆ』と同じエリアのゆうゆのエッセイで、『愛称の由来はねぇね(前述の実姉)が名付け親』等の裏話を披露している。
  • 自分の特技に『変にゃ歌』を挙げている。『ゆうゆ光線』他幾つかのアルバムにこれら変にゃ歌が幾つか収録されているのはトリビア扱いとなっている。
  • 握手会で握手でなく、指相撲をやった事がある。

[編集] 作品

[編集] おニャン子クラブのメインボーカル曲

[編集] シングル

  1. 天使のボディガード (1987年3月25日) - ゆうゆ with おニャン子クラブ
  2. -3℃ (1987年7月22日)
    • 作詞: 及川眠子、作曲: 後藤次利、編曲:佐藤準
    • c/w アッというMAにMEっ!
  3. 25セントの満月 (1987年10月28日)
  4. ついて行けない -がんばれボーイフレンド- (1988年1月21日)
    • 作詞: 秋元康、作編曲: 見岳章
    • c/w 爪を噛んでた
  5. 左胸あたり (1988年4月21日)
  6. サヨナラ志願 (1988年7月27日)
  7. 星空のギャングスター (1988年11月30日)
    • 作詞: 横山武、作・編曲: 後藤次利
    • c/w あ・うんの微笑み
  8. もう一度ピーターパン (1989年2月8日)
    • 作詞: 秋元康、作曲: 井上ヨシマサ、編曲: 西平彰
    • c/w 夢よ開けゴマ!

[編集] アルバム

  1. ゆうゆ光線 (1987年7月29日)
  2. いやっ! (1987年12月16日)
  3. Summer Tasty (1988年7月21日)
  4. こってるネ! (1988年12月14日)
  5. ベストだもんね! (1989年3月21日)
  6. MY これ!クション ゆうゆBEST (2002年2月20日)
  7. うしろゆびさされ組うたの大百科その3「ゆうゆ」だもんね! (2004年5月19日)
  8. ゆうゆSINGLESコンプリート (2007年8月17日)

[編集] 他アーティスト作品へのゲスト参加

  • サヨナラの前に接吻(くちづけ)を - ケラ&YuYu(1988年)

 有頂天のボーカル、ケラのソロシングル「上海雪」のc/w、及びアルバム「原色」に収録。なお、ゆうゆのベスト盤「うたの大百科」と「SINGLESコンプリート」にも同曲が収録されている。

[編集] ゲーム

[編集] 写真集

  • ゆうゆ -岩井由紀子写真集 (1987年06月 フジテレビ出版 斉藤清貴) ISBN 4893531484
  • 左胸あたり -岩井由紀子写真集 (1988年03月 ワニブックス 武藤義) ISBN 4847020782
  • 由紀子 亜麻色のとき -ゆうゆ写真集 (1991年10月 学研 今村敏彦)

[編集] ビデオ

  • マジカルうしろゆびツアー 完全保存版 (ポニー)
  • ボンジョールノ!ゆうゆ イタリアパックツアー (ポニー)
  • ゆうゆファーストコンサート ボクらは元気なゆうゆ印 (ポニー)

[編集] 主な出演

[編集] テレビ

[編集] CM

[編集] 関連項目


最終更新 2009年11月1日 (日) 14:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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