岩崎淑

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岩崎淑(いわさき しゅく)は倉敷市出身のピアニスト、教育者。

[編集] 略歴と活動

設立当時まだ四年制になる前の桐朋学園を経て、アメリカハートフォード大学音楽学部、同ジュリアード音楽院、イタリアキジアーナ音楽院で学ぶ。井口秋子井口基成、J.ラタイナ、B.ミケランジェリ、S.ロレンツィ、I.フロインドリッヒなどに師事。1967年ミュンヘン国際音楽コンクール1968年ブダペスト国際コンクール、1970年チャイコフスキー国際コンクールチェリストである弟の岩崎洸と共に受賞)をはじめ、世界の名だたる国際コンクールにて業績を残し、戦後の日本に、伝統ある世界にも通じる日本人音楽家としての確固たる存在感を示した。

帰国後、日本と海外とを頻繁に行き来し、国内の著名演奏家とは言うまでもなく、海外では、ヤーノシュ・シュタルケル、ポール・トルトゥリエ、ペーター・ルーカス=グラーフ、イツァーク・パールマン、アンドレ・ナヴァラ、イヴリー・ギトリスミッシャ・マイスキー、モーリス・ジャンドロン、ウート・ウーギギドン・クレーメル等の名アーティストとの共演による室内楽の活動を専門に盛んに続けてきた。本場のクラシック音楽がまだ充分に理解されていない日本において、"アコンパニスト(accompanist))"としてのピアニストの重要さを説き、活発な演奏活動を自ら実践してきたことから、日本のクラシック音楽界に多大なる影響を与えてきた重鎮である。

桐朋学園大学では、数多くの著名演奏家たちを輩出させており、演奏活動だけでなく、教育者として甚大な指導力が広く知られている。英語と伊語とに通じた国際人であり、年間の半分ほどは海外で活動しながら、現地での演奏・レコーディングの他に、イタリアキジアーナ音楽院室内楽クラス、オランダミュージック・セッションズ伴奏科、フランスクールシュヴェール伴奏科などで教鞭をとり、イタリアヴィオッティ・ヴァルセジアとカントゥ国際音楽コンクールなどで審査員を務め、その尽力ぶりには留まるところを知らない。国内外の有望な若手演奏家の招聘にもたいへん熱心であり、また1979年より、弟の岩崎洸や久保陽子ほか著名な第一線の演奏家による「沖縄ムーンビーチミュージック・キャンプ&フェスティバル」を主宰開催し、97年より「沖縄国際音楽祭」音楽監督、倉敷市文化振興財団アドバイザーも続けてきた。

何よりも特筆すべきは、毎年異なった様々な編成や様々な時代、様々な演奏家たちによる多彩な音楽志向で行うという全国コンサート「岩崎淑ミュージック・イン・スタイル」が1979年からの長きに亘って現在まで続けられており、日本における超ベテラン陣と共に、期待の新人演奏家を織り交ぜ、更に、特別な年以外は基本的に新作委嘱と初演とを果たしており、世代を考えると、そのバイタリティとアイデアの豊富さには驚愕に値する。事実、「岩崎淑ミュージック・イン・スタイル」が日本の音楽界に果たしてきた功績が高く評価され、90年芸術祭賞を受賞した。また、97年イタリア・ヴァルセジア音楽協会プンチェット金賞、99年ノルウェー王国功労勲章の各章を受賞。

現在、桐朋学園大学院大学教授、くらしき作陽大学音楽学部客員教授、2006年から4年ごとに開催の始まった高松国際ピアノコンクールの審査委員長も務める。

その人柄は、日本人というよりもイタリア人のような明るさと大胆さが印象的で、海外の演奏へと向かう飛行機の中でさえ楽器や楽譜を持った見ず知らずの人とすぐに打ち解け、共演の計画を立ててしまったというほどの人間的魅力に溢れた人材である。著書の中でも、アコンパニストとしての人格の豊かさや柔軟さ、気遣いについて説いている。実際、膨大な量の録音を聴くと、溢れんばかりの自己の魅力をぶつけるというのではなく、相手をいかに立てるかという配慮を最大限果たしながらも、相手の個性と混ざり合う音楽的魅力に非常に秀でた演奏に驚かされる。いくら音楽性が高い演奏家といえども、必ずしも共演者と絶妙な共同作業が成し得るとはいえないことは、多くのソリストが演奏する室内楽を聴くと明らかであろう。

何よりも強い魅力のひとつとして、その強靭な指から生み出される、撫でるような弱音が挙げられる。弱音の幅が、ソロ・ピアニストよりも相当広く、それ故に音楽が非常に立体的に浮き立たせられるのである。また、音色のパレットが非常に多く、ペダルの抑制された使用も絶妙である。たいへんロマンティックな演奏をする肌のピアニストであるが、古典曲では打って変わって厳格さと律儀さを見せ、委嘱作品では多様な音楽に順応していく。それでいて、楽譜の指示には特別従順であることも、学者的な冷静な見識を身に付けた音楽家として評価が高い。そんな彼女のアコンパニストとしての高い技術を目の当たりにすると、その分野がいかにひとつの大切な芸術であるかを知らされることとなる。

教育の場では生徒思いで知られる反面、レッスンに対しての厳しさでは業界では広く知られる。しかしながら、人生の多くを外国で活動してきた彼女の外国風のレッスンは現在でも伝説となっており、現在でも数多くの弟子が世界へと飛び立っている。近著に、「アンサンブルのよろこび(春秋社)」がある。

[編集] 参考資料

最終更新 2009年8月3日 (月) 04:47 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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