岩手県立遠野高等学校
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| 国公私立の別 | 公立学校 |
|---|---|
| 設置者 | 岩手県 |
| 設立年月日 | 1901年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制による教育 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 03156K |
| 所在地 | 〒028-0525 |
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岩手県遠野市六日町3-17
|
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| 電話番号 | 0198-62-2823 |
| FAX番号 | 0198-62-2805 |
| 外部リンク | 公式サイト |
岩手県立遠野高等学校(いわてけんりつとおのこうとうがっこう)は岩手県遠野市にある県立高等学校である。岩手県でも有数の歴史のある高校で、サッカーの強豪校の一つである。通称遠高(えんこう)。
目次 |
[編集] 設置学科
- 全日制課程
[編集] 沿革
創立100年を超える岩手県内でも歴史ある高等学校。
1901年5月1日に授業が開始された男子校・岩手県立遠野中学校をその開祖とし、下って、1908年に設置された女子校・遠野町立女子職業補習学校を統合して、1949年4月1日に、現在の校名である岩手県立遠野高等学校となっている。本校の歴史をたどる際には、前者を"旧中学校"、後者を"旧女学校"と呼称している。
旧中学校と旧女学校を母体として歴史を刻んできた本校にとって、1958年は大きな変動期であった。定時制が閉鎖され、全日制に農業科が設置されている。この農業科は、1964年に岩手県立遠野農業高等学校として独立する。その一方で、本校には商業科が増設されている。この商業科も1990年には募集停止となり、全日制普通科のみの高校が完成した。1991年、宮守分校は、岩手県立遠野高等学校情報ビジネス校となる。
1997年から校地を拡張し、新校舎のほかにセミナーハウス建設、プール改修などのインフラ整備を行なって、2001年10月13日に創立100周年記念式典を挙行し、現在に至っている。(出典 岩手県立遠野高等学校ホームページより)
第84回全国高校サッカー選手権大会では県勢としては初の国立競技場で試合を行なった(結果は0-3で鹿児島実業に敗退)。
[編集] 課外活動
総合学習の一環として遠野高校独自の「遠野学」と呼ばれるものがある。これは、様々な分野に関して学習する時間で、地元の郷土芸能などに関して学ぶ。近年では県内の大学から講師を呼び、講演を行なう時間となっている。また、海外との交流も盛んでアメリカテネシー州のチャタヌーガに毎年、高校生を派遣している。
[編集] 校歌
岩手県立遠野高等学校の校歌は詩文と弁論できこえた旧制遠野中学校生 津路正彦作詞、今野大膳曲、武田忠一郎編曲という母校の才が名門校の学窓に流れ続けている
「城址の西に 聳ゆる甍 朝日輝き 紫色に映えぬ 平和の霞 屋字をこめて 健児つどへる 学びの母校 活気の精神 勤倹の風 久遠に伝う 一致のひびき」
[編集] 主な卒業生
以下は岩手県立遠野高等学校の出身者のうち、主たる活躍を行ったものの氏名を列挙する。ただし、本項目では岩手県立遠野中学校、県立遠野第一高等学校、県立遠野第二高等学校、および県立遠野高等女学校出身者を同じく岩手県立遠野高等学校の出身者として列挙する。
- 小野寺信 - 陸軍少将、在ラトビア・エストニア・リトワニア公使館付武官、上海特務機関・小野寺機関長
- 菊池新吉 - Jリーグ東京ヴェルディ1969GKコーチ
- 菊池利三 - サッカーアトランタオリンピック日本代表
- 板澤武雄 - 歴史学者、元学習院大学・元東京大学教授
- 古前田充 - サッカーJリーグ元ベルマーレ平塚監督
- 菊池幸見 - IBC岩手放送アナウンサー
- 船越由佳 - シンガーソングライター
- 石原繁三-元プロ野球選手(川越中に転校)
- 立花照人 - 元阪急ブレーブス
- 浅沼興一郎 - 農業生産、元香川大学農学部教授
- 菊池禮司 - 教育心理学、元秋田大学教育学部教授
- 菊池賢治郎 - 獣医学、我が国最初の獣医学博士号取得者
- 菊池勇夫 - 労務法・経済法、著書「労働法と経済法の理論」(菊池勇夫教授六十年祝賀記念論文集)出版社: 東京大学出版会 元九州大学法学部教授、九州大学第9代総長(1949~1953)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年9月25日 (金) 12:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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