岩手県競馬組合
岩手県競馬組合の最新ニュースをまとめて検索!
岩手県競馬組合(いわてけんけいばくみあい)は盛岡競馬場と水沢競馬場の岩手県にある2つの地方競馬を主催する団体で、岩手県、盛岡市および奥州市で構成される一部事務組合である。
目次 |
[編集] 概要
東北地方(新潟県も地方競馬では東北地方扱い)の地方競馬は、上山競馬場、新潟県競馬(新潟競馬場、三条競馬場)があったものの、主催自治体の行政予算が困難なことから廃止が相次ぎ、現在は岩手県競馬のみが実施されていて「みちのくレース・岩手競馬」という愛称が付いている。
藤原正紀事務局長時代は積極経営に乗り出し、派手なCMを打つなど1990年代の競馬ブームに乗って売り上げを伸ばした。1996年には地方競馬初の芝コースを持つ新盛岡競馬場を建設し、「地方競馬の優等生」とまで言われた。
電話投票システムは全国規模の「オッズパーク」と「楽天競馬」が利用可能な他、岩手県競馬独自の電話投票システム「R-CALL」(レーシングコール)も用意されている。
[編集] 売り上げ不振による存廃をめぐる動き
盛岡競馬場の移転にかかった費用(約410億円)が膨大なことや場外発売所の不採算化、開催業務委託費等のコスト削減に積極的でなかったことから2003年度末現在で105億円の累積赤字を抱える経営難に陥っており、2004年12月末にも資金繰りに窮して破綻する危機もあったが、県議会や関係金融機関への働きかけもあり、2005年度も継続。しかし、依然として極めて厳しい経営状況にあったため、2007年3月に総額330億円を融資する議案を県議会に提出したが、15日夜の採決の結果、賛否が同数になり、地方自治法第116条の規定による議長の決定により議案は否決されたために、4月以降の開催資金の確保が不能となったかに思われたが、19日の議会で提出された県の負担を20億円軽減する修正案に15日の採決に反対だった議員の1人が賛成に回ったため1票差で可決され事実上存続が決まった。
競走馬についても、過去にはスイフトセイダイ、トウケイニセイ、グレートホープ、メイセイオペラ、トーホウエンペラーなど全国レベルの大競走で通用する馬を輩出していたが、ここ数年は目立った活躍馬に恵まれず不調気味と言える。この原因は売上低下などの岩手地区の競馬を取り巻く環境の悪化による所と、有力な馬主の本業(競馬以外での事業)での不振や破産が大きいとされている(例:メイセイオペラの現役時代の馬主であった明正商事)。
[編集] 略史
- 1964年 岩手県、水沢市(当時)、一関市の3自治体で岩手県競馬組合発足
- 1965年 盛岡市も組合の構成参加員となる
- 1967年 一関市撤退(競馬法の改正により競馬場を有する市町村以外は競馬を開催できないことになったため)
- 1968年 周辺の宮城、秋田の地方新聞にも広告を展開する
- 1969年 特別競走に地名・スポンサーなどの名称が付くようになる。女性ジョッキー・高橋優子騎手がデビュー。盛岡のスタンド増築。馬伝染性貧血の集団発生が起き、一時競馬開催中断
- 1970年 昭和天皇・香淳皇后が招待され第25回国民体育大会馬術競技(水沢)を観覧
- 1971年 出馬表を前日発表する。水沢からテレビ・ラジオ実況中継を開始
- 1972年 盛岡からのテレビ・ラジオ実況中継を実施
- 1974年 高橋優子騎手死去
- 1976年 吉田弥生騎手がデビュー。全出走馬は1開催に付き原則1レースのみの出走とする規定ができる
- 1977年 勝馬投票券の前売り始める
- 1979年 投票所にトータリゼータシステム(富士通フロンテック社製)を投入。レコードタイムを挙げた競走馬に対する関係者の表彰始める
- 1980年 全国初のインフォメーションセンター、女性コンパニオン、託児制度を実施
- 1981年 女性騎手限定招待レース「レディースカップ」開催(アメリカから5人の女性騎手が出場)
- 1985年 山形、新潟との地域場間発売を開始
- 1986年 テレトラックシリーズの第1号として盛岡競馬場内に「テレトラック盛岡」を開設。重賞「ダービーグランプリ」新設
- 1987年 テレトラックシリーズの場外馬券投票所第1号「テレトラック宮古」開設。マルチユニット(複数の馬券が1枚のマークシートで購入できる)を導入
- 1988年 テレトラック釜石開設
- 1989年 テレトラック種市開設。水沢に女性専用コーナー設置
- 1991年 正月開催実施。過去最高126日間のレース開催。マルチユニットを全面投入。テレトラック水沢、安代が開設
- 1992年 ムービジョン(大型映像装置)が設置
- 1993年 水沢競馬場でJRAのGIレースを場外発売(スプリンターズステークス・有馬記念)
- 1995年 盛岡競馬場の旧コース(高松地区)が前身の組織から63年の歴史に終止符が打たれる。マイルチャンピオンシップ南部杯が中央地方指定交流競走となる。
- 1996年 新盛岡競馬場・オーロパーク完成。芝コース設置。盛岡競馬場でJRAのGIレースの場外発売開始。電話投票システムスタート。ダービーグランプリとクラスターカップが中央地方指定交流競走となる。ダートの内側に芝コースのある、アメリカ式のつくりとなっている。
- 1997年 ダートグレード競走スタート。マイルチャンピオンシップ南部杯とダービーグランプリが統一GIに位置づけられる。岩手県外初の場外馬券投票所「テレトラック横手」開設。
- 1998年 福島競馬場内に岩手競馬場外発売所を開設。テレトラックつがる(現・ウインズ津軽)開設。
- 1999年 メイセイオペラが地方馬として、初めて中央GI(フェブラリーステークス:東京ダート1600m)を勝つ。テレトラック山本開設。
- 2001年 テレトラック三本木開設。
- 2002年 テレトラック十和田開設。
- 2003年 東京競馬場内に岩手競馬場外発売所を開設。
- 2005年 ソフトバンクグループと業務提携を結び、インターネット(パソコン通信、携帯電話)を使った勝馬投票券のオンライン投票発売実施などを2006年度から展開することを発表。テレトラックつがるをJRAに売却。
- 2007年 盛岡・水沢競馬場でJRAの全開催日のメインレースの場外発売開始。ダービーグランプリのダートグレード格付けが返上される。
- 2008年 イメージキャラクターに東幹久を起用。契約料はなし、コマーシャルなどへの出演料は岩手競馬の売り上げ次第という契約内容となった。
- 2009年 イメージキャラクターにルー大柴を起用。コマーシャルでは主にナレーションを担当(終盤でちょっと映る)。イベントにも出演する。日本初の騎手ハンデ競走を実施。
※主要レースについてはそれぞれの競馬場の項目を参照すること
[編集] 歴代イメージキャラクター
[編集] 競走の種類
[編集] エクセレント競走
エクセレント競走は実質、A1級またはA1級A2級混合の平場戦であるが、他のクラスの平場戦との差別化を図るためにこの名称がつけられた。水沢競馬場・盛岡競馬場のダート1600メートルおよび1800メートルで行われ、獲得賞金(クラス)、馬齢、性別などによって負担重量が定められる。
[編集] リヴェール競走
リヴェール競走は、開催週最終日(土日月開催の場合月曜日が該当する)に行われる最終レースの名称である。
[編集] 県競馬組合提供番組
岩手県競馬組合の提供で、県内民放テレビ・ラジオ(IBC岩手放送のみ)で中継番組やダイジェスト番組を放送していたが、組合のコスト圧縮のため徐々に放送回数が削減され、2007年度はテレビ中継が休止となったが、2008年度はテレビ中継が再開され、2回のみだが行われた。在盛民放4局共同で岩手競馬を応援するキャンペーンもささやかにだが行われており、決して放送局が見捨てている訳ではないことがうかがえる。
- IBCラジオドラマチック競馬中継〜生の感動!!みちのくレース(IBCラジオ)
- 岩手競馬ダイジェスト(IBCラジオ)
- IBC競馬ライブ(IBCテレビ)
- 勝ちそーTV(岩手めんこいテレビ)
- サラ君のGOLD UP!(テレビ岩手)(終了)
- テレビ岩手競馬王国(テレビ岩手)
- みちのくレースけいばステーション(岩手朝日テレビ)
- 勝ちそー(FM岩手)
[編集] その他
- マスコットキャラクターの馬「ハヤテ」は手塚治虫がデザインした。
- 国内初の試みを積極的に行う主催者として知られている。(マーケット理論の導入、競馬場内にインフォメーションセンターを設置、場外施設の愛称命名、女性騎手招待競走の開催、地方競馬3歳(旧4歳)馬の全国交流競走(ダービーグランプリ・廃止)の開催、一部重賞レースでの生産者賞創設、S字型ウッド式発馬機から現在使用されている発馬機へ転換するよう提言、地方競馬主催者所有の競馬場で初の芝コース設置、地方競馬初の中央GIレース場外発売、騎手ハンデ戦の創設、騎手と馬のファン投票によるカップリングレースの開催(廃止) 等
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年8月12日 (水) 12:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【岩手県競馬組合】変更履歴

