岩見沢競馬場
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岩見沢競馬場 入場門 |
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| 施設情報 | |
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| 所在地 | 北海道岩見沢市日の出町444番地 |
| 開場 | 1965年7月6日 |
| 所有者 | 岩見沢市 |
| 収容能力 | 7500人 |
| コース | |
| 周回 | 右回り |
| 馬場 | ダート(1200m(道営)・直線200m(ばんえい)) |
岩見沢競馬場(いわみざわけいばじょう)は、北海道岩見沢市にある地方競馬の競馬場である。現在休止中。
目次 |
[編集] 競馬場概要
1889年(明治22年)、岩見澤村競馬山(現在の鳩が丘)に競馬場を造成し、翌1891年(明治24年)9月15日に祭典奉納競馬としてばんえい競走が行われている。 その後、空知地方では岩見沢の他に深川、栗沢、美唄、長沼、三笠の各地で仮設馬場が設置されていたが、1908年(明治42年)の競馬規程により岩見沢、栗沢、美唄、深川の4箇所に集約され、1923年(大正12年)以降は本格的に開催されていた。 さらに1927年(昭和2年)の地方競馬規則公布では、支庁管内1箇所に限定されたため岩見沢の1場となり施設拡充(岩見沢市利根別とあるが、鳩が丘と同一箇所かは不明)。同年から地方競馬として空知畜産組合の主催に引き継がれ、1940年から1944年にかけては軍馬資源保護法により鍛錬馬競走が行われた。現在のはぎぞの緑地(9条西5丁目)の位置にあった家畜市場を中心に、専任技術員2名を配置し競走馬の調教等を行っていた。
戦後いち早く祭典余興競馬協賛会を結成し、1946年(昭和21年)9月にはアメリカ騎兵第7師団の将兵慰安競馬大会(進駐軍競馬)を岩見沢市利根別で開催した。同年10月の地方競馬法により空知馬匹組合(畜産組合が改称)が施行認可を受け、1947年(昭和22年)5月22日、地方競馬法による初の地方競馬が行われる。同年6月には中央馬事会による連合競馬が道内で唯一行われ、同年11月2日,3日には北海道馬匹組合連合会(馬連競馬)による初のばんえい公式競走が行われている。
翌1948年、GHQにより馬匹組合は戦時統制団体として解散させらればんえい競馬は休催となるが、競馬法改正により都道府県がばんえい競馬の主催者とされる。北海道は存続に前向きでなかったが、地元関係者の熱意により翌年岩見沢ばんえい競馬が再開。
1949年(昭和24年)に家畜市場は廃止され、施設は駒が台競馬場(岩見沢市利根別、現在の4条東14丁目付近)に移転。(国土地理院ホームページ「国土変遷アーカイブ」のUSA-R249-145)。2条東13丁目で北海幹線用水路が湾曲しているのは、この競馬場のコーナーの形態を残しているものである。
1951年6月には新競馬法一部改正により、競馬場の所在する市区町村にも開催権が与えられることになり、1953年旭川・帯広・北見とともに市営競馬を開催。1962年(昭和37年)からは、平地競走を道営、ばんえい競馬を市営として一本化。
1965年(昭和40年)に岩見沢市利根別から、市街地を一望する丘陵地である日の出町に移転し、1972年(昭和47年)には場内に乗馬クラブも設置された。
1989年(平成元年)3月11日、市営競馬を運営する北見・帯広・旭川・岩見沢4市で北海道市営競馬組合を設立。しかし売上の伸び悩みによる赤字運営から、ホッカイドウ競馬が1997年に撤退、市営のばんえい競馬も2006年度限りで撤退したため、2006年10月2日の開催を最後に休止中である。これに伴い乗馬クラブも2007年廃止された。
現在、岩見沢競馬場での発売・払戻業務は一切行われていない[1]ことに加え、岩見沢市により厩舎施設34棟はすべて解体され、競馬場の廃止が濃厚となっている。老朽化が著しいスタンドはいまだ解体されておらず、市は競馬場跡地周辺の活用方法が固まり次第解体整備を行うとしているが、いまだその計画は白紙状態である。
詳細は「競馬の歴史 (北海道)」を参照
- 構内に入って右側にはプレハブの資料館があり、実物のそりやばんばの模型などが置かれていた。
- 資料館横には屋台などが出せる広場があり、ばんばをかたどった滑り台が置かれていた。
- JR岩見沢駅3・4番ホームにはばんばの像が置かれ、岩見沢とばんえい競馬の関わりの深さを物語っている。
[編集] コース概要
ここでは休止当時の状況を記す。
[編集] 平地走路
- 右回りダートコース
- 1周1200m
- ゴール前直線270m
- フルゲート12頭
- 施行可能距離:900m、1400m、1500m、1600m、2000m、2600m
[編集] ばんえい走路
- 全長:直線200m、セパレートコース
- 第1障害:高さ1.0m、長さ9.5m
- 第2障害:高さ1.7m、長さ15.5m
- スタート~第1障害35m、第1障害~第2障害72.6m、第2障害~ゴール67.4m
- 第1障害から第2障害にかけて1.0%の下り勾配、第2障害からゴールにかけて0.44%の上り勾配
- 砂の粒子が粗く、力のいるコースであった。さらにゴール前に上り勾配があったため、登坂力とスタミナが要求された。夏期に開催される上、内陸である岩見沢は非常に暑く、馬場がパサパサに乾くため余計に力勝負となるレースが多かった。第2障害を登り切れない馬も多々現れた。
- ばんえい競馬を開催した競馬場では唯一、フルゲート12頭に対応していたが、他場にあわせフルゲート10頭で競走を行っていた。
- 現在、障害などの構造物はすべて撤去された。
[編集] アクセス
- 岩見沢駅よりタクシーで約10分。
- かつて開催日には岩見沢駅前⇔岩見沢競馬場間に路線バス(片道170円・岩見沢駅前発の1便のみ無料)が運行され、岩見沢場外発売所(ハロンズ岩見沢)も経由していた。
[編集] 脚注
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最終更新 2009年11月6日 (金) 23:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【岩見沢競馬場】変更履歴

