嵐山町

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嵐山町
らんざんまち
日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
比企郡
団体コード 11342-5
面積 29.85km²
総人口 19,252
推計人口、2009年10月1日)
人口密度 645人/km²
隣接自治体 東松山市比企郡滑川町
比企郡小川町・比企郡ときがわ町
比企郡鳩山町大里郡寄居町
深谷市熊谷市
町の木
町の花 ツツジ
{{{シンボル名}}} {{{鳥など}}}
嵐山町役場
所在地 〒355-0211 埼玉県
比企郡嵐山町大字杉山1030-1
電話番号 0493-62-2150
外部リンク 嵐山町の公式ページ

嵐山町位置図(埼玉県)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
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嵐山町(らんざんまち)は、埼玉県中部に位置する人口約2万人のである。

平安時代末期の武将源義仲畠山重忠ゆかりの地で、江戸時代には江戸上州を結ぶ川越児玉往還菅谷宿として栄えた。

目次

[編集] 地理

町の中央部と北部には東松山台地が広がる。北東部は比企北丘陵の西端部に位置し、南部は岩殿丘陵の北端に位置する。西部は外秩父山地の外縁となっており、南北に八王子構造線が貫いている。日本の国蝶オオムラサキが生息する地としても有名である。

[編集] 歴史

  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、比企郡菅谷村・七郷村が発足。
  • 1928年昭和3年)頃に、現嵐山渓谷周辺が京都の嵐山の風景によく似ていると(本多静六)により武蔵嵐山と命名され評判になり、多数の観光客が訪れる。
  • 1955年(昭和30年)4月15日 - 菅谷村と七郷村が合併し、菅谷村が発足。
  • 1967年(昭和42年)4月15日 - 町制施行・改称し嵐山町となる。
平成の大合併における動き
  • 比企地区8市町村合併
  • 比企地区6町村合併
    • 2003年7月 比企郡滑川町・比企郡嵐山町・比企郡小川町・比企郡都幾川村・比企郡玉川村・秩父郡東秩父村の6町村は、合併研究会を設置。
    • 2003年12月 比企郡滑川町・比企郡嵐山町・比企郡小川町・比企郡都幾川村・比企郡玉川村・秩父郡東秩父村の6町村は、比企地域3町3村合併協議会を設置。
    • 2004年7月 比企郡滑川町で合併の枠組みを問う住民投票を行った結果、東松山市・比企郡吉見町を含む8市町村で合併が過半数を占めたために、比企郡滑川町は比企地域3町3村合併協議会から離脱。
    • 2004年8月 比企地域3町3村合併協議会が解散。

[編集] 人口

嵐山町と全国の年齢別人口分布 嵐山町の年齢・男女別人口分布
紫色 ― 嵐山町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
1980年 16,080人
1985年 17,204人
1990年 18,265人
1995年 19,706人
2000年 19,816人
2005年 19,479人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 行政

[編集] 経済

[編集] 工業

[編集] 商業

[編集] 地域

[編集] 教育

小学校
  • 嵐山町立菅谷小学校
  • 嵐山町立鎌形小学校(2007年に閉鎖)
  • 嵐山町立七郷小学校
  • 嵐山町立志賀小学校
中学校
高等学校
図書館
  • 嵐山町立知識の森図書館

比企広域市町村圏域内公共図書館の相互利用協定により、東松山市、比企郡滑川町、比企郡小川町、比企郡ときがわ町、比企郡川島町、比企郡吉見町、比企郡鳩山町秩父郡東秩父村に住まい・通学通勤している者なら利用可能。

[編集] 話番号

市外局番は町内全域が「0493」。同一市外局番の地域との通話は市内通話料金で利用可能(東松山MA)。収容局は嵐山局のみ。

[編集] 郵便番号

郵便番号は町内全域が「355-02xx」(郵便事業東松山支店嵐山集配センター担当)である。

[編集] 交通

[編集] 道路

[編集] 高速道路

[編集] 国道

[編集] 県道

[編集] 鉄道

[編集] バス

[編集] タクシー

[編集] 施設・名勝・旧跡

[編集] 舞台となった作品

[編集] 出身有名人

[編集] 歴史上の人物

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月16日 (月) 14:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【嵐山町】変更履歴

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