川端達夫

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日本の政治家
川端 達夫
かわばた たつお
生年月日 1945年1月24日(64歳)
出生地 滋賀県蒲生郡
出身校 京都大学工学部化学工学科卒業
京都大学大学院工学研究科化学工学専攻修了
前職 東レ従業員
所属政党 民社党→)
新進党→)
(無所属→)
(新進党→)
新党友愛→)
民主党
称号 工学修士(京都大学)
親族 川端五兵衛(
公式サイト 川ばた達夫 ウェッブサイト

内閣 鳩山由紀夫内閣
当選回数 8回(衆)
任期 2009年9月16日 - (現職)

選挙区 (旧滋賀県全県区→)
滋賀県第1区
当選回数 8
任期 1986年 - (現職)
  

川端 達夫(かわばた たつお、1945年(昭和20年)1月24日 - )は日本政治家衆議院議員(8期)、文部科学大臣第12代)。

民主党国会対策委員会委員長、民主党幹事長などを歴任した。

目次

[編集] 概要

[編集] 生い立ち

滋賀県蒲生郡(現在の近江八幡市)出身。滋賀県立彦根東高等学校京都大学工学部卒業、同大学院修了。東レに入社し開発研究に携わる傍ら、労働組合活動にも取り組む。

[編集] 民主党に参加するまで

1986年第38回衆議院議員総選挙滋賀県全県区民社党から初当選。1994年新進党に参加。1995年1月、新進党を離党したが同年10月、復党した。

新進党解党後は新党友愛を経て、民主党に参加。国会対策委員長、組織委員長、次の内閣総務大臣などを歴任した。

[編集] 岡田体制

2004年5月、岡田克也新代表選出に伴い、国対委員長に再任。2004年9月、藤井裕久幹事長の代表代行昇格に伴い、幹事長に昇格。

2005年第44回衆議院議員総選挙自由民主党新人の上野賢一郎小選挙区滋賀1区)で落選したが、比例復活で当選した。現職幹事長の小選挙区での落選は、同選挙における党の惨敗を象徴する出来事の1つだった。選挙後、党敗北を受けて岡田代表とともに川端ら執行部は総辞職した。

[編集] 前原体制

岡田の後任を決める代表選挙では前原誠司に投票したことを明らかにし、常任幹事会議長に就任した。2006年2月、「堀江メール問題」の責任を取って国対委員長を辞任した野田佳彦の後任を打診されるが固辞し、新たに国対委員長に就任した渡部恒三の要請で国対委員長代理を兼務した。 派閥活動に携わることはなかったが、米沢隆(元民社党委員長)、中野寛成(元民社党書記長)らが落選、民社党系の政治団体である民社協会の理事長に就任した。

[編集] 小沢体制

前原代表辞任に伴う代表選挙ではその動向が注目され、直前まで態度を明らかにしなかったが、最終的には川端グループをまとめて小沢一郎支持を表明、小沢体制でも常任幹事会議長に再任した。

2006年7月滋賀県知事選挙では民主党県連内で國松善次嘉田由紀子のどちらを推薦するかで意見が分かれ、県連代表として最終判断を一任された川端は國松推薦を決定した。しかし、新幹線新駅凍結を公約に掲げる嘉田が当選、民主党支持者からも多くの票が嘉田に流れた。小沢代表が知事選での自公との「相乗り禁止」を決定したにもかかわらず「例外」として國松推薦を決定した川端の責任を問う声は根強い。選挙後、嘉田新知事の新幹線新駅凍結支持を表明した。

2008年12月、ストーカー規制法違反事件で、国会の裁判官訴追委員会から罷免訴追された宇都宮地裁の下山芳晴判事に対する弾劾裁判において、判事を罷免する判決が言い渡された。裁判員は衆参国会議員14人で構成され、川端もその1人であった。

[編集] 鳩山体制

2009年民主党代表選挙では鳩山由紀夫支持と見られていたが一転、岡田克也支持を表明し、推薦人として名を連ねた。

2009年8月30日に投票が行われた第45回衆議院議員総選挙では、小選挙区滋賀1区で当選し、前回敗れた上野賢一郎に雪辱した。2009年9月16日に成立した鳩山由紀夫内閣文部科学大臣に就任するとともに、国立国会図書館連絡調整委員会委員に任命された[1]。翌17日の初登庁後の記者会見で、運転が長期停止中の高速増殖炉もんじゅ」(福井県敦賀市)について、引き続き研究開発を進める考えを示した。高校無償化法案については、文部科学省内や自治体からの要望を受け入れ、当初の家庭への給付案を取りやめ、学校側への給付にすることを了承した。

[編集] 政治資金

2009年9月30日、「ニューハーフショーパブ」「キャバクラ」などの店への支払いに数年間にわたり政治資金から114万円を支出していたことが発覚した[2][3]。川端達夫の事務所は「法に基づいて正確、適切に記載している」「それ以上は答えられない」と釈明している[2][3]

[編集] 人物

阪神タイガースのファンで、「阪神タイガースを応援する議員の会」の23人の発起人の一人。「阪神タイガースが優勝したら国会で六甲颪を歌う」が同会の活動方針。パチンコチェーンストア協会政治分野アドバイザー[4]を務める。漫画ゲームアニメなどのサブカルチャーに造詣が深い。好きなゲームはコーエー信長の野望シリーズである。[5] 趣味は読書で、自他共に認める民主党の雑学王。『映画「ROOKIES」について議論できる政治家は私くらいです』(本人談)とのこと。

[編集] 所属議員連盟

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

官職
先代:
塩谷立
日本の旗 文部科学大臣
第12代:2009年 -
次代:
現職
党職
先代:
藤井裕久
民主党幹事長
第6代 : 2004年 - 2005年
次代:
鳩山由紀夫
先代:
鹿野道彦
野田佳彦
民主党国会対策委員長
第3代 : 1999年 - 2000年
第8代 : 2004年
次代:
赤松広隆
鉢呂吉雄

最終更新 2009年10月30日 (金) 19:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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