工藤三郎

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くどう さぶろう
工藤 三郎
プロフィール
出身地 日本大分県
生年月日 1953年6月1日(56歳)
最終学歴 慶應義塾大学法学部
勤務局 NHK東京アナウンス室
職歴 旭川で、その後は名古屋大阪東京アナウンス室など
活動期間 1976年 - 現在
ジャンル スポーツ番組ラジオ番組
出演番組・活動
現在

『*NHKプロ野球他スポーツ中継(メジャーリーグ高校野球ゴルフなど)

  • 特にプロ野球セントラルリーグ・読売ジャイアンツ主催のナイトゲームを総合テレビで放送するときにはほぼ毎回実況を担当している。但し、2006年度に限っては帯の報道番組(スポーツ&ニュース)担当も兼ねていたため、実況担当の曜日が限られていた。現在は再び実況メインである(2008年12月20日夜間~21日早朝の時間帯では「スポーツ&ニュース」終了以来のラジオニュースを担当)。』
過去 『』
  

工藤 三郎(くどう さぶろう、1953年6月1日 - )は、NHKエグゼクティブアナウンサー(局次長級)。

目次

[編集] 人物・経歴

大分県出身。大分県立大分舞鶴高等学校を経て慶應義塾大学法学部卒業後、1976年入局。初任地は旭川で、その後は名古屋大阪東京アナウンス室などで勤務。

スポーツアナウンサーとしてのキャリアが長く、プロ野球を中心に様々な競技の実況を行ってきた。大学時代は名門「慶應義塾大学ライトミュージックソサエティ」に所属。同じくNHKアナウンサーであった明石勇の後輩である。

[編集] オリンピック中継に関する事項

1998年長野オリンピックではスキー競技のジャンプ・ラージヒル実況をジャパンコンソーシアムの一員として担当。原田雅彦選手の競技中に「立て、立て、立てぇ、立ってくれ~!!立った!!」と叫んだ。この実況は、1994年リレハンメルオリンピックの同種目団体に於ける原田選手の「世紀の大失敗ジャンプ」の時にも、自身が実況していたという因縁に基づくものであり、「さぁ原田、因縁の二回目」という実況にもその心境が現れている。

またオリンピックでは開会式と閉会式の実況も多く、開会式ではアルベールビル1992年冬季)、バルセロナ(1992年夏季)、シドニー2000年夏季)、ソルトレイクシティ2002年冬季)で、閉会式ではカルガリー1988年冬季)、バルセロナ、シドニー、ソルトレイクシティでそれぞれ実況した。なお、トリノ2006年冬季)の実況には携わらなかったが、東京でのスタジオキャスターを担当した。

2008年北京オリンピックでは、アーチェリー女子個人準決勝・張娟娟(中国)vs尹玉姫(韓国)を実況した際、韓国の選手が矢を放とうとしているにもかかわらず笛を吹くなどして静観しようとしない中国の応援団に苛立ち、ブースでの実況中に思わず「静かに!!」と言ってしまった。また、女子ソフトボールの決勝戦の実況も担当し、日本初優勝の瞬間に立ち会うこととなった。

[編集] 現在の担当番組

  • NHKプロ野球他スポーツ中継(メジャーリーグ高校野球ゴルフなど)
    特にプロ野球セントラルリーグ・読売ジャイアンツ主催のナイトゲームを総合テレビで放送するときにはほぼ毎回実況を担当している。但し、2006年度に限っては帯の報道番組(スポーツ&ニュース)担当も兼ねていたため、実況担当の曜日が限られていた。現在は再び実況メインである(2008年12月20日夜間~21日早朝の時間帯では「スポーツ&ニュース」終了以来のラジオニュースを担当)。

[編集] 過去の担当番組

大阪局時代
東京アナウンス室異動後

[編集] 関連項目

2008年時点で、和田は東京、刈屋は情報ネットワークに在籍。この2人は工藤の故郷・九州を統括する福岡局に在籍していた時期があった。なお、和田はスポーツ実況を離れている。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年6月10日 (水) 07:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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