工藤三郎
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くどう さぶろう
工藤 三郎 |
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| プロフィール | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1953年6月1日(56歳) |
| 最終学歴 | 慶應義塾大学法学部 |
| 勤務局 | NHK東京アナウンス室 |
| 職歴 | 旭川で、その後は名古屋、大阪、東京アナウンス室など |
| 活動期間 | 1976年 - 現在 |
| ジャンル | スポーツ番組・ラジオ番組 |
| 出演番組・活動 | |
| 現在 | |
| 過去 | 『』 |
工藤 三郎(くどう さぶろう、1953年6月1日 - )は、NHKのエグゼクティブアナウンサー(局次長級)。
目次 |
[編集] 人物・経歴
大分県出身。大分県立大分舞鶴高等学校を経て慶應義塾大学法学部卒業後、1976年入局。初任地は旭川で、その後は名古屋、大阪、東京アナウンス室などで勤務。
スポーツアナウンサーとしてのキャリアが長く、プロ野球を中心に様々な競技の実況を行ってきた。大学時代は名門「慶應義塾大学ライトミュージックソサエティ」に所属。同じくNHKアナウンサーであった明石勇の後輩である。
[編集] オリンピック中継に関する事項
1998年の長野オリンピックではスキー競技のジャンプ・ラージヒル実況をジャパンコンソーシアムの一員として担当。原田雅彦選手の競技中に「立て、立て、立てぇ、立ってくれ~!!立った!!」と叫んだ。この実況は、1994年のリレハンメルオリンピックの同種目団体に於ける原田選手の「世紀の大失敗ジャンプ」の時にも、自身が実況していたという因縁に基づくものであり、「さぁ原田、因縁の二回目」という実況にもその心境が現れている。
またオリンピックでは開会式と閉会式の実況も多く、開会式ではアルベールビル(1992年冬季)、バルセロナ(1992年夏季)、シドニー(2000年夏季)、ソルトレイクシティ(2002年冬季)で、閉会式ではカルガリー(1988年冬季)、バルセロナ、シドニー、ソルトレイクシティでそれぞれ実況した。なお、トリノ(2006年冬季)の実況には携わらなかったが、東京でのスタジオキャスターを担当した。
2008年の北京オリンピックでは、アーチェリー女子個人準決勝・張娟娟(中国)vs尹玉姫(韓国)を実況した際、韓国の選手が矢を放とうとしているにもかかわらず笛を吹くなどして静観しようとしない中国の応援団に苛立ち、ブースでの実況中に思わず「静かに!!」と言ってしまった。また、女子ソフトボールの決勝戦の実況も担当し、日本初優勝の瞬間に立ち会うこととなった。
[編集] 現在の担当番組
[編集] 過去の担当番組
- 大阪局時代
- カルガリーオリンピック(閉会式実況担当、1988年)
- 東京アナウンス室異動後
- アルベールビルオリンピック(開会式実況担当、1992年)
- バルセロナオリンピック(開会式・閉会式実況担当、1992年)
- リレハンメルオリンピック(ジャンプ・ラージヒル団体実況担当、1994年)
- 長野オリンピック(スキージャンプ・ラージヒル実況担当、1998年)
- シドニーオリンピック(開会式・閉会式実況担当、2000年)
- ソルトレイクシティオリンピック(開会式・閉会式実況担当、2002年)
- トリノオリンピック(東京スタジオキャスター、2006年)
- スポーツ&ニュース(2006年4月 - 2007年3月)
- NHKニュース7
- 1995年11月に1度だけスポーツコーナーを担当したが、これはNHK労組のストライキによるキャスター代行である。
- 箱根駅伝ラジオ中継(スタジオキャスター、2007年)
- ことばおじさんのナットク日本語塾「ジョーオー?ジョオー?」(教育テレビ、2007年4月16日)
- ハイビジョン特集(BSハイビジョン)
- 過去に1回のみナレーションを担当し、内容は中国の自然に関するもの。
- 北京オリンピック(野球・ソフトボール・アーチェリー実況担当、2008年)
[編集] 関連項目
- 2008年時点で、和田は東京、刈屋は情報ネットワークに在籍。この2人は工藤の故郷・九州を統括する福岡局に在籍していた時期があった。なお、和田はスポーツ実況を離れている。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年6月10日 (水) 07:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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