己斐橋

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己斐橋
欄干
橋全体
所在地
左岸:西区福島町、右岸:西区己斐
北緯34度23分東経132度25分
長さ 280m
最大支間長 48m
8m
形式 7径間ゲルバー鈑桁橋
素材 上部工:鋼橋、下部工:RC構造
建設 1???年 木橋
1926年 RC橋
1965年 鋼橋
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広島県道265号標識

己斐橋(こいばし)は、広島県広島市太田川(太田川放水路)にかかる道路橋。下流側に側道橋(歩道橋)がある。

目次

[編集] 概要

江戸時代から山手川(太田川放水路整備に伴い拡幅)に架かる橋であり、当時は今のものより半分以上短い橋だった。1965年(昭和40年)太田川放水路整備に伴い現在のものに架け直された。

上流側に西風新都線(広島高速4号線)の広島西大橋、下流側に平和大通り広島電鉄本線が通る併用橋・新己斐橋がある。東に道沿いに進めば天満橋、更に東へ向かい本川橋を渡ると広島平和記念公園へと入る。

右岸側下流にJR西広島駅広電西広島駅、上流にノートルダム清心中学校・高等学校がある。

[編集] 諸元

  • 路線名 : 広島県道265号伴広島線
  • 橋長 : 280m
  • 支間長 : 32m + 36m + 48m×3 +36m + 32m
  • 全幅 : 9.2m
  • 幅員 : 車道4m×2 = 8m
  • 上部工 : 7径間ゲルバー鈑桁橋 
  • 下部工 : RC逆T式橋台2基、RC張出式橋脚6基
  • 基礎工 : ?

[編集] 歴史

最初の架橋年は不明。江戸時代において、山手川に唯一架けられた西国街道筋の橋であり、西方から広島城下へと向かうときに渡る最初の橋であった。ちなみに、藩政時代において防衛上、橋の架橋は制限されており、江戸末期時点でその他に、福島橋(現存せず)・天満橋・本川橋・元安橋京橋猿猴橋神田橋横川橋ぐらいだった。

明治になってから、架橋規制が解かれ広島電鉄の軌道も整備され、この橋の下流側に己斐電車鉄橋(現在の新己斐橋)、上流側に山手橋(資料によっては南三篠橋とも)が架けられた。1926年(大正15年)3月、国道に架かる橋として木橋から鉄筋コンクリート桁橋に永久橋化される。

太平洋戦争にはいると、空襲など事態発生の場合は舟入町を抜けてこの橋を渡り南下する避難経路に指定されていた。1945年(昭和20年)8月6日原爆被災(爆心地より約2.1km)。爆風により小破したが渡るのに支障がなかったため、多くの被爆者がここを渡った。

戦後、山手川と東隣の福島川の間にあった中州浚渫し河川幅を拡幅する太田川放水路工事が行われ、これに伴い己斐橋と福島橋は取り壊され、1965年(昭和40年)新しく架けなおされる。これが現在の己斐橋にあたる。同年、下流側に新己斐橋も架橋され、主要幹線はそちらへ移った。1994年に歩道橋が完成し車両専用橋となった。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年4月20日 (月) 08:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【己斐橋】変更履歴

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