市川團十郎 (12代目)
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| じゅうにだいめ いちかわ だんじゅうろう 十二代目 市川團十郎 |
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| 屋号 | 成田屋 |
|---|---|
| 定紋 | 三升 |
| 生年月日 | 1946年8月6日(63歳) |
| 本名 | 堀越 夏雄 |
| 襲名歴 | 1. 六代目市川新之助 2. 十代目市川海老蔵 3. 十二代目市川團十郎 |
| 俳名 | 柏莚 |
| 出身地 | 東京都 |
| 父 | 十一代目市川團十郎 |
| 母 | 千代 |
| 兄弟 | 二代目市川紅梅(妹) |
| 妻 | 希実子[1] |
| 子 | 十一代目市川海老蔵 三代目市川ぼたん(舞踊・女優) |
十二代目 市川 團十郎(じゅうにだいめ いちかわ だんじゅうろう、昭和21年(1946年)8月6日 - )は、日本の俳優、歌舞伎役者、名跡「市川團十郎」の当代。本名は堀越 夏雄(ほりこし なつお)。屋号は成田屋、俳名は柏莚(はくえん)。定紋は三升(みます)、替紋は杏葉牡丹(ぎょようぼたん)。
目次 |
[編集] 人物
青山学院高等部卒業(13期)、日本大学藝術学部卒業。平成19年(2007年)に紫綬褒章受章。
スケールの大きい骨太な芸格が魅力。重厚な存在感と独特な愛嬌を併せ持つ。
家の芸の歌舞伎十八番はもとより、荒事、世話物、義太夫狂言、新歌舞伎と多彩な役々を演じ分ける。円熟期を迎えて、歌舞伎界の柱として期待されているが、近年になって白血病を発症、健康に不安を抱える。
従兄弟に九代目松本幸四郎、二代目中村吉右衛門、初代尾上辰之助がいる。
[編集] 年譜
- 1946年8月6日 東京都に生まれる。十一代目市川團十郎の長男。
- 1953年10月 歌舞伎座にて『大徳寺』の三法師公で市川夏雄を名のり初お目見得。
- 1958年5月 歌舞伎座にて『風薫鞍馬彩』の牛若丸で六代目市川新之助を襲名。
- 1969年3月 日本大学藝術学部を卒業。
- 1969年11月 歌舞伎座にて『助六由縁江戸桜』の助六、『勧進帳』の富樫などで十代目市川海老蔵を襲名。
- 1985年4月-6月 歌舞伎座の3ヵ月に亘る襲名披露興行で『勧進帳』の弁慶、『助六』の助六ほかを勤め、十二代目市川團十郎を襲名。
- 1986年1月 日本俳優協会の理事に就任。
- 1999年4月 伝統歌舞伎保存会理事に就任。
- 2002年 文化審議会委員に就任。
- 2002年11月 歌舞伎座にて『義経千本桜』の三役を演じる。
- 2004年 長男の十一代目市川海老蔵襲名前後に白血病を発症、治療に専念。治療後半年で復帰する。
- 2005年 白血病が再発、療養生活に入る。自家末梢血幹細胞移植の治療を受け、壮絶な闘病生活をおくる。
- 2006年3月 歌舞伎座で復帰会見。5月復帰[2]。
- 2008年10月 三越劇場で舞台復帰会見。その際に白血病の影響で血液型がA型からO型に変わったことを告白した[3]。
[編集] 受賞歴
- 1986年3月 第7回松尾芸能大賞
- 1988年6月 日本芸術院賞
- 1995年 眞山青果賞大賞
- 1998年 歌舞伎座『極付幡随長兵衛』にて芸術祭賞演劇部門優秀賞
- 2000年 博多座『恋湊博多諷』、国立劇場『本朝廿四孝』、歌舞伎座『大杯觴酒戦強者』にて第7回読売演劇大賞優秀男優賞受賞
- 2000年 歌舞伎座『江戸城総攻-麟太郎と吉之助』にて第19回眞山青果賞大賞
[編集] 主な出演作
[編集] 歌舞伎
[編集] 海外公演
- 1982年6月-7月 アメリカ公演(ニューヨーク)
- 1985年7月-8月 アメリカ公演(ニューヨーク・ワシントン・ロサンゼルス)
- 1988年7月-8月 オーストラリア公演(ブリスベン・メルボルン・バース)
- 1989年9月 ヨーロッパ公演(ブリュッセル・東ベルリン・ドレスデン・ウイーン)
- 2004年10月 パリ公演
- 2007年3月 パリ・オペラ座公演
[編集] その他の舞台
- 『華岡青洲の妻』 - 華岡青洲役
- 『眠り王』 - 月の大王実は日本の帝役
[編集] テレビ(ドラマ)
- 襲名記念作品、木曜ゴールデンドラマ・スペシャルで放映、原作杉本苑子
- 「遠山の金さん」(日本テレビ) - 遠山金四郎役
- 『天下の副将軍水戸光圀 徳川御三家の激闘』(テレビ東京) - 水戸光圀役
- 大河ドラマ『花の乱』(NHK/1994年) - 足利義政役
- 『炎の奉行 大岡越前守』(テレビ東京) - 大岡忠相役
- 第8回時代小説大賞スペシャル『仲蔵狂乱』(朝日放送) - 中村仲蔵役
- 『あの戦争は何だったのか 日米開戦と東条英機』(TBS) - 山本五十六役
[編集] テレビ(バラエティー)
- 『クイズ$ミリオネア 頂点をきわめた者たちの死闘スペシャル』(フジテレビ/2007年1月2日放送)
- 『笑っていいとも! テレフォンショッキング』(フジテレビ/1985年放送)
- 『徹子の部屋』(テレビ朝日)
- 『NHKアーカイブス』(NHK)
[編集] 社会的活動
「国際化社会になるにあたって、日本人のアイデンティティの拠り所の一つとして歌舞伎を役立てて欲しい」[4]との思いから、積極的に発言をしている。また、子息海老蔵と共に海外公演も積極的に取り組んでいる。
[編集] 文献
- 著書 『團十郎の歌舞伎案内』 (PHP新書、2008年) ISBN 978-4569699295
- 著書 『歌舞伎十八番』 解説・服部幸雄/写真・小川知子 (河出書房新社、2002年) ISBN 978-4309265872
- 服部幸雄 『市川團十郎代々』 (講談社、2002年)
- 『十二代市川團十郎』 写真・薄井大還 (マガジンハウス 2001年)
- 『海老蔵から団十郎へ 十二代目市川団十郎襲名』 写真・薄井賢三 (集英社、1985年)
- 『襲名全記録 十二代目市川團十郎』 写真・富山治夫 (平凡社、1985年)
[編集] 外部リンク
[編集] 脚注・出典
- ^ 2007年10月14日放送「名門に生まれるということ…〜市川海老蔵・宿命と苦悩の物語〜」(フジテレビ系)
- ^ 歌舞伎座. "市川團十郎 舞台復帰". 2008年11月26日 閲覧。
- ^ nikkansports.com (2008年10月29日). "団十郎血液型AからOに「性格変わらず」". 2009年11月23日 閲覧。
- ^ 團十郎 2008年
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最終更新 2009年11月23日 (月) 03:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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