市易法
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市易法(しえきほう)とは、中国・北宋の王安石の新法の一つ。中小商人の保護と商業流通の合理化を目指した政策。「市易」とは交換流通を意味する。
それまで専売法などを中心に政権と癒着していた都市の豪商たちは、商品買占めや価格操作などを恣意的に行い、中小商人を圧迫して商品の流通を妨げていた。王安石は、大商人に買い叩かれる商品を政府が適正価格で買い上げ、規定の担保もしくは保証人のある中小商人に低利でそれを売りさばかせた。熙寧3年(1070年)、西北辺の茶・馬貿易の要所に市易司を置き、貿易を統制して豪商を締め出し、その利益を辺境経営に充てたのが最初である。次いで熙寧5年(1072年)3月、開封とその後背地をなす大運河流域の主要都市にも市易司を設置し、政府が介入して滞貨を買収し、市易司の傘下に再編成されたギルド商人を通じて流通させ、官用品の調達にも市易司が介入して大商人の暴利を抑えた。これらの政策は一定の成果を上げたが、しかしその統制的な経済運営理念とは別に市易法の運用にあたった呂嘉間の兼并的な運用により物価が暴落するなど混乱し、やがて豪商たちの反対にあって元豊8年(1085年)以後、次々に廃止されることとなった。均輸法による経済政策は漢の武帝による導入(桑弘羊)以降、中国の帝室運営政策としてしばしば登場するが、儒教の主唱する農本主義と法家思想との対立にもとづく倫理観や観念的な思想対立が議論の中心にあり、今日のような市場原理主義対混合経済のような経済政策論争とは必ずしも一致しない。
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