市谷薬王寺町
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市谷薬王寺町(いちがややくおうじまち)は、東京都新宿区にある地名・町名。住居表示未実施。当地域の人口は、2,506人(2006年12月1日現在、住民基本台帳による。新宿区調べ)。
地名は外苑東通りに面した30番地33番地にあった薬王寺という寺院に由来しているが、明治維新の時に廃寺となり、法灯は文京区大塚の護国寺に移された。現在当地に薬王寺という寺院はない。
郵便番号は、162-0063。
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[編集] 地理
新宿区の中東部に位置する。地域北部は、市谷柳町に接する。地域東部は市谷加賀町に接する。南部は市谷仲之町、市谷本村町にそれぞれ接する。地域西部は、河田町に接する。地域北西部は、原町に接する(地名はいずれも新宿区)。
地域のほぼ中央を南北に外苑東通りが通っている。
外苑東通り沿いにはビルや商店、マンションなどが見られるが、道路から離れると住宅街となっている。ほかに寺院も見られる。
当地域には鉄道駅はないが、地域南部には都営新宿線の曙橋駅が、地域北部には都営大江戸線の牛込柳町駅がそれぞれ利用可能な範囲にある。
[編集] 歴史
市谷村の一部で、当初は旗本萩原氏の屋敷地より元禄14年(1701年)に返納され薬王寺に給付、門前町を形成した。 正徳3年(1713年)に町奉行の支配となって市谷薬王寺前町と称した(現在の62~69番地周辺)。薬王寺が市谷薬王寺前町に加えられたのは明治5年で、このとき併せて蓮秀寺・長厳寺・浄栄寺・林松寺・妙典寺・長昌寺・市谷南寺町(現在の4番地周辺)と旗本久貝氏ほかの旗本屋敷・御先手組大繩地・東円寺墓所が加えられた。明治44年(1911年)に『前』の字が取られ、現行名の市谷薬王寺町となった。
かつて陸軍大将児玉源太郎の自宅があった。(35番地)
[編集] 主な史跡
[編集] 主な催事
- 薬王寺・柳町 七夕まつり(7月第1日曜日)
- 夏まつり(8月第1日曜日)
- 大御輿(八棟御輿)と子供御輿の渡御
- 商交まつり「ふれあい芋煮会」(10月第1日曜日)
- 芋煮会のほかワゴンセール、チンドン屋、大道芸、ビンゴゲームなど
[編集] 関連文献
- 『東京都住居表示に関する資料』
- 『新宿区史』
- 『新宿区町名誌』
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年8月8日 (土) 07:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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