広島平和記念資料館

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施設情報
専門分野 広島市への原子爆弾投下の惨状を伝える
事業主体 広島県広島市
管理運営 財団法人広島平和文化センター
開館 1955年
所在地
広島県広島市中区中島町1-2
館内に展示されている腕時計(許可を得て撮影)。原爆投下時刻で停止している。

広島平和記念資料館(ひろしまへいわきねんしりょうかん)は、広島県広島市中区に所在する博物館(平和博物館)である。「原爆資料館」(げんばくしりょうかん / もしくは「平和資料館」)とも称される。

目次

[編集] 概要

中島町広島平和記念公園敷地内に所在し、広島原爆の惨状を後世に伝えるための施設として開館した。運営は広島市出資の財団法人広島平和文化センターが行っている。

入場料は2008年8月現在大人50円小人30円。国指定の重要文化財である西側の「本館」と、東側の「東館」からなり、観覧は東館から入場し本館から退出するコースとなっている。東館には原爆投下までの広島市の歴史や原爆投下の歴史的背景に関する展示があり、本館では広島原爆の人的・物的被害に関する展示が行われている。特に、投下直後の壊滅した市街地の縮小模型、逃げまどう被爆者の等身大ジオラマ、「黒焦げの弁当箱」など被爆死した動員学徒[1]の遺品、本通住友銀行広島支店から移設された「人影の石[2]などの展示品はよく知られている。東館・本館併せて全ての展示物の観覧には3時間かかるとされるが、実際の平均見学所要時間は40分である。

[編集] 沿革

1945年8月6日、世界最初の原子爆弾に被爆し多くの人的・物的犠牲を払う惨禍に見舞われた広島市では、第二次世界大戦後の早い時期から学術機関のみならず市民の手で被爆資料の収集が行われていた。この活動の中心となっていたのは当時広島大学理学部地質学教室の嘱託を務めていた長岡省吾[3]であり、収集された資料は市の中央公民館の一角に設置された「原爆参考資料陳列室」に展示されていた。しかし所蔵資料の増加にともない、原爆の惨禍を広く世界にアピールするため、これらの保管・展示を目的とする施設を求める声が高まっていった。

同時期、爆心地である中島地区を新たに平和記念公園として整備する構想が進んでいたが、資料展示施設は公園の全体設計を担当した建築家・丹下健三により公園の目玉施設として位置づけられるに至った。丹下の設計による「広島平和記念資料館」は1955年に開館し、これにともない中央公民館の被爆資料は資料館に移されて展示・保管され、初代館長には長岡が就任した。

開館当初の資料館は現在の「本館」(写真の手前側)のみであり、設計者の丹下は、資料館の西側に広島市公会堂(現在の広島国際会議場)、東側(画像の奥側)に広島平和記念会館本館(平和記念館 / 現在の東館)を配し、建物の形を正面から見て左右対称とした(後述のように、その後の改築で公会堂が国際会議場、平和記念館が東館となっても、左右対称の構図は継承されている)。

1991年に展示内容の見直し、改装が行われた。1994年に平和記念館を改築した時に旧来の平和記念資料館と併せて「平和記念資料館(東館・西館)」と呼ぶようになり、当初からの建物を西館、記念館跡地に新たに建設されたものを東館と称した。この改築に際して2館は回廊で連結され、以後入館時には東館から入場し西館から退館するようになった。2006年、資料館西館は、同じく広島市内の世界平和記念聖堂とともに、第二次世界大戦後の建築物としては初めて国の重要文化財に指定された。この指定を機に、従来の「西館」の名称は「本館」と変更された。

[編集] 現状

観覧に際して前半の東館の見学に時間を取られ、原爆被害を展示する本館の見学がなおざりになったり、重要文化財となった本館が老朽化し維持管理に不安が生じているなどの問題点が指摘されている。これらに関しては、本館~東館の順で見学できるよう順路を変更したり、本館に免震装置を付けてできるだけ現状を維持する案が出ている。

[編集] 脚注

  1. ^ 被爆当日は、現在の平和記念公園に相当する爆心地付近の中島地区の建物強制疎開の作業日になっており、朝からこの作業に動員されていた多数の中学高女生徒が、原爆の直撃を受け犠牲となった。
  2. ^ 原爆投下時、同支店の玄関の石に腰掛け開店時間を待っていた女性(遺族の証言からほぼ特定されている)の影が熱線により焼き付けられたとされていたが、正確には人体からの抽出物が黒い影状の染みを残したものである。戦後長い間同支店前にガラス張りケースを付け現状保存されていたが、「影」が日光の照射を受け時間の経過とともに薄くなったため資料館に移設された。現在はかなり見えにくくなっている。
  3. ^ 井上ひさしの戯曲を黒木和雄監督で映画化した「父と暮らせば」の登場人物「木下」(浅野忠信が演じた)のモデルでもある。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月20日 (金) 19:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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