平岡千之

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平岡 千之(ひらおか ちゆき、1930年1月19日 - 1996年1月9日)は日本外交官。作家三島由紀夫の実弟。

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[編集] 来歴・人物

東京に農商務官僚平岡梓倭文重の次男として生まれる。兄と同じように学習院初等科に入れられるも、退学して渋谷区立大向小学校2年次に編入。

1948年、『文化展望』誌にを発表。浦和高等学校(旧制・官立)を経て、1950年東京大学法学部政治学科入学。1954年3月に卒業。同年、外務省に入省。同期には栗山尚一(駐米大使・外務事務次官)、三宅和助(駐シンガポール大使、外務省情報文化局長)ら。文学に憧れを持っていたものの、兄である三島由紀夫の執筆の苦しみを目の当たりにして官僚の道を選んだ(なお、兄の三島由紀夫は元大蔵官僚でもある)。フランスセネガルなど各国に駐在。1967年ラオス駐在時代は外交官としての権限を使って三島の取材を補佐した。

1987年3月31日4月2日付で駐モロッコ大使に任命される。駐ポルトガル大使などを歴任し、1987年3月から大臣官房付。1993年に退官した後、迎賓館館長を務めた。引退後はポルトガル詩人フェルナンド・ペソアの作品を翻訳したいと発言していたが、その望みは果たせぬまま1年間の闘病生活の後に死去。遺された蔵書は、モロッコ駐在時代からの友人である四方田犬彦に託された。残された蔵書には兄である三島の本は新潮社版三島全集の補巻がただ一冊あるだけ、それも背中を逆にして書棚へ突っ込まれていたという。

また水木しげるの愛読者で、ラバト駐在の日本大使だった頃も『ゲゲゲの鬼太郎』を全巻取り寄せて愛読していたという[1]。また、若い頃からランボーが好きで、外交官として退官して久しぶりに東京へ戻ってみたところ、日本のランボー研究が思いのほか進んでいることにいたく感心したという[1]

妻夏美の父はカナダ大使、竹中工務店の顧問等を務めた近藤晋一。夏美の母方祖父は14代竹中藤右衛門。

[編集] 参考文献

[編集] 関連

[編集] 脚注

  1. ^ 四方田犬彦『星とともに走る』p.248(七月堂、1999年)

最終更新 2009年6月16日 (火) 09:00 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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