平成教育テレビ

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平成教育テレビ
ジャンル バラエティ番組 / 特別番組
放送国 日本
制作局 フジテレビ / フジネットワーク
製作総指揮 鹿内宏明(第6回)
日枝久(第7 - 10回)
演出 三宅恵介 / 上川伸廣イースト
(共に総合演出)
プロデューサー 王東順(総合P)ほか
出演者 総合司会
ビートたけし
("北野武"名義、第6 - 10回)
逸見政孝(第6・7回)
その他の司会者
明石家さんま
(第9・10回、第6 - 8回はゲスト出演)
所ジョージ笑福亭鶴瓶(第9・10回)
ヒロミ今田耕司東野幸治(第9回)
田代まさし(第10回)
進行
中井美穂(第7・8回)
八木亜希子(第10回)
ゲスト
タモリ ほか
FNSの日スーパースペシャル
1億2000万人の平成教育テレビ
放送時間 1992年7月18日19:00 - 翌19日20:00(26時間00分)
放送期間 放送時間と同じ(FNSの日第6回)
FNS大サービスバラエティー
1億2450万人の平成教育テレビ
放送時間 1993年7月24日21:00 - 7月25日20:00(23時間00分)
放送期間 放送時間と同じ(FNSの日第7回)
FNS総力スペシャル1億2500万人の
平成夏休みバラエティー
放送時間 1994年7月23日21:00 - 翌24日19:58(22時間58分)
放送期間 放送時間と同じ(FNSの日第8回)
FNSの日・1億2500万人の超夢列島
そのうちなんとか…23時間
放送時間 1995年7月15日21:00 - 翌16日 19:58(22時間58分)
放送期間 放送時間と同じ(FNSの日第9回)
FNSの日 十周年記念
1億2500万人の超夢リンピック
放送時間 1996年7月13日18:00 - 翌14日23:24(29時間24分)
放送期間 放送時間と同じ(FNSの日第10回)

特記事項:
番組名の由来及びベース番組は『平成教育委員会』。

平成教育テレビ』(へいせいきょういくテレビ)とは、1992年1993年の「FNSの日」に放送された長時間スペシャル番組。また、この項では北野武及び、主にBIG3が中心となって放送された1996年までを扱っている。

目次

[編集] 番組概要

タイトルは、NHK教育テレビテレビ朝日の前身である「日本教育テレビ」と当時、フジテレビ系で放送されていた『平成教育委員会』をもじったもの。1991年まで『テレビ夢列島』と題して放送されてきたものを全面的に見直し、当時の高視聴率番組『平成教育委員会』をメイン企画に据えて放送された。

メイン通し企画として、FNS各局対抗の「全国一斉模擬試験」があった。土曜深夜から日曜夕方にかけて4回にわたって『平成教育委員会』のクイズを実施。フジテレビのメインスタジオ(河田町当時、第6スタジオ)にいるFNS各局女性アナと中継先のFNS各局代表一般解答者20人の合計点を競い、もっとも優秀な成績を修めた系列局を決めるというのが一応の主題。(同時に全系列局の中から最優秀生徒を決めた。)総合司会は北野武逸見政孝が務めた。ただし、逸見が逝去した1994年以降、特に1995、96年はたけしがメインだったが、実質明石家さんまもたけしとほぼ同じくらいの出演時間があった。したがって1992・93年はたけし・逸見、1994 - 96年はたけし・さんまをメインに放送したと考えられる。第8回 - 第10回においても、『平成教育テレビ』の内容を受け継ぎ、たけしがメイン司会をしている。

[編集] 放送時間に関して

  • 前身の『テレビ夢列島』とは違い、おおむねの年は土曜夜9時〜翌日曜夜7時58分の22時間58分(約23時間)だった。実質的には野球中継の後に放送される。
    • 例外に1992年では例年前番組である野球中継がNPBのスケジュール上によりオールスターゲーム・第1戦テレビ朝日系列で放送されたため夜7時からの24時間58分(約25時間)の放送だった。
    • また、1996年では前番組の野球中継を枠内に吸収、夕方枠のニュース枠の30分前倒しがあり、土曜夕方6時から翌日曜夜11時30分の29時間半の放送だった。
  • また、たけしの裏番組出演の関係上、1992年~1995年には『ダウンタウンのごっつええ感じ』は通常放送された。

[編集] 主な中心的なスタッフ

この、たけし時代の制作協力は「イースト

  • 製作総指揮:鹿内宏明(第6回まで)→日枝久(第7回から)
  • 演出:三宅恵介(フジテレビ)・上川伸廣(イースト)・今井康之(イースト)・坪田譲治(フジテレビ)・加茂裕治(フジテレビ)ほか 
  • 総合プロデューサー:王東順ほか
  • プロデューサー:角井英之(イースト)・山縣慎司(フジテレビ)・鈴木恵吾(フジテレビ)ほか
  • ディレクターには片岡飛鳥なども参加していた。

[編集] タイムテーブル

[編集] 主なコーナー

[編集] BIG3

  • 1992年 『タモリ・たけし・さんまビッグ3世紀の教育スペシャル』「車庫入れ」「タモリ・たけし・さんまの小中高時代」
    • 前年たけしに愛車を破壊されたさんまは、たけしが当時日本テレビで「スーパージョッキー」の司会を担当していたため、日本テレビ(麹町)からフジテレビ(河田町、どちらも当時。ちなみに時間は車で10分ほど)に「黒のロングボディーのセンチュリーで来る」という情報を信じた。さらにタモリと逸見から塀のブロックを手渡され「やり返しちゃえばいいんだよ」とけしかけられたことで、前年の復讐のためブロックを持ちたけしのセンチュリーを破壊しようと待ち構えていたが、たけしは助六姿で自転車に乗って登場、そのままさんまのレンジローバーに追突し、自転車をレンジローバーの車体にぶつけた。自転車をぶつけた瞬間、ギャラリーからは歓呼の声が挙がった。さんまは必死でたけしを止めたが、たけしは帯にさしていた尺八でさんまのレンジローバーを叩き、破壊しようとしていた。さんまは「どういうつもりや」と激怒。当のたけしは「俺、日テレでテレビ見てたもん」と話した。さらにタモリはたけしが乗ってきた自転車を見て「センチュリーって書いてある」とオチの一言。さんまは「書いてるか!『丸石』って書いてあるやないか!これが1400万もするかい!自転車屋は大もうけやなこれは!」とさらに激怒した。さんまは「今年はやめようよ!」と言ったものの、さんまのマネージャーから鍵を託されたADがたけしにこっそり鍵を渡し、たけしは車に乗り込む。鍵を挿し込む場所が分からなかったたけしだが、タモリ&逸見の指示で判明しエンジンが掛かる。そして「車庫入れ」となり、またもやブロックにぶち当たり、さらに後輪をパンクさせ、さんまを追い掛け回した(ここでコマーシャルに突入して後半の「世紀の教育スペシャル」に続く)。ちなみに車の修理代は60万円と言われている。この企画は週刊誌などでたけしに対し相当な批判が展開された。被害者のさんまは2008年の「27時間テレビ」の事前番組でこのことに関して「本人、テレビ局の両方から一切の弁償がない」と語っているが、これは話を盛り上げる為の発言であり、93年には逸見、タモリ、たけしに対し「普通は(修理代に)色を付けて渡すじゃないですか?フジテレビは色をつけんねぇ〜」と発言、また96年には「普通のバラエティで60万のセットを破壊したりすることはよくある事。たかが60万であれだけ面白い企画が生まれたんだから、充分元は取れている」とたけしを擁護している。これらの発言から弁償は行われたと思われる。さらに、ナインティナインが当時のスタッフから聞いた話によると、さんまは放送後もしばらく修理せず、壊れた車で他の現場に現れそこのスタッフから笑いを取っていたという。
  • 1993年 『タモリ・さんま・たけしビッグ3恒例車庫入れ大会』「BIG3世紀のクイズマッチ」「車庫入れ」
    • 2年連続でレンジローバーを破壊されたさんま。この年も遭えなくクイズに負け、「車庫入れ」と相成った。ところが、タモリとたけしも自前の自動車を用意してあることになっていたが、タモリの車はトラクター、たけしの車はボロボロのオープンカーと、どう見ても自前であるとは考えられずさんまは呆れ返っていた。そしてさんまの「車庫」に止めてあったのはボンネットバンパーが無残に外され、エンジン部分が雨ざらしになっていたレンジローバーだった。さんまは「これ、雨に打たれたらいかんのんとちゃうん?」と言い、「たけしさん?」と振ったがたけしは「ボンネット、バンパー・・・」と話を聞き流していた。やがて、さんまの目に入ったものは、クマさんこと篠原勝之の手によって切断されたボンネットと、のように捻じ曲げられたバンパー(クマさんいわく「オブジェ」)だった。「クマー!!」とクマさんの頭をはたいたさんまは激怒したが、「これ(ボンネットとバンパー)、そこに落ちてたんだよ」とクマさん。「落ちてるわけないじゃないすか!」とさらに激怒したさんまを尻目に、クマさんはガスバーナーでボンネットをさらに切断していった。その翌年の放送でおまけにホイールまでも作品の材料に加え、優勝局の秋田テレビ社屋前で1年間飾られた(翌年には八森町に移転した)。
  • 1994年 「ビッグ3ホールインワンチャレンジ」
  • さんまのレンジローバーがゴルフボールの餌食になった。また、車の鍵が折れたのもこの年。
  • たけし・さんまがホールインワンを出したが、なかなかホールインワンが出ないタモリはティーとグリーンの間にさんまのレンジローバーが追加したり、さらにタモリの顔に黄色い絵の具で髭を描かれた。
  • 1995年 『ビッグ3トーク タモリ・たけし・さんま戦後50年を語る』「BIG3思い出の歌」「YesNoトーク」「ダイビングクイズ」
    • 前編は昭和30年代の家と空き地を模したセットでトーク。たけしの「OK!マリアンヌ」とさんまの「ウィスキー・コーク」が散々ネタになる。後半は、三人が滑り台に座らされていたが(下には風船が敷き詰められていた)これはフェイントで、実際は間違えるとトラックの荷台に載せてあるBIG3の愛車が滑り落ちていくクイズ。さんまはレンジローバーに代えてプリムス・バラクーダを持ってきたが、例によってさんまだけ難しい問題が出題されるというさんまに不利な展開となり、バラクーダは荷台から滑り落ちブロック塀に衝突した。
  • 1996年 「夢列島10年間の歩み」第一部
    • この回は、1991年〜1995年までの車を使用した企画・罰ゲームが行われなかった。

[編集] 視聴者参加クイズ

  • 夜明けの全国一斉模擬試験・教科編(1992年、1993年)
  • 夜明けの全国一斉模擬試験・地方編(1994年)
  • 賞金100万円!夜明けのイントロクイズ クイズドレミファドン(1995年)
  • 見てないと分からないクイズ(1996年)

[編集] プロ野球ニューススペシャル

  • 中継場所ラインナップ
    • 1993年はドイツのホッケンハイムリンク(F1)とフランスのパリ(自転車)から
    • 1994年は北海道の十勝(自動車)とフランスのパリ(自転車)から
    • 1995年はアメリカのロサンゼルス(メジャーリーグ)とイギリスのシルバーストンサーキット(F1)から
    • 1996年はアメリカのアトランタ(五輪直前情報)から:其々、衛星生放送した。
  • 尚、1992年の放送では北野武が、冒頭に「(プロ野球)オールスターが中止になればよかったんですけども」と言った(ちなみに、この時はテレビ朝日ABC系列で阪神甲子園球場からオールスターゲームの中継をしている)。

[編集] 各年度のダイジェスト

[編集] 第6回(1992年)FNSの日スーパースペシャル1億2000万人の平成教育テレビ

司会:北野武、逸見政孝 各時間を「教科」とし、授業を行った。

  • 同じ答えばかりの解答者がいた。
  • 逸見政孝と岡本夏生の司会で『NEWSCOMスペシャル』。夕方は、『スーパータイムSP』。
  • ウッチャンナンチャン・ダウンタウンによる深夜の保健体育。(司会進行はなぎら健壱)
  • 『北野ファンクラブ』(SPの題名は「北野武の平成ファンクラブ」)、『カルトQ』など当時の深夜番組がスペシャルで生放送。
  • 『北野ファンクラブ』はゲストに玉置浩二が来るなど華やかなものになり、最後は「Let it be」の替え歌で歌詞はともかく、非常に盛り上がったエンディングとなった。はずであったが、歌詞の内容がアトピー患者をけなしているとも捉えられかねない内容であったため、後刻、謝罪した。このほか、トークゲストとして山田邦子が出演した。
  • 夜明けの一般公開模擬試験
全20問出題。全20問正解した応募者に奨学金100万円山分け。また全20問正解以外の応募者から抽選で100人に『平成教育委員会』の本をプレゼントした。
応募総数・1910通、うち全20問正解した人は2人。よって50万円ずつ進呈。
  • 全国秘湯・グルメ列島リレー中継
  • 朝の大運動会
  • 『平成教育委員会』NG名場面集
  • あっぱれさんま大先生』スペシャル
再びメインスタジオに切り替えた後、うじきつよしが熟睡して、逸見をはじめ出演者陣が小声で進行し明石家さんまが登場。その後、天本英世がハリセンで2発そしてさんまもハリセン2発で起こし始まった。
  • BIG3コーナー「世紀の教育スペシャル」(前半「車庫入れ」は『主なコーナー』に)
(前半のあらすじ)昨年度の仕返しとばかりにたけしの車にブロックをぶつけようと待ち構えるさんまの前に現れたのは、助六姿で自転車に乗ってやって来たたけし。あ然とするさんまを尻目にさんまの車に尺八を叩きつけ、自転車をぶつけるたけし。結局この年もさんまの車はボロボロに・・・
逸見の仕切りでBIG3の小中高時代を振り返る・・・はずだったが、最初は前半「車庫入れ」を振り返るトーク。タモリ「自転車をぶつけた程度では保険は降りないよ」、たけし「あそこで止めたら「意気地なし!」と言われる」、さんま「自転車が入ってきた時、チャップリンの映画かな?と思った」。続いて本題に入り、それぞれの小中高時代を秘蔵写真等で振り返る。
    • タモリ:学級委員をクビになる(小学校)、片思いの人現る(中学校)、長崎までヒッチハイク(高校)
    • たけし:「ダッタマン」(小学校。「~だった」だらけの卒業文集の文体を、さんまが「ダッタマン」と呼んでからかった)、坊主にされる(中学校)、坊主にされる。教頭先生を5円玉で引っ掛ける(高校)
    • さんま:ムササビを捕まえる(小学校。以前からデタラメ説が唱えられていたが、証拠写真提出)、相撲部で準優勝(中学校。当該記事をスタッフが奈良まで調べに行ったがなかった)、失恋。リレー事件(高校)
締めは「(話の流れから)性格は変わるってことですね」という逸見の発言に対し、三人が「変わったわけじゃないと思うなぁ」「いや、性格はかわらんでしょ」と発言。また、たけし関連の物は翌年以降もしばしばネタにされ、2001年にたけしが『さんまのまんま』に出演した際にもダッタマンネタを指摘され、「こんなバカな小学生が世界の北野だなんだ言われて」と言われた。
  • 放送時間は土曜夜7:00~日曜夜7:58。この年から1995年までの4回、番組の終了時間が夜7時58分までに。ちなみに、番組の終了時間が夜7時58分までになったのは、前後や他の番組との放送時間の関係(『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』と被らせないため)。
  • この年を最後に山形テレビが放送を打ち切る(翌年ANNにネットチェンジ、1997年のさくらんぼテレビの開局まで山形では放送なし)。
  • 全国一斉模擬試験
この年の全国一斉公開模試の優勝局は関西テレビ。2位は富山テレビ、3位は山陰中央テレビ、最下位はテレビくまもと、26局中25位のブービーだったのがフジテレビ。特にテレビくまもとの出張アナだった尾谷いずみアナは1問も解けなかった。
また問題開始当初は関西テレビの独走だったが、いったんは富山テレビにトップを譲り、最終的には再びトップとなった。
当時解答モニターは解答用紙に局名、名前を明記しなければならなかった。翌年以降『平成教育委員会』と同様、モニターにライトペンで書くものに変わった。ただ、翌年(1993年)は局名をコンピューター表記になり、1994年には名前も同様になった。
  • 個人での最優秀は北海道文化放送代表の中村弘志。
  • 「フジテレビ新人アナ披露」。この年は小島奈津子(埼玉県)、福原直英(東京都)そして西山喜久恵(広島県)の男性1人/女性2人の合計3人が担当した。また、1998年からはこの番組の進行アナウンサーを務めている。
  • 画面下の提供スーパーアニメは、勉強小僧と緑色の鉛筆が登場して、鉛筆がしなったり、勉強小僧がジャンプしたりする所でスポンサー名表示が切り替わった。
  • 番組本編とは異なるが、この番組の前日に放送された『笑っていいとも!』のタモリ・さんまのトークコーナーに総合司会のたけしが参加している。BIG3の三人が『FNSの日』と正月の『世紀のゴルフマッチ』以外で集まった数少ない例である。
  • 鹿内宏明が製作総指揮を務めたのはこの年が最後となった(7月21日産経新聞社の社内クーデター後、フジテレビ会長を解任されたため)。

[編集] 第7回(1993年)FNS大サービスバラエティー1億2450万人の平成教育テレビ

※マルチ画面には『FNSの日 1億2450万人の平成教育テレビ』と書かれていた。 司会:北野武、逸見政孝

  • 逸見はこの年が最後のFNSの日への出演となった(同年12月25日逝去)。
  • 2日目午前中は逸見が休養に入ったためラサール石井が委員長代理となった。
  • 接近した台風4号により、前番組のつなぎ予定だったナイター中継の中日-巨人戦(ナゴヤ球場)が中止。番組中も随時台風情報を入れることに。
  • 日曜朝10時台の「全国一斉模擬試験」枠は逸見が裏番組『いつみても波瀾万丈』とかぶるため、学級委員長代理としてラサール石井が進行役を務めた。
  • 一方のたけしは、日曜13時台に番組では「全国○×王決定戦」を進行しているその裏で、教師姿で『スーパージョッキー』に生出演した。
  • オープニング直後、各地で行われるプロ野球の様子を中継する予定であったが、前述した台風4号の影響で中日-巨人戦(ナゴヤ球場)の他、ヤクルト-阪神戦(明治神宮野球場)、横浜-広島戦(横浜スタジアム)が雨天中止。試合が行われた近鉄-西武戦(藤井寺球場)、オリックス-日本ハム戦(グリーンスタジアム神戸)、ダイエー-オリックス戦(北九州市民球場)も揃って9時前に試合が終了してしまうという散々な中継となってしまった。特に、逸見がグリーンスタジアム神戸に中継を振った際、応対した関西テレビ岡林豊明アナウンサーが「静かなグリーンスタジアム神戸です」と試合が終了したことを告げると、たけし・逸見の2人が大コケした。
  • 前年に優勝した関西テレビに中継を振った時に中継の締めで、梅田淳アナが「お約束通り、たけしさん逸見さんにむかってズームイン!」
  • 「全国一斉模擬試験」の結果は、優勝・秋田テレビ/準優勝・福島テレビ/第3位・長野放送。優勝した秋田テレビには、ゲージツ家の篠原勝之(クマさん)が製作した『鉄のモニュメント・≪楽天速度≫』が贈られた。
  • 『平成教育委員会スペシャル』終了時の挨拶で逸見が「起立!」と「礼!」を続けて言ってしまい爆笑を誘う。どんとには、「続けて言って如何するのよ!」と突っ込まれた。
  • 深夜は北野ファンクラブをベースとした『平成ファンクラブスペシャル 深夜のカラオケステージ』。所ジョージをゲストに迎えてのカラオケ大会となった。逸見がカラオケ(千昌男・君がすべてさ)を歌ったが、出だしをはずしたときに逸見にマイクを渡したガダルカナルタカにたけし・高田両名から「だから歌わせるなって言ったろ!」と突っ込みを受けた。
  • 『夜明けの一般公開模試試験』開始時に逸見が映っている事を知らずにスタッフに「入っていますよ!」と突っ込まれてスタジオ中が拍手と笑いに包まれた。この回では全問正解者は5人おり、1人ずつに20万円が進呈された。ちなみに全問正解者の中には『アメリカ横断ウルトラクイズ』の優勝者の名前も含まれていた。
  • BIG3コーナーで明石家さんまの愛車レンジローバーのボンネットとバンパーが篠原勝之の作品になった。さんまの名曲「ウイスキー・コーク」(オリジナルは矢沢永吉)も頻繁にかかった。また前年のたけしの「ダッタマン」もクイズとなって登場していた。
  • 夕方は『奥山佳恵&辰巳琢郎のスーパータイムSP』
  • この年(1993年)と翌年(1994年)の2年間に渡って「平成GIダービー」が開催された。実況には元関西テレビアナウンサーの杉本清、解説に芸能界一の競馬通でお馴染みの山田雅人を迎えてこの年は群馬県の高崎競馬場で1400Mの距離で開催された。優勝はゲンポイント、2着はミホノゴリボシだった。
  • 杉本アナが中継中、全員が3コーナーに行ったかと思ったら、まだ2コーナーの手前に到達できず、結局実況生活で初めてCMを入れることに。また、CM中にチャック・ウィルソンが足をけいれんしてリタイアした。
  • 『あっぱれさんま大先生SP』でさんまは帽子を反対向きにスポーツの球技をデザインしたTシャツを着たため、終盤に「ここから御覧の皆さん、うじきつよしじゃないですよ」と話した。
  • この年から1995年までの三回、23時間番組(土曜夜9:00~日曜夜7:58)に。いずれも9:00まで野球中継があったためだが、毎年30分遅れて放送開始。
  • この年は、事前に視聴者が葉書で局対抗戦の優勝局及び準優勝局を連勝単式で予想する、「優勝キョクカルチョ」を実施(予想的中者で100万円の賞金を山分け・もし的中者が101通以上あった場合は抽選で100名に1万円)。応募総数は7万2250通。一番人気がフジテレビ・関西テレビの組み合わせで1301通、二番人気が関西テレビ・フジテレビ、三番人気がフジテレビ・東海テレビ、大穴はテレビ長崎・テレビ愛媛と沖縄テレビ・テレビくまもとの46通で、結果、上記の通り、秋田テレビ・福島テレビの組み合わせで72通だった。一方の福島テレビ・秋田テレビの組み合わせで73通あった。
  • 「全国一斉模擬試験」個人戦は、全国500人が優勝賞品である『フランス・パリ 留学の旅』を目指して、4回に分けて出題された問題に挑んだ。優勝したのは山陰中央テレビの山本さん。
  • 「フジテレビ新人アナ披露」。この年は奥寺健(東京都)、関戸めぐみ(東京都)、濱田典子(東京都)、平松あゆみ(東京都)の男性1人/女性3人の合計4人が担当した。
  • この年の提供CGは、勉強小僧が登場して、ジャンプする度に社名が切り替わった。
  • この年から製作総指揮は日枝久へと交代された。

[編集] 第8回(1994年)FNS総力スペシャル1億2500万人の平成夏休みバラエティー

※マルチ画面には『FNSの日 1億2500万人の平成夏休みバラエティー』と書かれていた。

  • 司会:北野武(事実上、1992、1993年と同様、平成教育委員会がメイン)
  • この年は前年までの「全国一斉模試」がメインだったが、この年は「各局対抗クイズ」がメインとなり、1992年の「全国一斉模試」から続いた女子アナコースは継続し、地元タレントとタッグを組み「平成教育委員会」からの問題、FNS系列局からの問題など数十問行い、総合得点で争う形式だった。また、「最優秀生徒」は地元タレント25名から最高得点者1名を決めた。
  • オープニングで明石家さんまが発言「僕、この番組3時間出番頼まれてたんですよ。で、昨日台本見たら13時間!だったんですよ」
  • 総合司会は北野武だが、さんまほか所ジョージ楠田枝里子中井美穂アナらがかわるがわる、たけしとともにMC席に入るスタイルで放送された(1993年夏の企画を立て始めから冬あたりまでは、この年もたけし&逸見を司会に「平成教育テレビ」を行う予定だったものの、12月に逸見が逝去したため、たけしメインに、さんま・所・楠田というたけしと親交の深い3人がサブとして参加したという経緯がある)。またこの年以降○×クイズ王決定戦など今までは逸見が進行していた部分は代理としてラサール石井が務めた。ラサールは全国一斉模試にも出演(ただし進行は、学級委員の中井アナが担当)。この年からメイン司会が、たけし&逸見体制からたけし&さんま体制へ変わる。
  • フジテレビ駐車場で23時間かけてジミー大西が巨大アートに挑戦
  • 各局対抗クイズの長崎の問題の答えで大阪に居た桂三枝が「その答えに異議有り!」を申した。ただし、たけしはそれをボケる形で退けて長崎の正解を認めた。
  • 「オールナイトフジRスペシャル」など深夜枠の時間帯に、臨時ニュース「女性宇宙飛行士・向井千秋が地球に帰還する」の挿入でコーナーの時間短縮。コーナーの最後に、今田が河田町にあった当時のフジテレビの駐車場で逆バンジーされる。
  • 深夜企画「夜のチョットスタジオ」は云わずと知れた往年の同局の看板音楽番組「夜のヒットスタジオ」のパロディ。芳村真理(芳村ムリー)役には細川ふみえ井上順(井上不順)役にはヒロミ、指揮者のダン池田役にはガダルカナル・タカがそれぞれ扮装。たけしは「北野ファンクラブ」でのキャラクター「亀有ブラザーズ」ボーカルとして、下ネタメインの替え歌を数曲披露した。
  • 前年(1993年)に続いて平成GIダービーを開催。この年は「第2回平成GIダービー・北野大障害」と銘打って、様々な障害を越えて進む1000mのレースを実施。なお、前回の上位3頭にはハンディキャップが与えられた。第3障害の手前で先頭にたったダイカツノブリンが最終障害も楽々と越え、スタジオにいた各局女子アナの面々の驚嘆の声を浴びつつ、そのまま逃げ切って1着でゴール。奇しくもこの年の2着も、前年同様ミホノゴリボシ。ゴール前はダイカツノブリンとミホノゴリボシの一騎打ちと成りゴール板までもつれ込む大接戦となったがたけしの判断でダイカツに軍配が上がった。
  • ○×王は第2回全国○×王座決定戦として開催!試合は3人の決勝戦となったが最後はサガテレビが一気に優勝を決めて○×王を獲得した。
  • この年のBIG3枠はホールインワン対決だったが、例のごとくたけしの暴走でさんまの車はボコボコになり、あげくの果てに車のキーも折られてしまった。またこの年からBIG3枠の司会は、亡くなった逸見に代わり川端健嗣アナが正月特番同様に担当。またこのコーナーのオープニングで川端アナに「来年はどうやって(総合司会を)逃げようかと、今から真剣に考えているたけしさんです。」と紹介されたたけしだが、結局来年も逃げられず司会をすることになる。
  • 夕方は「露木茂&安藤優子&大塚範一のオールキャスターニュース」。
  • 視聴者参加クイズはこの年はFNS各局の問題で難しかったため、92年の企画始まって以来の全問正解者なし(20問正解が最高成績)
  • この年の『全国一斉模擬試験』は、各局のアナが地元出身のタレントとタッグを組んで挑むルール。優勝したのは、前年に引き続いて秋田テレビで、優勝賞品であるジミー大西の巨大壁画アート「夏休み」を獲得。前年賞品の篠原勝之作モニュメントは1年間展示された別の所で展示となった。また、小倉智昭&宮越暁子アナにも「ハワイ旅行」がペアで贈呈られた。ちなみに最下位は沖縄テレビ(渡嘉敷勝男&仲地恵アナペア)。
  • 第1問である「十勝レース予想クイズ」の山陰中央テレビのモニターがトラブルで書けなくなりその第1問自体もコンピューターのトラブルによって放送時間内で結果を出せず、この問題が無かった事として扱われた。また、この問題予想タイムで山陰のモニターが書けなくなり後に口頭で解答する形で解決。現地の塩原恒夫アナはノーヒント状態で東京のスタジオに渡す。そして現在3位と言うヒントが後に来てノーヒントでスタジオに振った塩原アナは「もう一寸、上の方に書いて欲しかった」と正直な気持ちを言った所に・スタジオは半信半疑状態に。他にも、渡嘉敷勝男のモニターが書けなくなるトラブルが起きた。
  • 大坪千夏アナ(当時)がロケ先から問題出題中にザーメンと発言したりするなど、ハプニングの多い放送だった。
  • 「フジテレビ新人アナ披露」。この年は木佐彩子(鳥取県)、佐野瑞樹(静岡県)、武田祐子(山形県)、富永美樹(千葉県)の男性1人/女性3人の合計4人が担当した。
  • この年の提供CG:画面下に水槽が表示され、たけし先生が試薬のようなものをたらすと、提供社名が切り替わっていく。
  • この年のテーマ曲は東京音頭。

[編集] 第9回(1995年)FNSの日 1億2500万人の超夢列島 そのうち何とか23時間

総合司会:北野武。ただしたけしを助けるサブ司会として明石家さんま、所ジョージ、笑福亭鶴瓶、ヒロミ、今田耕司、東野幸治も参加。

  • この年も事実上メインコンセプトは「平成教育委員会」だが、1992年~1994年と比べその色合いは薄くなり、過去の「夢列島時代」のようにさまざまな特別コーナーなどを織り交ぜ放送した。
  • この年の各局対抗戦は「最優秀女子アナ決定戦」を表し、夜11時に「知力テスト」(「平成教育委員会」からの出題)、深夜の「意識調査」、朝の「料理の女鉄人」(当時、大人気番組だった「料理の鉄人」の女子アナ大会版・25局を3チームに分れての対抗戦)、昼の「愛ちゃんと卓球対決」の4ブロックで行い最高得点者にゴールデンマイクを授与した。さらに「最優秀女子アナ決定戦」の得点に加え、「めざめてるテレビ」の「そのうちなんとか合戦」と「全国温泉○×王決定戦」(○×王が出た局に得点)の得点で優勝局を決定した。
  • この年のテーマ「そのうちなんとか・・・23時間」とあるように、前年事故で重傷を負ったたけしをみんなで助け合って23時間がんばろうというのがメインテーマであった。そのため、この年はサブ司会者と言える人物がさんま、所、鶴瓶を始め多くいた。また、たけしはメインという立場であったが、前述の理由からか出演時間は例年に比べ激減したが、実際は今田耕司東野幸治(途中深夜からナインティナイン(最後まで)・よゐこ(朝まで))がメイン司会のたけし・さんまの留守番役いわば宿直として担当し翌1996年にも担当した。
  • オープニング(席順は画面左から 露木アナ、ヒロミ、鶴瓶、所、(たけし)、さんま、今田、東野)・・・

なかなか姿を出さないたけし。野球中継を見たがるさんま、鶴瓶、所、ヒロミ。緊張している東野、今田・・・と全くまとまりのないままスタート。所、さんま、鶴瓶いわく「またあのおじさんは何か企んでるのかなぁ・・・」「そうに違いないで」。さんまが「今日のメインディシュが来てないんですよ」と言った後、たけしがスタジオ後方からメガホンを持って登場。

  • 野球終了後・・・

さんま「今日はパッと盛り上げるために、我々こうして集まってるんじゃない」
たけし「何を言って、去年これをやった後事故しちゃったんだから」
ヒロミ、鶴瓶、露木アナ爆笑
所「オープニングから何言ってんのよ!」
さんま「あのな…おっさん、おっさん。これが不幸ごとの始まりや言うのはあかんよ!」
たけし「俺はあの時姉ちゃんのトコにバイク・・・あ、姉ちゃんって言っちゃった(といってさんまをメガホンで叩く)。」
さんま「あんたの『姉ちゃん』で何で俺が叩かれなあかんわけ?」

  • 上岡龍太郎そのまんま東トミーズ雅そしてフジテレビアナウンサーとして史上初のフルマラソン初挑戦の武田祐子、木佐彩子両アナの5人がオーストラリアゴールドコーストマラソンに挑戦。解説に大竹まこと、実況は三宅正治アナが担当した。見事マラソンは全員完走、レギュラー番組での公約に沿って、後日大竹は坊主になるハメに。また、早朝のマラソン中継中、東野が食事中のところを発見され、鶴瓶らにすかさず「どうでもええんじゃ!!」と逆ギレする一幕もあり、そのことからフジテレビから全国の視聴者に2万本に及ぶ抗議の電話が殺到し、一部視聴者から別名「東野事件」と言われるように至ってしまった(約10年後、テレビ東京系列の『やりすぎコージー』でその模様が再び流される事に)。なお、トミーズ雅がゴールした時に鶴瓶の耳にイヤホンが付けられた(イヤホンを外す時は鶴瓶自身からイヤホンを外した)。
  • ジミー大西がフジテレビ駐車場でガラスでできたオブジェを制作。
  • この年の「プロ野球ニュース」は「超・プロ野球ニュース」として放送。司会役には当時放送していた「夢がMORIMORI」から通称・夢モリコンビと言われていたこの2人・森口博子森脇健児が担当。ナビゲート役には土曜日コンテーターとしてパンチ佐藤が担当。又、アメリカのロサンゼルスとイギリスのシルバーストーンからダブル衛星中継が/さらに野茂英雄武田修宏&北澤豪ジャン・アレジが繋ぎメッセージ役を買って出てくれた。
  • 松村邦洋が鹿児島テレビから当時、河田町にあったフジテレビにタクシーで横断する企画・名付けて「松村邦洋 鹿児島→東京 1520km/タクシーマラソン」を行い、グランドフィナーレで走破。
  • 「魔法のランプ」でゴルフのショートホールニアピン大会を実施。タレントが奮起し翌年も実施する経緯になった。
  • ダウンタウンの「HEY!HEY!HEY!」スペシャル。以前、「HEY!HEY!HEY!」のレギュラー放送で時間の関係で一部しか放送されなかったBOROの「大阪で生まれた女18」を、完全ノーカットで1番から18番までフルコーラス放送した。
  • 23:00~23:30 さんまが「恋のから騒ぎ」の時間帯のため、カメラに映らないところでモニター越しでたけしらのトークを聞いている・・・。

鶴瓶:「さんまー!!何、サボッとんねん!!」(さんま一瞬映る)
さんま:「(鶴瓶&カメラマンに対して)俺は今(この時間、裏番組に出てるから)、映ったらあかんねん!!」
たけし:「あの人(さんま)はカメラに映っちゃいけない芸人なの?」
中井美穂アナ:「さぁ、どうなんでしょうね?」

  • 今年の視聴者参加クイズは、前回全問正解者が出なかった史上最悪の事態が2年連続で起きない様に、往年の人気クイズ番組を復活させた「賞金100万円!夜明けのイントロクイズ クイズ・ドレミファドン!」を実施。懐かしの映像を交えつつ(大阪での万国博覧会(第11問&第12問)、東京都庁落成式(第29問&最終・第30問)、ジュリアナ東京(第20問)、瀬戸大橋(第8問)、オイルショック(第2問)等)、30問のイントロクイズを出題した。問題のジャンルは3段階でイントロ・ウルトライントロ・超ウルトライントロが10問ずつ。
  • 「料理の女鉄人」コーナーで、ゴールドコーストのトミーズ雅・ゴール後に今田耕司が「あと2分」と無意識に言ったのが、奇跡的に的中。
  • 「笑っていいとも!増刊号」スペシャル第二部は先日、さんま、タモリ、鶴瓶、関根の4人でやったゴルフで負けた鶴瓶がさんまの部屋を大掃除すると言う企画(録画)も放送された。第一部は鶴太郎VS鶴瓶の鶴鶴対決。
  • ○×王は全国温泉○×王座決定戦として開催!試合はグランドフィナーレ寸前まで縺れ込む稀見る超大接戦になったが最後はサガテレビが○×王を防衛した(最後の問題では分かれた瞬間に司会のラサール石井が思わずガッツポーズするシーンがあった)。
  • 明石家さんま主催の当時の特番「明石家さんまのスポーツするぞ!大放送」でお馴染みの「オールスターフリースロー選手権」を生放送で開催。好評だったため、翌年以降も開催された。
  • この年のFNS25局対抗戦は「最優秀女子アナ決定戦」と「FNS25局総合優勝局決定戦」の2本立て。「最優秀女子アナ決定戦」は岡山放送竹下美保アナウンサーが賞品の『ゴールデンマイク』を獲得。一方の「FNS25局対抗戦」はサガテレビが優勝、ジミー大西画伯が今度は「ジミー工房」と題し、ステンドグラスを使って制作された優勝賞品「飛蝗」を獲得した。
  • 毎年、恒例の「フジテレビ新人アナ披露」。この年は伊藤利尋(兵庫県)・菊間千乃(東京都)・高木広子(東京都)・森昭一郎(兵庫県)の男性&女性2人ずつの合計4人が担当した。
  • この年の提供CG:番組ロゴに登場していた謎の青いキャラ(翌年放送ではピンク色に改められ、「ユメリン」と名づけられた)がジャンプする度に提供社名が切り替わる。
  • プロ野球中継が延長したため番組開始後もノーステブレでしばらく続き、番組タイトルコールを発したのは試合終了後の22時頃だった。その意味では実質「22時間テレビ」となってしまった。また、この年は「FNNスーパータイム」も含めニュースは一切放送されなかった。
  • 上に有る通りこの年、衛星中継は史上初のフォース!1ヵ所目の フランスのパリ・エッフェル塔でのオープニング祭を筆頭に2ヵ所目は アメリカ合衆国ロサンゼルスにあるメジャーリーグの球団・ロサンゼルス・ドジャースの本拠地/ドジャースタジアムから野茂情報、3ヶ所目はイギリスシルバーストーンサーキットからF1情報、そして最後の4ヵ所目は南半球の オーストラリアのクイーンズランド州にあるシーサイドシティー・ゴールドコーストからマラソン中継と海外四元中継が実現した。

[編集] 第10回(1996年)FNSの日十周年記念1億2500万人の超夢リンピック

略称は「夢リンピック」。当時河田町にあったフジテレビでのラストの長時間番組となった。また、事前収録の「たけし・さんまの夜明けのスポーツ大バラエティ」と深夜に生放送された「スポクイバトル7」は後日再放送された。

  • 主な出演者(実行委員は赤いジャケットに帽子というスタイルで出演)
    • 実行委員長:北野武(1992年~1996年まで北野武として司会を務めているのは「平成教育委員会」の流れを引いているため)
    • 実行副委員長:明石家さんま、笑福亭鶴瓶
    • 実行委員:所ジョージ、田代まさし
    • 番組パーソナリティー:SMAP
    • (タモリもメインとは言わずとも司会格ではあった。⇒この年は「笑っていいとも!増刊号」、BIG3と長時間出演)
    • たけし、さんまは土曜夜、日曜夕方~夜のコーナーに出演し、鶴瓶は朝から昼にかけてメインを担当。(ただしそれぞれ出演する裏番組時間帯は当然出演せず。所・鶴瓶・田代はメインスタジオで行われたコーナーにはほぼ全て出演)。
    • たけしがメインも勤めるも、実際は「明石家さんまのスポーツするぞ!大放送」がメイン企画。これは1995年までの「平成教育テレビ」の流れも引き継いでいるということでさんまをメイン司会に置かず、副委員長として置き、たけしを大会委員長とした。ビートたけしはこれより2008年まで「FNSの日」には出演せず、所ジョージも1997年以降「FNSの日」の出演はなし。
  • 10周年記念と言う事もあり、司会者の面々(たけし、さんま、鶴瓶、所)に加え、タモリの長時間の出演など、第1~10回の集大成とも言える回だった。
  • この年の総合主旨は「芸能人軍団VS素人軍団/超究極全面大戦争」
  • 歴代最長時間番組(29時間30分、土曜18:00~日曜23:30)
  • 大会役員の入場時にはブラスバンドのヨコハマ・インスカイヤーズが全面協力してくれた。
  • メジャーリーグ 野茂英雄中継もあった。~ロサンゼルス・ドジャースタジアムと東京・フジテレビを衛星で結んで放送した~
  • 番組開始時間が夕方6時に。同時に当時夕方6時に放送している「FNNスーパータイム」(1985年4月~1997年3月)→「FNNニュース ザ・ヒューマン」(1997年4月~1998年3月)→「FNNスーパーニュースWEEKEND」(1998年4月~)は2000年・第14回までは夕方5時30分に繰り上げ。2001年4月に現在の夕方5時30分に変更されている。
  • 前年、オーストラリアで開催した第17回「JALゴールドコーストマラソン'95」でトミーズ雅のゴール後に「料理の終了、あと2分!」と叫んで的中させた今田耕司。全国フリースロー選手権大会の予選会・準決勝で「よし、入った!」と言ったらバスケットボールに神が宿ったかの様にゴールリングに吸い込まれ、2年連続のミラクル的中。
  • 富士山五合目からフジテレビまで26区間/130kmの系列局アナによる聖火リレーを実施。最終区間(新宿区富久町付近からフジテレビまで)の約1kmを露木茂アナが走る。フジテレビのお膝元を走るということもあって、近隣住民の大声援の中、フジテレビ敷地内へ入った。なお大量の煙が出るため、それまで使用してきたトーチがスタジオで使えない事から、スタジオの入口付近でトーチを小さなローソクのものに交換した上でゴールした。なお、この区間は三宅アナの実況でCMなしで実況生中継。
  • 深夜の「スポクイバトル7」では、たけし・さんま・SMAPが共演。番組内幾度となく「がんばりましょう」のサビが突如として流れ、メイン司会者のたけし・さんまもフリが分からない状態で踊りをやらされるハメになってしまうことになり、日曜日のビッグ3コーナーでたけしは「(フジテレビから自宅に)帰って倒れたもん!」と話した。なお、コーナーの後半では「スポクイカンカン!」を放送。スポーツをしているご本人が登場するなどスタジオは緊張感に包まれていた。
  • 「たけし・さんま・SMAP」特設会場88mボウリング
  • たけし・さんまの夜明けのスポーツ大バラエティ(このコーナーのみ後日再放送)
  • 10年の歴史をBIG3が鑑賞(二部構成)
    • 19:00台に行われた第1部はタモリ・たけし・さんまのBIG3を迎えて10周年のハイライトを映像と共に振り返りその後に「特選!夢列島名場面集」と題して3人それぞれのリクエストを放送した。(さんまは通常では裏番組に『さんまのスーパーからくりTV』が放送されるが、この日は休止であったためにそのまま出演。)
    • 第2部は「特選!夢列島名場面集」の続き。第1部で放送出来なかった分を放送。ちなみに、第2部の1発目は露木アナのリクエストで「フジテレビ新人アナ披露」を放送。
    • 「夢列島名場面集」放送中に富永美樹アナが居眠りをしてしまい、たけしが「あの姉ちゃん体悪いんじゃねえのか?」と突っ込んだ。
  • 系列局対抗企画は「1億2500万人の超夢リンピック 全国名所でバスケット・フリースロー スーパー大予選会」と題してフリースローの予選大会を開催。
  • その他にもゴルフとUの字ボウリングのW大会が開かれた。ただ、「Uの字ボウリング」はスタッフの予想とは裏腹にガター連発され企画倒れに。(それから11年後の「第21回27時間テレビ」のボウリング企画で至ってしまう結果に。特に坪田・水口などは第21回にもスタッフとして参加していた。)
  • 夕方は「ラサール石井スーパータイムSP」(松山香織キャスターと共に)。
  • 前年(1995年)の芸能人大会の好評に答えてFNS25局による第1回「全国フリースロー選手権大会」が開催された(「全国フリースロー選手権大会」については「さんまのスポーツするぞ」の項目を参照)。優勝はKTS鹿児島テレビ放送。「フリースロー・ドリームマッチ」でも芸能人軍団のタレント選抜&SMAPの2チームを一蹴し完全優勝を達成。
  • 「ゴルフ大会」は大山慶太選手が優勝&決勝大会で2度のホールインワンを達成(なお、自分自身から優勝候補と挙げていたさんまは準決勝で岡村隆史に敗れてそのショックは相当なものがあってか決勝開始前には「どうぞ、やれば!やれば!」とさじを投げていた)。Uの字ボウリングはSMAPが優勝。
  • ○×王は「全国スポーツ○×王座決定戦」として開催!試合は明石家さんま・今田耕司・東野幸治の3人のパーソナルクイズまで入れないと決着が付かない程の○×大会・史上稀見る超大接戦になったが最後は仙台放送が勝利した(最後の問題になった東野クイズではスタジオにいた略、全員が吐き捨てるかのように「分かれろ!」を連呼しながら大絶叫していた)。
  • 通し企画は、松村邦洋がフジテレビ駐車場で888ゴール達成するまで延々とフリースロー(達成)。
  • グランドフィナーレで「見てないと分からないクイズ」の車(ウイングロード)当選者にゴールデンキーが贈呈された。
  • 「フジテレビ新人アナ披露」は竹下陽平(東京都)・佐々木恭子(兵庫県)・藤村さおり(東京都)の男性1人と女性2人の合計3人が担当した。
  • 番組の最後でたけしが、聖火に見立てたローソクを吹き消すのに時間がかかり、結局吹き消そうとしているときに番組が終わってしまった。
  • この年の提供CG:番組キャラクター「ユメリン」がジャンプする度、また両手を動かす度に提供社名が切り替わる。社名上に「提供」がついたのはこの回まで。

[編集] 関連項目

[編集] 前後番組

フジテレビ系列 FNSの日
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平成教育テレビ

最終更新 2009年11月13日 (金) 07:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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