平 (いわき市)
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福島県いわき市の平(たいら)とは、現在のいわき市の中北部で、夏井川流域に位置する旧城下町である。1966年10月の大規模合併前には、平市(たいらし)という市であった。旧磐前郡(1896年より石城郡)。
戦国時代までは飯野平(いいのだいら)、江戸時代には磐城平(いわきたいら)と呼ばれていたが、1889年4月に町制を敷いた際には、略して「平」と呼称された。
このページでは、合併前の平市の内容と、合併後のいわき市平地区の両方を併載する。
目次 |
[編集] 概要
福島県浜通りの南部に位置する旧城下町である。平安時代末期から戦国時代までは岩城氏の本拠地として、江戸時代には磐城平藩の城下町として盛えた。
現在ではいわき市の政治・経済の中心、延いては浜通り地方の中心としての役割を担っている。
浜通りから茨城県・宮城県・中通りの三方を結ぶ交通拠点であるが、明治以降は常磐線など茨城県からの交通網が早く整備されたため、南の茨城県北部との繋がりも深い。
[編集] 地理
太平洋に面していることもあり、気候は年間通して温暖で、冬でも雪は少ない。
[編集] 地名の由来
「平」の由来には諸説がある。
一つは、岩城則道が本拠地を構えた時に、妻の徳姫(藤原清衡の娘)がかつて居住していた平泉に因んで、中心部を「平」と称して、郊外を「白水」と称したという説である。
もう一つは、阿武隈高地と太平洋に挟まれた地域の中でも、平坦な地形が比較的広かった点に由来する説である。
旧国名の陸奥国を頭に付ける際には、「陸奥磐城平」「奥州磐城平」というように、江戸時代の名称であった「磐城平」で呼称されることが多い。尚、「いわ」の字が「岩」から「磐」に変更された時期は、鳥居忠政が入府した時である[1]。又、戦国時代までは、岩城氏が飯野八幡宮の近くに城を構えた事から、「飯野平」と呼ばれていた。
[編集] 歴史
- 幕末まで
- 12世紀:岩城氏が平に本拠地を定め、郊外に白水阿弥陀堂を建立した。これ以降、「平」や「飯野平」と呼ばれるようになる。
- 1602年:岩城氏が飯野平から由利本荘(岩城町)に飛ばされた。代わって鳥居忠政が磐城平藩を樹立すると、都市名表記が「磐城平」に変更され、その城下町となった。
- 明治維新以後
- 1871年8月29日:廃藩置県によって磐前県の一部となり、磐城平は磐前県の県庁所在地になった。
- 1876年8月21日:磐前県が福島県に編入され、以降は福島県に属する。
- 1889年4月1日:町制施行で磐前郡平町となった。
- 1896年4月1日:郡の合併により石城郡平町となった。
- 1897年2月25日:常磐線平駅(現いわき駅)開業。
- 1937年6月1日:平町が平窪村と合併して平市となった。
- 1945年3月~7月:平空襲により被災。
- 1949年6月30日:平事件が勃発。
- 1950年:4月1日に飯野村、5月15日に神谷村を編入。
- 1954年10月1日:豊間町、夏井村、高久村、草野村を編入。
- 1955年2月11日:赤井村の一部を編入。
- 1966年10月1日:大規模合併により、いわき市の一部となる。旧平町域(大字なしの地域)はいわき市平となる。
[編集] 行政
- 警察署
- 平市警察署(現在のいわき中央警察署)
- いわき市の機関
- いわき市役所(本庁舎)
- 福島県の機関
- 福島県いわき総合庁舎
[編集] 経済
浜通りの商業の中心地となっており、市街地向き大型店鋪や映画館も集中している。商圏は北茨城市から富岡町までに及ぶ。また、城下町から発達したためか、行政都市や商業都市という色が濃い。最近では郊外化に悩まされており、平市街地の落ち込みが激しい。2001年には、平中町にあった百貨店の大黒屋が経営破綻するなど、厳しい環境にある。2007年にはいわき駅ビル「ヤン・ヤン」が閉店し、新たに再開発される予定だが、平市街地がどれだけ巻き返せるか未知数である。
[編集] 主要学校
[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] 道路
- 道路元標:十五町目交差点
- 高速道路
- 国道
[編集] 観光地
[編集] 娯楽施設
[編集] 脚註
- ^ 龍ヶ城美術館の館員の話による。鳥居忠政は岡崎出身で、同郷の徳川家康の側近。岩城一族は関ヶ原で徳川軍に与しなかったため、「岩城」の字を使うことを嫌った。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年8月22日 (土) 09:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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